第52話 新天地へ
本当に素晴らしい。本当に素晴らしいな。憎悪という感情は。
修羅の如く剣を振り続ける少年を見て、俺はうっとりと酔いしれる。
俺は天恵の儀にて【勇者】と宣告された少年——ランスを見つけた。
そして俺がこの手で悲劇を作り出し救うことで、ランスを俺の手元に置くことに成功。
そこからはひたすらに鍛錬を積ませ……いや、鍛錬を積ませたのではなく、自主的に鍛錬を積む環境を整えた。
他人にやらされる鍛錬には、何の意味も成さないことを俺はよく知っているからな。
ランスの復讐心を煽り、自主的に死ぬギリギリまで鍛錬を行ったことで、この半年間で脅威的な成長を見せてくれた。
【聖女】であるソニアの生存だけは予想外だったが、それも今のところは良い方向に進んでいる。
死の間際まで追い込む鍛錬も、ソニアのお陰で死なずに行うことができており、生き地獄のような鍛錬をこなせているのは【聖女】の力のお陰。
時折、修羅の道を進むランスを止めようとしてくるのだけは鬱陶しいが、それは俺の方でなんとかできているからな。
ただ……今日までの半年間、死ぬ間際の鍛錬を続けたランスでも――初めてエリアスを見た時の衝撃は超えていない。
【聖女】の力で回復させ、【勇者】が死ぬ寸前まで鍛錬を積んでいるのにも関わらず、それを超えているエリアスという化け物。
エリアスが一体何者なのか……いくら考えても答えには辿り着かない。
そんな化け物であるエリアスを越えさせるため、数ヶ月前から実戦へと移行しており、様々な人間と命を懸けた戦闘を行わせている。
ランスの視点では極悪の犯罪者との実戦であるが、実際に戦っているのは俺が金で釣った冒険者や傭兵といった腕自慢達。
とある人間を殺してほしいという依頼を裏ルートで出し、向こうも本気にさせた上でランスに殺させる。
本当に腕だけが取り柄の馬鹿は操りやすくていい。
……ただ、流石にこの半年で殺し過ぎたようで、巷では『ジャックザリッパー』という異名がつけられて恐れられ始めており、話題に上がったことで動きづらくなった。
こんな異名が付いたことからも分かる通り、ランスは既に五十人は人を斬り殺していて、殺しに対する抵抗は完全に消え失せている。
人というのは恐ろしいもので、どんなことにも“慣れてしまう”生き物なのだ。
もうランスには純真無垢な少年の面影は欠片もなく、【勇者】ではなく【魔王】と称した方がしっくりくるほど堕ちている。
とまぁ、この半年間でナイルス聖王国でできることは全てやり終えた。
これからはランスを引き連れて様々な国を巡り、ランスには各地の偉人からの直接指導を受けさせるつもり。
ティファニー様がエリアスを見て狂ったように、才能の塊であるランスを見て狂う人間が確実にいる。
どれだけランスが悪人であろうと――な。
今のランスが魅力的なのは【勇者】であるということよりも、まだ十一歳という若さ。
人が一番魅力に感じるのは若さであり、神童という言葉にワクワクしない人間はいない。
俺が育てあげたランスを見たのならば、どんな偉人であろうと必ずや惹かれるだろう。
今のところ俺が目をつけているのは、グルーダ法国の元第一席次であるニコラス。
そして、現第一席次であるクリスティアネ。
どちらも魔法のスペシャリストであり、ランスにはまだまともに魔法を教えることができていない。
剣の技術しか持ち合わせていないランスに魅力を感じてくれるかは分からないが、大国であるグルーダ法国には剣の達人もいる。
そっちの方面から牙城を切り崩すこともできるため、まずグルーダ法国に向かうことに決めた。
「ランス。お前を更に強くするため、これからグルーダ法国に向かう」
「フェル様。その国に行けば俺はもっと強くなれるのですか?」
「ああ、更に強くなることができる。俺は一度だけエリアスを見たことがあるのだが、今のままではランスは勝てないからな。もっと強くなるためにも……俺と共にグルーダ法国へ向かおう」
「フェル様、ちょっと待ってください! そ、そんなに強くなることだけに固執しなくても……本当にランスが壊れ――」
ランスを説得している中、話に割って入ったのはソニア。
「ランスが壊れる? ……ランスはとっくに壊れている。エリアスに全てを壊された時からな。ソニアは忘れてしまったのか? あの一方的な大虐殺を。大好きだった村の人たちの叫び声を」
「わ、忘れてはいな――」
「ソニア、黙っていろ。俺はもう甘えたことを言うつもりがない。この先にどんな苦行が待ち構えていたとしても……俺は突き進むと心に誓った。全てを壊したエリアスを殺すために――な」
ランスの素晴らしい回答に、俺は思わず表情が崩れてしまう。
もうエリアスへの恨みは引けないところまで来てしまっており、自分の苦しんだ経験すらもエリアスへの恨みに変わっている。
ティファニー様が見出したエリアスに負けない最高の逸材であり、神に愛された才能と圧倒的な狂気を孕んだ化け物。
ただ……やはりソニアは邪魔だな。
【聖女】だからか、未だに冷静な思考を保ち続けている。
どこかで始末してしまい、更にランスを歪めさせてもいいのだが、ソニアもこの半年間で俺に存在意義を示してきた。
ランスが狂気的な鍛錬を行う上で必要不可欠な存在であり、唯一無二の性能を持った人間。
――ッチ、邪魔だが殺すことはまだできない。
「ソニアはここに残っても構わないぞ。俺とランスだけでグルーダ法国に向かう」
「……いえ。ついていきます。ついていかせてください」
「ついてくるなら、これ以上フェル様に余計なことを言うな。ソニア、お前は俺だけ回復させていればいいんだよ」
ソニアに向ける目は闇のように暗く、光が一切ない。
人を殺す度に気性も荒くなっており、今やランスはソニアにすらこの目を向ける。
唯一光のある目を見せるのは俺だけであり、闇に堕ちているランスを光り差す方向へと導けるのは――ランスを闇に堕とした俺だけという皮肉。
俺だけに向けられるそんな目が愛おしく、俺はそんなランスを更なる地獄へと叩き落したくなってくる。
ランスをより苦しませ、エリアスへの復讐の活力になるのであれば……俺は死すらも厭うつもりはない。
最後の仕上げは、俺の死でもいいかもしれないな。
私の作り上げたランスが、エリアスを殺した時のティファニー様の顔が見られないのだけは残念だが、ランスの復讐の糧となるならそれもアリ。
俺はそんな未来を想像しながら嗤い――ランスとソニアを連れてナイルス聖王国を発ち、グルーダ法国を目指して進み始めたのだった。
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