第55話 噂の中心
グレンダールの街で一番広い酒場。
この大衆酒場は冒険者達のたまり場であり、客の八割は冒険者のため第二の冒険者ギルドとも言われている場所。
噂好きの冒険者達があちらこちらで話をしているのだが……最近の話題はほぼ同じであり、どの席もオールカルソン家の次男——エリアス・オールカルソンの話しかしていない。
もう聞き飽きたエリアスの話を聞きながら、【時雨】のリーダーであるコスモもエリアスの話を始めた。
「本当にどいつもこいつもエリアスの話ばかりだな」
「本当にそれ! この街で唯一のAランク冒険者がいるっていうのに、だーれも私達のことなんか見ないもん!」
「ようやくAランクまで上がり、最近は注目されてきたと思っていたんだがなぁ」
「一瞬で話題をかっ攫われましたな。まぁ悪名とは言え、この街では知らぬものがいなかった人物。そんな人物が貴族でありながら、冒険者になったというのですから……そっちに注目がいってしまうのが普通ですぞ」
非常に悔しいが、【時雨】の面々もその話を聞いた時はここ最近で一番興味が湧いた。
というよりも、現時点でも興味を持っている状態であり、話題が一辺倒なことを鬱陶しく思っていながらも時間があれば三人はエリアスの情報を仕入れている。
「どれだけ早くくたばるかって話から始まり、そんな周囲の期待を裏切る破竹の勢いで依頼を達成していって……今じゃもうDランク。最速での到達らしいな」
「エリアスってさ、無能なオールカルソン家の中でも落ちこぼれって話だったよね? 貴族の落ちこぼれでも、平民である私達よりは優秀ってこと?」
「流石に特別な存在だと思いたいですな。それか……エリアスは凄くなく、エリアスと一緒に冒険者になった二人が凄いって可能性もありますぞ」
エリアスと一緒に冒険者になった二人。
どちらも女性でありながらタイプの違った美人であり、一人は正統派な超がつくほどの美人。
ダサくなると言われている皮の鎧を着ていても、思わず見惚れてしまうほどの美貌の持ち主。
もう一人はボーイッシュな感じがありながらも、顔立ちが非常に整っている美人。
コスモの好みでいえば圧倒的に前者でありながらも、こちらの女性から求婚されたら秒で了承するくらいには美しい女性。
「その声もかなり根強いよね! でもさぁ、あれだけ美人で強いなんてことある!? そんなことがあったら、同じ女として私は許せないんだけど!」
「許さないってなんだよ。……まぁ、Aランク冒険者として言わせてもらうが、ありゃ三人とも相当強いだろ。戦いは見ていないが、立ち振舞いが強者のそれだ」
「それは私も思った! なんかさぁ……美女二人連れてるのに、エリアスの方に目がいかない?」
「分かる。あれだけの美女引き連れてるのに、俺もエリアスを見てしまうな」
「それは我もですぞ。極悪非道の貴族でもカリスマはカリスマってことですな」
そうなってくると、以前ギルド長から聞いた話が三人の頭を過った。
訓練部屋の壁を壊したのが、エリアス・オールカルソンだという話だ。
「……なぁ、あの壁は本当にエリアスが壊したのかもしれないぞ」
「あーあ。考えていたけど、私は口に出さなかったのに!」
「あの壁は魔法によって壊されてたよな? エリアスはデイゼンさんに匹敵するほどの魔術師なのか?」
「でも、帯剣してますぞ? 体つきも剣を振っている人間のそれですから、あり得ないと思いたいですな」
「くそ、めちゃくちゃ気になるな。エリアスを近くで見るために……合同で依頼を受ける提案をするか?」
コスモはそんな提案を二人に持ちかけた。
――が、あり得ない提案だとすぐに思い直す。
「いや、絶対にないな。あのエリアス・オールカルソンに絡んで良いことなんか何もない」
「我もそう思いますぞ。こうして離れた距離から見ているのが一番ですな」
「気になるけど、知り合いにはなりたくないもんね!」
「でも……やっぱり戦っているところを見てみてぇな」
結局今日もまた、エリアスについてを話しながら酒を飲む【時雨】の面々。
こうして話すにつれてエリアス一行が気になっていき、そして一週間後にエリアス達が神龍祭に出ることを聞きつけ、【時雨】も参加することに決めるのだった。
※ ※ ※ ※
エリアスという男の話ばかりがされている酒場にて、一人の男が身を縮こませながら酒を飲んでいた。
この男は魔物の研究を行っているデミコフ研究施設の研究員の一人であり、博士が逃がしてしまった魔物の捜索のためにこの街までやってきた人間。
「なぁマスター。一つだけ聞いてもいいか?」
「ん? 見ない顔だな。……聞きたいことって一体なんだ?」
「この辺りで危険な魔物の情報って何かないか?」
「危険な魔物の情報? そんなこと冒険者ギルドで聞け」
「聞けたら苦労はしていない。何でもいいから教えてほしい。良い情報をくれたら金を払う」
「そんなもん知らな――」
マスターが研究員の男の質問を突っぱねようとしたところ、話を盗み聞きしていた一人の酔っ払いが男の隣の席に着いた。
今回博士が逃がしてしまった魔物は、違法に研究している魔物の個体のため、目立った動きを取ることができない。
そのため隣に座って来た男を鬱陶しく思いながら、研究員の男は酒場を出ようとしたのだが……。
「俺が教えてやるよ! 金をくれんだろ?」
「……有力な情報だと思ったら――だ」
口の軽そうな男だと思ったが、藁にも縋る気持ちで話を聞くことに決めた。
「それで構わねぇ! まずは……ドラグヴィア帝国といったら宝龍だろ! ドラゴンの住む谷が――」
「宝龍ではない。次の情報はあるか? ないなら行かせてもらう」
「んだよ、つれねぇな! 宝龍以外だと……戦場跡地のスカルドラゴン、ナイン平原のキングスライム、スタース墓地のコープスウィザード。後は……あっ、最近話題になっているのが一つある! エリアスっていう貴族が飼っているって噂の魔物だ! なんでも犬のような狼のような魔物で――」
「犬のような!? その魔物の情報をくれ!」
特徴を聞き、ピンと来た研究員は食い気味で情報を求めた。
探し始めて約半年。
ようやくそれらしい手掛かりを聞くことができ、鼻息が荒くなる。
「少し落ち着けよ! んんっ、この街の近くの森のどこかに、三つ首の魔物がいるって噂があんだ! んで、その魔物をエリアスが飼っているって噂が流れているんだよ!」
「三つ首……。あの魔物を飼うなんてあり得ないが、本当に飼われているのだとしたら……まずいな」
「どうしたあんちゃん? 急に怖い顔になって……」
「なんでもない。とにかく情報をありがとう。これは謝礼だ」
研究員の男は酔っ払いの男に金貨を一枚押し付けるように渡してから、矢継ぎ早に酒場を後にした。
先ほどの男が言っていた特徴から考えても、キメラケルベロスであることはほぼ間違いない。
ただ始末するだけでも研究個体が三体は必要であり、キメラケルベロスを従えている人間がいるのだとしたら、もう二体は必要かもしれない。
面倒くさくはあったが、ようやく見つけた有力な情報。
始末するための準備を行うため、男は一度デミコフ研究所へと戻ったのだった。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます!!
『ブックマーク』と、広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけますと嬉しいです<(_ _)>ペコ