第59話 失敗の報告
研究者の男の首が飛んだ。
やはり首を斬り飛ばすのは――非常に気持ちがいい。
二度目ということで慣れもあってか、快楽を感じることへの恐怖心も薄まっている気がする。
今俺がいる場所が『インドラファンタジー』であり、この世界には悪い人間がいる以上俺も人を殺さなくてはいけないのだが、この快楽の感情に吞み込まれないように注意をしないといけない。
「エリアス、凄かった! 一瞬であれだけの魔物を倒しちゃうなんて……!」
「ギーゼラが時間を稼いでくれたからだ。怪我とかはないか?」
「ああ、大丈夫だ。心配してくれてありがとう!」
そう言ったギーゼラだったが、肘辺りに切り傷があって軽くではあったが出血していた。
俺はすぐに【ヒール】を唱え、ギーゼラの傷を治す。
「す、すまないな。本当に回復魔法を使ってもらうような傷ではなかったんだが」
「ギーゼラだって女の子なんだから、傷になったら大変だろ? 魔力には余裕があるし、治せるものは治してあげたい」
「別に傷が残ったとしても構わない。私はもうエリアスの……お、お嫁さんだからな。そ、それとも傷があったら私を嫌いになるか?」
「なる訳がない。でも、ギーゼラには綺麗でいてほしいんだよ」
「……ふふ、ありがとう。大事にされるのがこんなに嬉しいなんてな」
ギーゼラは少し照れくさそうに笑った。
そんな笑顔も可愛く、思わず抱きしめたくなったが……。
俺とギーゼラのやり取りを見ていたであろうメラルべが小さく鳴いた。
「メラルべ、放置していてすまん。体の方は大丈夫か?」
「くぅーん。あうっ!」
元気だということをアピールしながら小さく吠えると、メラルべは俺とギーゼラに頭を擦り付けてきた。
良い感じの雰囲気がまたしても壊されてしまったが、メラルべにだったら構わない。
そんなことを思いながら、俺とギーゼラはしばらくメラルべと戯れた。
「メラルべが元気そうで良かったが、この男は一体何者だったんだ? エリアスは知っている人間か?」
「いや、知らないな。最初から目的はメラルべだったようだし、珍しい魔物を狙う冒険者かもしれない」
「うーん……。姿形は冒険者っぽくなかったけどな。変な魔物も連れていたし、色々と聞いてみたかったが……」
「悪い。つい殺してしまった」
「いいや、私が戦っていてもぶった斬っただろうから、エリアスが謝ることじゃない」
つい勢いで斬り殺してしまったが、あの男は捕えるべきだったかもしれない。
ヴィンセントと違い、戦闘に関してズブの素人だったのは分かったからな。
情報を聞き出せた可能性は高かったし、不明な点が多いデミコフ研究所について知ることができたかもしれない。
感情的に動いては駄目だと痛感する。
「とりあえずグレンダールの街に戻ろうか。メラルベも心配だが、流石に連れて帰ることはできないからな」
「どこか隠れる場所はないのか? ここの花園も分かりにくい場所だと思うが、体力が回復するまではもう少し分かりにくい場所の方がいいと私は思う」
なら、例の洞窟の中がいいだろう。
あの洞窟の中ならまず見つかることはないし、薬草なんかも自生するため回復するにはもってこい。
メラルベはお花が好きみたいで、この花園を寝床にしていたみたいだが、さっきの魔物によって見るも無残な状態になっている。
ここの花園が元通りになるまで、メラルベには洞窟の中を寝床にしてもらおう。
「この先に良い場所がある。俺がメラルベを連れていってくるから、ギーゼラは魔物やら俺が殺した男を調べておいてくれるか?」
「分かった。何か手掛かりになるものがあればいいんだが……」
こうしてギーゼラと手分けをして行動を始めた。
俺は例の洞窟までメラルベを案内し、ついでに輝き茸の採取。
その場に残ったギーゼラは魔物や男の死体を調べてくれたみたいだが、手掛かりになるようなものは何も見つからなかったらしい。
唯一見つかった目ぼしいものは、魔物の死体から取り出した魔核ぐらいであり、相手が相手だったのに得られたものが非常にしょっぱいな。
それにしても……やっぱり危険が続く。
試作型の方とはいえ、ここでメタルドラゴンと戦うハメになるとは思っていなかった。
こうなってくると、神龍祭でも何か起こりそうな予感がする。
何が起こっても大丈夫なように、万全の準備を整えて帝都に行くとしよう。
※ ※ ※ ※
薄暗く広い会議室。
そんな会議室には、強者のオーラを漂わせている人間ばかりが集まっていた。
ただ空席も多く目立ち、この場に全員が揃っている訳ではないことは部屋を一目見れば分かる。
