第60話 祭りの前
「ふぉっふぉ、今年の神龍祭は楽しみじゃのう。噂によれば、帝国一の剣士エドワード・サマースケールに、『金色のエルフ』の通り名で有名なインディラも参戦するみたいじゃからな」
「我が国の有力どころだけじゃなく、他国からも続々と参戦が表明されているらしいですぞ。教国の英雄アダムや、グルーダ法国の第六席次アーシュラなんかも参戦するともっぱらの噂です」
「うーむ……。他国の連中は嫌じゃのう。神龍祭はドラグヴィア帝国で最強を決める目的で開催する武闘会じゃからなぁ。他国の連中に勝たれたらたまったものではない」
「優勝賞品に世界樹の木の実。それから大天使の指輪はやりすぎたのやもしれません」
「四年後は第百回のメモリアル大会じゃからな。その前に一つ盛り上げようと思ったんじゃが、流石にやりすぎたかのう。……今からでも世界樹の木の実だけにするか?」
「今から優勝賞品を変えるのは流石に反感を買ってしまいますぞ。帝国の者に優勝してもらえるよう、私達も全力で応援しましょうぞ! それに今年は――ジュリア様も出場なされるのですものね!」
帝とその側近であるクライヴの話を聞いていたジュリアは、二人に愛想笑いを浮かべて小さく頷いた。
ジュリア・エリザベス・ベル・ドラグヴィア。
名前にドラグヴィアとあることから分かる通り、彼女はドラグヴィア帝国の第一皇女である。
それも、長年子供ができなかった皇帝にようやく授かった娘ということもあり、期待のかけられ方が尋常ではなかった。
その期待に応えようと必死に努力をした結果、第一皇女でありながらドラグヴィア帝国一の才能の持ち主と言われるようになった。
……が、去年の夏頃に第二皇后から第一皇子が誕生。
どれだけ才能に恵まれ、どれだけの結果を残していたとしても――帝位継承順位で優勢なのは男であり、ジュリアへの注目は一気に落ちて、周囲の注目は第一皇子へと向いた。
ただ、ジュリア自身は帝という立場にあまり興味がなかったため、帝位を継承するのが第一皇子となって良かったぐらいの気持ちだったのだが……ジュリアの周囲は違った。
第一皇子が第二皇后から生まれたということ、それからジュリアが群を抜いて優秀ということ。
そのこともあり、ジュリアを次の帝にするという派閥が生まれてきている。
今回の神龍祭の参加も無理やり出場させられており、本音を言うのであればジュリアは出場したくなかった。
ジュリアは戦うことが好きであり、他国からも強者の集まる神龍祭には出てみたいという気持ちが昔からあったが、政治のごたごたに巻き込まれての参加は望んでいなかった。
ここで優勝してしまうと、ジュリアを帝にという声は更に大きくなってしまうことが予想されるため、最近の悩みは神龍祭でどう立ち回るかなのだが……。
そんなジュリアの心境なぞつゆ知らずの二人は、子供のように無邪気にはしゃいでいた。
「ワシはジュリアが優勝候補筆頭じゃと思っとる! この年齢にして中級魔法の使い手。それでいて帝国騎士の副団長に負けず劣らずの剣技! 魔法と剣を高いレベルで扱う人間なぞ、長いこと神龍祭を見ておるがジュリア以外では見たことがない」
「確かに私も記憶がありませんぞ。幻術を用いて戦う剣士がいるというのは聞いたことがありますが、攻撃魔法とはまったくの別物。世間的には記念参加だと思われているのでしょうが……ふふふ、期待しかありませんな!」
「ふぉっふぉっふぉ! 楽しみじゃのう! 神龍祭の日が待ち遠しいわい」
そんな二人の会話をジュリアは苦笑いしながら聞き、更に胃を痛めたのだった。
※ ※ ※ ※
「かーっ、絶対に優勝してこいなんて言われてもなぁ……。英雄なんて呼ばれちゃいるが、俺なんて所詮は小国の英雄。マジで戦いたくねぇ」
ドラグヴィア帝国の帝都の酒場にて、愚痴をこぼしながら浴びるように酒を呑んでいたのは、ミスリエラ教国の英雄アダム・シュレイバー。
魔王軍と二度やり合い、そして二度とも完勝しているアダムは小国なぞ関係なく正真正銘の英雄なのだが、本人の自己評価は驚くほどに低い。
「アダムさん、飲みすぎですぜ? 大事な戦いの前はいっつもネガティブになるんすから、前入りなんてやめましょうって言いやしたのに」
「うっせぇ、これが俺の儀式なんだよ。……でも、色々と酷すぎるだろ! あの糞ババアが余計なことをしなければ、俺がこんなことを命令されずに済んだのに」
「それは……まぁ……そうでやすが……。仕方ないですぜ。ローゼル様に振り回されるのは今に始まったことではないでさぁ」
アダムが神龍祭での優勝を命じられたのは、教国の人間国宝であるローゼル・フォン・コールシュライバーが、ドラグヴィア帝国内で暗殺されかけたから。
そのことを聞いて怒り狂った国王が、神龍祭を台無しにさせる――という理由だけでアダムに優勝の命令が下された。
護衛もつけずにほっつき回ったローゼルが全て悪く、国王以外は全員が全員ドラグヴィア帝国に落ち度はないと思っていたのだが……。
どんな理由であろうが王命は絶対。
それも王国騎士団の団長を務めているアダムには拒否権はなく、半ば無理やり神龍祭に参加することが決まった。
「勝手にほっつき回った挙句に俺が尻ぬぐい。本当に暗殺されていれば、まだ動く気にもなったんだが……あの糞ババア。前よりも元気になってたぞ!」
「確かに若返っているまでありやしたね。余程、帝国で見つけた弟子が良かったんでさぁ」
「名前は確か――エリアスだっけか? ローゼルは糞ババアと言っても世界を救ったヒーラー。様々な国から回復魔法を教わりに来るのに、ローゼルの方から教えに行くなんて相当凄い人物なんだろうな」
「フルネームはエリアス・オールカルソンですぜ。サレジオ魔法学校の人達が今、血眼になって探っているって聞きやした。出発前にあっしも魔法学校の人に呼び止められて、エリアスの情報を手に入れたら金一封をくれるって言われやしたぜ。神龍祭にゃ来ないんですかね?」
「そりゃこねぇだろ。個人戦だし、ヒーラーが出るような大会じゃねぇ。俺も一度見てみたい気持ちはあるが……猛者が募る神龍祭に出るなんて下手すりゃ死——。……はぁー、俺もマジで出たくねぇ」
自分で言って、自分で落ち込んだアダム。
そんな姿を見て、アダムの側近であるノンソーは笑った。
ずっと近くで見てきたノンソーは知っている。
いくら情けなくて小さく見える背中でも、いざ戦闘が始まるとなった時はその背中が誰よりも大きくなることを。
今はただの酔っ払いのおっさんにしか見えないが、ノンソーにはアダムが負ける姿が想像できない。
英雄と崇められながらも、小国であることで世間的にはあまり知られていないアダム。
そのアダムの名が神龍祭にて名実共に広まることを――ノンソーは心の底から楽しみにしていた。
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第59話 祭りの前 にて第三章が終了致しました。
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次話から神龍祭編が始まります。
第四章も何卒よろしくお願い致します!