第58話 研究個体
キメラケルベロスを使役していると聞き、どんな化け物が現れるのかと恐れていたが、姿を見せたのは浅黒い男と黒髪で短髪の女の若い二人組。
使役というよりかは、逃げて心細くなっていたキメラケルベロスと仲良くなっただけの可能性が高いな。
警戒して研究個体を五体も連れてきたが、キメラケルベロスを仕留める用の三体だけで十分だった。
ただ……せっかく連れてきたのなら、使用している魔核分はしっかりと働いてもらわないと困る。
特にメタルドラゴンは試作型であり、どれだけ動けるか見るのも重要。
エリアスとかいう男には、メタルドラゴンの実験台になってもらうとしよう。
「“お前達、やれ”」
私の合図と共に動き出した五体の研究個体。
この圧倒的な魔物を操縦している感覚は、言葉に言い表せない気持ちよさがある。
指示を出した後は、俺はただ研究個体が蹴散らすのを眺めるだけ。
この最高の光景を見ながらティーブレイクでもしたい気分――そんなことを考えると、黒髪の女が前に飛び出し、一人で五体の研究個体に向かって突っ込んで行った。
一対一でも倒すことはできないのに、一人で突っ込むなんて無謀であり……それを指示したエリアスは思っていた以上の極悪人。
私は口角を上げながら、黒髪の女が研究個体に虐殺されるところを楽しみに待つ。
――が次の瞬間、まるでワープしてきたかのように私の真横に移動してきたのはエリアスだった。
先ほどの位置からここまで、どう移動してきたのか一切見えなかった。
黒髪の女に注意を向かせている間に、私を殺す作戦だったのか?
毛穴が一気に開き、全身から滝のように冷や汗が流れ出る。
すぐに研究個体の内の二体を戻そうと思ったが、体が震えるせいで上手く指示を飛ばせない。
三体で十分なのだから、その内の二体は護衛として残しておくのが正解だった。
無駄に魔核を使用してしまったという勿体なさから、全員で攻撃させたのが運の尽き。
私は殺されると直感的に察したのだが――いつまで待ってもエリアスは私を攻撃してこない。
何やら瀕死のキメラケルベロスの近くに立っているだけで、私の下には来ようとしていないのだ。
何が何だか理解できなかったが、エリアスが触れているキメラケルベロスを見てみると、傷口が治っていっているのが見て分かった。
ここまで目に見えるほどの回復魔法を使えるものなのか?
魔物にも回復能力をつけようと、博士の指示でヒーラー職の人間を拉致して研究したこともあったが、こんな回復魔法は見たことがない。
一人の研究者として、凄まじい勢いで傷が塞がっているところを見てしまう。
とりあえずこれで分かった。エリアスは回復役であり、戦闘能力を持ち合わせているのは黒髪の女だけ。
キメラケルベロスが復活したら厄介だが、いくら傷口が塞がったとはいえ、すぐに戦えるほどの体力は回復しないはず。
死を覚悟したところから一転、余裕が生まれたことで笑みが零れる。
私が予想した通り、エリアスは睨むだけで私への攻撃には移行してこない。
傷の塞がったキメラケルベロスも、立ち上がる気配を一切見せないため勝ちを確信する。
五体の研究個体相手に未だ立ち回っている黒髪の女の動きは予想外だったが、疲労する人間と疲労しない機械。
時間がかかればかかるほど、不利になっていくのは人間の方であり……実際に女の動きが鈍り始めたのが素人の私でも分かった。
「ギーゼラ、交代だ」
私が少し目を離した隙に、キメラケルベロスの元から離れていたエリアス。
どうやら黒髪の女の助太刀に向かったようだが、ヒーラーではこの状況を変えることはできない。
私はどんな足掻きを見せてくれるのか、心の底から楽しみに見ていると……。
エリアスはおもむろに両手で輪っかを作った。
何のポーズなのかは全く分からない。
私は『構わず攻撃』の指示を飛ばし、五体で一気にエリアスへの攻撃を命じたその瞬間だった。
「複合魔法――【電磁砲】」
そんな詠唱と共にエリアスの周囲が光り輝き、大きな爆発音が鳴り響いた。
あまりの眩しさに私は目を瞑ってしまい、目眩みが収まってからゆっくりと目を開けたところ――五体の研究個体の内、四体が破壊されていた。
今起こったことが一切理解できず、頭が真っ白になる。
目を瞑ったのは数秒間だけ。その間に……四体もやられたってことか?
に、逃げなくては殺される。……ただ、逃げられるのか?
頭が真っ白になりながらも必死に思考し、まだ試作型メタルドラゴンがいることに気づいた私は、まだ勝てる可能性があると思い直した。
「中級魔法の複合魔法。それも超弱点のはずなのに耐えるのか。俺もまだまだだな」
何を言っているのか理解はできなかったが、声のトーンからも私には諦めのように聞こえた。
エリアスが諦めているのであれば、透明化が可能なメタルドラゴンなら太刀打ちも可能。
即座に透明化を命じたことで、メタルドラゴンは森の中に溶け込むように姿を消した。
指示を出している私ですら、今メタルドラゴンがどこにいるのか分からない。
相対しているエリアスが分かる訳もなく、後は透明になったメタルドラゴンに一方的にやられるだけ。
そう頭の中で叫んでいるのだが、余裕の笑みを浮かべているエリアスを見て、嫌な予感で私の毛が逆立つのが分かった。
「ステルス攻撃。そんなものあったな。――ただ、残念ながら俺には効かない」
ダサいポーズで空に向かって指をさしたエリアス。
先ほどから行う仕草の全てがダサいのだが……このエリアスという男、恐ろしいほどに強い。
そして、ダサさと強さのギャップが私にとっては震えるほど怖い。
「複合魔法【磁力球】」
エリアスが何か魔法を放った瞬間、地面が揺れ動いたのが分かる。
そして黒い魔法に吸い込まれるように、透明化していたメタルドラゴンが姿を現した。
透明化の解除方法なんていうのは、研究者の私ですら知らないこと。
なんで初見で対応できたのか、さっぱり理解できないまま――。
「複合魔法――【電磁砲】」
二発目の【電磁砲】にて、あっさりとメタルドラゴンは破壊された。
今、私が何を見させられているのか――さっぱり分からない。
ヒーラーでありながら、圧倒的な攻撃魔法をも使う化け物。
今思い返せば、キメラケルベロスに近づいた時の速度は尋常ではなかった。
もしかしてだが…………近接戦もできるのか?
最初から勝ち目の無い戦いだったことに、私は敗北を喫してから気づいた。
ただ――私はまだ死ねない。やらねばならない研究も残っているし、博士に報告だってしなくてはならない。
逃げる。生きて逃げて、研究所に戻——。
「どこに行くんだ?」
「――かぁ、え、えりあす……様! え、エリアス様、申し訳ございませんでした!! な、なんでも致しますので――わ、私を見逃がしてください!」
私を見下ろすように立っているエリアスに対し、頭を垂れて懇願する。
頭を地面に擦り付け、生き残るために必死の命乞い。
「……残念だが、生かすつもりはない。最初にメラルベから離れろと言った時に離れていれば、殺すつもりはなかったんだけどな。――もう全てが遅い」
「す、すみませんでした! 本当に何でもしま――」
顔を上げ、エリアスを見上げた瞬間に――剣が振り下ろされた。
私の首が宙を舞うのが分かり、ボトリという地面に落ちた不快な音と共に……私の意識は深い闇に落ちたのだった。
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