「緊急会議って招集かけたのに、半分も揃ってないじゃん! 自由参加なら私も来なきゃよかったなぁ……」
「自由参加な訳ないじゃろ。五人は任務で欠席なだけで、理由もなく来ておらんのはギルバーンのみじゃ」
「ギルバーンって本当に何もしないよね! 会議にも参加しなければ、任務には一切行かずに部屋に籠もってる! なんであんな引きニートが優遇されてんの?」
「そりゃ圧倒的な力を持ってるからでしょ。文句があるなら、ベアトリスが呼んできなよ。今も部屋に籠もってるだろうから」
「絶対に嫌だね! ギルバーンなんかと話したくないし!」
部屋の雰囲気とは打って変わり、非常に楽しそうな会話が聞こえてくる。
話題の中心はこの場にいないギルバーン・ウィリアム・サンダースであり、ギルバーンはグルーダ法国の裏の第一席次を務めているもの。
基本的に魔法職が上位に立つグルーダ法国なのだが、実に五百年ぶりに魔法職ではない者が第一席次となった。
それがギルバーンであり、魔法をも凌駕する圧倒的な力を持っている人間。
ただ、会議室の中からの会話からも分かるように、ギルバーンは明確な弱点を持っている。
それは極度の人見知りということ。
「話したくないというよりも話さないが正解じゃろ。ワシはあやつの声を十年は聞いておらんぞ」
「なんであんなに不愛想なんだろうね! ギルバーンは絶対童貞だよ!」
「そういうことは考えたくないわね。圧倒的な力を持つ第一席次が童貞なんて……あまりにも恰好がつかないわ」
「でも、絶対に童貞だよね? 部屋からでないし、いつも一人だし」
「まぁ…………十中八九、童貞だと思うわ」
そんなギルバーンについてで盛り上がっている中、会議室の扉が開いた。
中に入ってきた人物を見て、一気に静まり返る。
「やっと来おったか。さてさて、今回の失敗について報告してもらわんとな」
会議室の中に入ってきたのは、裏の第七席次であるシアーラ・ローレンス。
俯いていて気まずそうにしており、そんなシアーラを見たベアトリスが声を上げた。
「失敗したのに、よくのこのこ顔を出せたね! しかも、パートナーは殺されたんでしょ?」
「これ、余計なことを言うんじゃない」
「ベアトリスだって、よく任務には失敗するじゃない」
「私のは割と無理難題が多いから! そんで、なんで失敗した上に殺されてんの?」
全員の視線がシアーラに集まり、気まずそうにしながらもゆっくりと口を開いた。
「ローゼルが思っていたよりも強かった。勇者の元パーティというのは伊達ではなかった」
「はぁ? 勇者の元パーティって言ったって、百歳越えたババアじゃん! そんな昔は凄かっただけの婆さんに負けるとか恥ずかしくないの?」
「口を挟むなと言っておろう。……本当にローゼルにやられたのかのう。ワシにはローゼルにヴィンセントがやられるとは思えんのじゃが」
「ローゼルも凄かったけど、その隣にいた人間にヴィンセントは殺された。貴族学校の生徒」
「――はぁ!? ますます意味分からないんだけど!! 貴族学校の生徒ー? 生とって子供じゃん! しかも貴族学校って! 何か有名な奴なの?」
「……名前は知らない。見たこともなかったから有名ではない人」
「いや、マジでありえないでしょ! ――殺す? こいつなんか隠してるかもよ?」
ベアトリスはシアーラに強烈な殺意を向けた。
この組織において嘘はご法度。
今の話がありえないと判断し、嘘だと断定したベアトリスは殺すことを提案したのだが、他の二人は首を横に振った。
「ワシは嘘だとは思えんし、嘘かどうか確かめる必要がある」
「私も同意見。てことで、シアーラとベアトリスで調べてきてよ。その学生について」
「はぁ!? なんで私がそんな面倒くさいことしなきゃいけないのよ! シアーラがヘマしたんだし、シアーラだけに行かせればいいじゃん!」
「でも、ベアトリスは嘘だと思っているんでしょ? なら、シアーラだけには任せられないじゃん」
「――チッ! 本当面倒くさい! だから雑魚は嫌いなんだよ!」
ベアトリスはシアーラを睨みつけ、ただでさえ縮こまっていたシアーラは更に身を縮ませた。
シアーラが第七席次なのに対し、ベアトリスは第四席次。
更に所属年数も圧倒的に長いため、シアーラにとっては大先輩に当たる。
そんな人物と共に、自分のミスの尻ぬぐいで一緒に調査をしなくてはいけない。
胃がキリキリと痛くなるのを必死に堪え、シアーラはとにかく頭を垂れることしかできなかった。
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