第56話 良い雰囲気
冒険者になってから、あっという間に一ヶ月半が経過した。
色々と大変な面が出てくるかとも思ったが、俺達は強くなり過ぎていたようで、一切の苦戦を強いられることなくDランクまで昇格することができた。
「ふぅー、今日も依頼達成ですね! 依頼よりもこの後の鍛錬の方が大変っていうのは……どうなのでしょうか?」
「まぁ鍛錬が大変だからこそ、依頼を楽にこなせてるって見方もできるけどな」
「何だか――想像していた冒険者とはかけ離れ過ぎている! 私はもっと……なんていうか……こう……冒険をするものだと思っていたんだが!」
ギーゼラは手をワキワキとさせ、心の底からの声を上げた。
手ごたえがないというのもあって、冒険者業は作業のようになっているからな。
三人で依頼を行うのは楽しいが、依頼自体は何も楽しくない。
ランク上げの最中だから、仕方ないっちゃ仕方ないんだが。
「来週には神龍祭に参加するために帝都へ行くんだし、もう少しの辛抱だな」
「神龍祭では暴れまくってやる! ……そういえばだが、神龍祭には全員で出るのか?」
「俺は出るぞ。腕試し感覚だが優勝を狙う」
「私ももちろん出ます。ということで、全員出るんじゃないですか?」
「それじゃ……二人とも戦う可能性があるのか。序盤では当たりたくないな」
「そういえば、デイゼンとティファニーも出場するみたいだぞ。俺が神龍祭に出ることを話したら、二人共乗り気になってしまった」
「げげっ、デイゼンさんにティファニーさんも出るのか……。これは私が優勝するのは無理かもな」
ギーゼラは鍛錬でコテンパンにやられているからな。
魔法が苦手だからデイゼンは仕方がないとはいえ、得意である近接戦なのにティファニーにも未だ一度も勝てていない。
これでもギーゼラは『インドラファンタジー』での仲間枠であり、仲間になるキャラでは力が一番上昇するキャラだった。
着実に強くもなっているし、そんなギーゼラを圧倒しているティファニーが明らかにおかしい。
「私達が私達自身を過小評価している理由は、絶対にティファニーにありますよね。デイゼンさんとコルネリアさんも凄いですし、エリアス様の使用人の方は一体何者なのですか?」
「俺が雇った訳じゃないから何者かはよく分からないけど、全員凄い人なのは間違いないな」
「中でもティファニーさんは別格だろう。エリアスの前でこんなこと言ったら何だが、あんな人がなぜ使用人として働いているのか理解できない」
「……まぁ人には色々あるんだよ」
詳しい理由については直接聞いていないが、『インドラファンタジー』をプレイしていたからティファニーが何故オールカルソン家で働いているのかを知っている。
俺も何とかして表の舞台で輝かせてあげたいという気持ちはあるんだけどな。
そんな会話をしながら冒険者ギルドへと戻り、依頼の達成報告を済ませた。
ここからの動きだが、俺とクラウディアは先に家に帰って鍛錬。
ギーゼラはバームモアの森に行って、メラルべにご飯をあげに向かう。
――予定だったが、今日は輝き茸が生える日ということで、俺がバームモアの森に行く。
「ギーゼラ。ちょっとバームモアの森に行く予定を思い出したから、今日は俺がメラルべへご飯をあげてくる」
「え、嫌なんだが。私はずっとメラルべに会うために今日頑張ったんだ」
「明日行けばいいだろ?」
「エリアスこそ、明日行けばいい」
断固として拒否してきたギーゼラ。
輝き茸は一ヶ月に一度のペースでしか生えないため、採取を遅らせたくないのだ。
互いに折れそうにないし、時間が勿体無いがここは二人で行くとしよう。
「……なら、今日は二人で行くか」
「えー! ズルいです! 私も一緒に行きます!」
「クラウディアはデイゼンからの課題があっただろ? 複合魔法の練習をしないと怒られるぞ」
「むー……。なら、次は一緒に行かせてくださいね! ――それと、ギーゼラ。エリアス様に手を出してはいけませんよ?」
「だ、出す訳がないだろ! クラウディアはさっさと帰れ」
見えなくなるまでじーっと見つめてきたクラウディアと別れ、俺とギーゼラは再び街の外を目指して歩を進めた。
意外にも、ギーゼラと二人だけで行動するのは初めてかもしれない。
大抵クラウディアが一緒にいるからな。
「ギーゼラと二人だけって初めてじゃないか? 両親に挨拶に行った時も、二人きりって感じじゃなかったしな」
「そ、そうだな」
「色々と聞きたいことがあるし、この際に聞いてもいいか?」
「あ、ああ。き、聞いても大丈夫だ」
「…………緊張しているのか?」
「き、き、緊張なんかするわけないだろ」
足と腕が一緒に出ているし、確実に緊張していると思うんだが。
散々人の性行為を見に来ておいて、二人きりってだけで緊張するってどういう了見なんだ?
「じゃあ色々と質問させてもらう。ギーゼラは好きな人とかいたのか?」
「い、いなかった。強いてあげるなら、本の中の英雄に恋していたのかもしれない」
「へー、初恋は本の中の英雄か。可愛らしいな」
「そもそも現実では男を男として見ることがあまりなかった。い、意識したのは……エリアスが初めてだ」
顔を赤くさせ、小さい声でそう言ったギーゼラ。
やっぱりめちゃくちゃ可愛いし、単純に嬉しい。
「やっぱりギーゼラは可愛いな」
「か、可愛いとか言うな! ……今まで可愛いなんて言われたことがなかったんだが、私って本当に可愛いのか?」
「ああ、めちゃくちゃ可愛いと思う。今はまだ仮のような状態だけど、ギーゼラが俺の妻になるの本当に嬉しいからな」
「あ、ありがとう。わ、私もエリアスが……だ、旦那さんなのは嬉しい」
「ありがとな。……ただ、一つ気になったのは、俺の何処を好きになったんだ? 俺を客観的に見て、好きになる要素が思い当たらない」
こればかりは本当に疑問で仕方がない。
クラウディアが俺を好いてくれている理由も未だに分かっていないからな。
「優しい、面白い、強い、かっこいい。と、とにかく全部好きだ」
「嬉しいけど他にも良い人はいそうだけどな」
「逆にエリアスは私のどこを好きになったんだ?」
「俺も全部好きだけど……強いのにめちゃくちゃ可愛いところかな」
「ふふ、これはまずいな。ふふふ、にやけてしまう」
ギーゼラは両手で頬を押さえながらニヤニヤとしている。
「嬉しがってくれるところも可愛い」
「な、なぁ……クラウディアに禁止されているけど、キスぐらいはしたら駄目か? 私はエリアスと――キスがしたい」
バームモアの森に入った辺りで、真面目な顔でそんなことを言ってきたギーゼラ。
ここまでの会話で俺も盛り上がってしまっているため、ギーゼラがいいならめちゃくちゃキスしたいのだが……いいんだろうか。
「俺もしたい。けど、こんなところでしていいのか?」
「こんなところだからこそ、してほしい。……や、優しくしてくれ」
薄暗い森の中で、俺の方を向いて目を閉じたギーゼラ。
ほ、本当にしていいのか迷うが、ギーゼラがいいというのならいいよな?
もう駄目と言われても体は止まらない。
ギーゼラの肩を掴み、キスをしようとしたところで――急な嫌な気配を感じた。
それはギーゼラも同じだったようで、全く同じタイミングで森の奥を向いた。
性欲すらも吹き飛ぶほどの嫌な気配。バームモアの森に……何かがいる。
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