第65話 緊張と勇気
帝都の高級宿の一室。
私は心臓が張り裂けそうになりながら、布団を被って目を瞑っている。
今日、エリアスの部屋に行くと決め、さっきはクラウディアにもそのことを伝えたのだが……。
直前になって緊張がピークに達して今現在、心臓の動きがとんでもないことになっている。
このまま眠ってしまえば、寝ちゃったからという理由ができるのだけど、こんなに心臓が速く動いていたら絶対に眠ることなんてできない。
先ほど聞いた話によれば、クラウディアも今の私と同じように部屋に押しかけ、そして……エリアスと一夜を共にしたらしい。
この緊張感の中、部屋に押しかけて情事を行う。
素直にクラウディアを尊敬するし、そして私はどれだけ意気地なしなのだろうと凹んでしまう。
「……行かなきゃ。今日行かなかったら……一生行けない」
自分にそう言い聞かせて奮い立たせ、私は布団から這い出てせめてもの身だしなみを整える。
鏡を見て思うが、私の容姿自体は決して悪くないと自分でも思う。
ただ、比較対象があのクラウディアであり、今更私なんかでエリアスが興奮してくれるのか不安で仕方がない。
可愛いや好きと言ってくれてはいるけど、それが本心か分からないし……もしエリアスが何の反応を示さなかったら、私は一生立ち直れる気がしない。
鏡を見ながら再び落ち込んでしまい、ベッドに戻りかけるが――流石にそろそろ動かなければエリアスが眠ってしまう。
先ほど買ってもらった玉鋼の剣を一度思い切り抱きしめてから、覚悟を決めた私は部屋を出てエリアスの部屋に向かった。
エリアスの部屋は私の部屋の隣。
気持ちの整理なんてする暇もなく、あっという間に着いてしまった。
大きく深呼吸をしてから、エリアスの部屋の扉をノックする。
「……ん? クラウディアか? 扉なら開いているぞ」
私のノックに反応したエリアスの声が返ってきた。
どうやらクラウディアと間違えているみたいだが、私であることを伝えた方がいいだろうか?
……いや、このまま入ってしまおう。
もう一度深呼吸をしてから、私はエリアスの部屋の扉を開けた。
「……えっ? ギーゼラ……か? どうしたんだ?」
部屋に入ったのが私だったことに驚いたようで、エリアスは素っ頓狂な声を上げた。
私は言葉が発することができず、無言で見つめ合ったまましばらくの時間が流れた。
――やっぱり私はエリアスが好きだ。
こうして見つめ合っている間も、肌に触れたくて仕方がない。
ただ、あともう一歩が出ず、臆病者である私の足はすくんだまま。
何も考えずに飛びつけたらどれだけいいだろうか。
好きなのに上手く表現できない自分が情けなく、視線を落としてしまう。
初めてのスカート。私なりの精一杯のお洒落だったが、スカートの裾を握る力が強くなり全てが台無し。
「エリアス……ごめん」
「ギーゼラ、本当にどうしたんだ? 別に謝ることはしていないぞ?」
エリアスの優しい声を聞き、思わず泣きそうになる。
ただ、ここで泣いたらただ困らせてしまうだけ。
グッと堪えてから、私は――エリアスに思いを伝えた。
「エリアス。私は……エリアスが好き。大好き」
「俺もギーゼラのことは好きだぞ」
「本当に好きなら、私のことを抱きしめて……くれませんか?」
緊張でいつもと違う口調になってしまったが、精一杯の勇気を振り絞ってエリアスに告げた。
目を瞑っているため、エリアスがどんな表情をしているか分からないが、困らせていないことをただ祈る。
「い、いいのか? 抱きしめても」
「……うん。エリアスが嫌じゃなければ、抱きし――」
全て言い終える前に、エリアスは私を強く抱きしめてくれた。
体は温かく、エリアスの匂いに包まれ、心臓や呼吸の音なんかが間近で聞こえる。
心臓が速く動いていることからも、私だけでなくエリアスも緊張していることが分かった。
「……ありがと。……エリアスも緊張しているのか?」
「恥ずかしいけど、緊張してる。――でも幸せだ」
「私も幸せ。……ねぇ、あの時できなかったキス。してもいい?」
「もちろん。あの時キスできなかったことを俺はずっと後悔してた」
「私も。ふふ、同じ気持ちで嬉しい」
私はここで初めて顔を上げ、エリアスの顔を見た。
こんなに近くで顔を見ることがなく、見つめ合うだけで吸い込まれていくような感覚。
好きという感情が何重にも積み重なり、好きが限界を超えた私は勢いよくキスをしたのだが――。
「「――いったぁ」」
歯と歯が当たり、お互いに口を押えて悶える。
好きという気持ちが先行しすぎて、勢いを考えずにキスしてしまった。
失敗した恥ずかしさで顔から火を噴きそうだが、エリアスは笑ってくれており――そして、エリアスの方から私に優しくキスしてくれた。
…………幸せだ。心の底から幸せだと思う。
そう思うと同時に、先ほどまで必死に堪えていた涙が溢れてしまった。
エリアスは私が泣いてしまったことでキスを止めようとしてくれたが、そんなエリアスを逃がさないように今度は私の方からキスをする。
もうこうなってしまったら――止まることはできない。
口内に舌を入れて絡ませる。驚いたような様子だったけど、私の舌を受け入れてくれた。
それから明かりを落とし、お互いにお互いの衣服を脱がせていく。
これまで溜まっていたものを吐き出すように、私はエリアスの体を激しく求め一夜を明かした。
※ ※ ※ ※
窓から差し込んだ日差しで目を覚ます。人生で二度目の清々しい朝。
そんな俺の隣ではあられもない姿のギーゼラが眠っており、愛おしくなって後ろから優しく頭を撫でた。
……っじゃない。
あれだけ神龍祭が終わるまでは禁欲すると言っていたのに、一昨日に続いて昨日もエッチをしてしまった。
ただ――昨日の場合はどうにもならないだろう。
まさかのギーゼラが部屋に来るとは思わなかったし、少し様子もおかしかった。
覚悟を決めて俺の部屋に来てくれたことはすぐに伝わったし、禁欲しているからとあそこで拒むようなものは男ではない。
それにしても最高の夜だった。
二人を比べるのは絶対によくないのだが、クラウディアは慈愛に満ちた優しいエッチなのに対し、ギーゼラは互いに体を求める獣のようなエッチ。
昨日の情事を思い出すだけで――また下腹部が熱くなってくる。
「……んんぅ。……エリアス起きていたのか?」
「ああ。ギーゼラおはよう」
「ふふ、昨日の幸せな時間は夢ではなかったのだな。……最高に気持ちが良かったぞ?」
ギーゼラは俺の胸に顔をうずめながら、耳元でそう囁いてきた。
その言葉を聞いた瞬間に我慢の限界を迎え、俺はギーゼラの首元にキスをする。
朝からするものではないが、このまま収まるものでもない。
興奮してしまった俺をギーゼラは優しく受け入れてくれ、朝から激しく肌を重ねたのだった。
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