第50話 尾行
最近、二人の様子が……何かおかしい。特にクラウディア。
前と変わらないように見せてはいるが、何か心に余裕ができたような感じがあるのだ。
私がエリアスの家に泊まると言った時は、クラウディアが焦りに焦っていたのは私にも分かった。
その後のティファニーさんへの態度もハチャメチャであり、婚約者のはずなのに酷く焦っていたからな。
そんなクラウディアの焦っている様子が可愛くて、ついちょっかいをかけてしまいたくなっていたのだが……翌日以降は露骨に焦りを見せることがなくなった。
エリアスもエリアスで何処か澄ました顔をしているし、ちらちらと胸を見る視線も露骨に減った気がする。
もちろん一日中鍛錬に励んでいるからというのもあるだろうが、確実にそれだけではないのは確か。
多分ではあるが……二人は私に隠れて何かをしている。
私を出し抜いて秘密の特訓か、それとも夜食でも作って美味しいものを食べているのかもしれない。
エリアスの家の料理はめちゃくちゃ美味しいが、美味しい故に少しだけ量が少ないからな。
本当はもっと食べたいのだが、流石におかわりはしづらいため私は遠慮している。
そんな中——二人だけで夜食を食べていたのだとしたら流石に許せない。
まだ何をしているのか分からないし、本当に何か隠しているのかは分からないけども。
とりあえず、私はクラウディアの部屋を張り込んでみるつもりでいる。
何かしているのであれば、確実に動きがあるだろうからな。
夕食を終えてからお風呂を済ませた後、いつもはすぐに寝てしまうところを必死に我慢し、私はこっそりと部屋の扉に耳を当てて、隣の部屋のクラウディアが動き出すのをジッと待つ。
これで何も動きがないのであれば、完全に無駄な時間を過ごすことになるのだが……十中八九、何かをやっているからな。
寝落ちしてしまいそうになるのを堪え、扉の前で待機していると――隣の部屋の扉がゆっくりと開かれる音が聞こえた。
どうやらクラウディアは扉を静かに開けたようで、注意していなければ聞き逃してしまうほどの小さな音。
私はこっそりと扉を開けて様子を窺ってみると、スキップでもしそうな勢いのクラウディアの後ろ姿が見えた。
あのはしゃぎよう、そしてトイレとは反対に向かっていることからも、私は私の予想が的中したことを確信する。
後はクラウディアとエリアスが一緒にいるところを突撃し、私にも夜食を分けてもらうだけ。
これからご飯が食べられると思うと……ふふ、何だかお腹が空いてきた。
この行為も含めて色々と楽しくなりつつ、私はクラウディアの尾行を開始。
後ろにいる私に気づく素振りも見せず、一直線でとある部屋へと入っていったクラウディア。
他の部屋と比べても一回り大きな部屋であり、多分だが……ここがエリアスの部屋。
まずは気づかれないように扉に耳を当てて、会話を盗み聞くことにした。
私は悪い笑みを浮かべながら、中にいる二人の会話を聞き始めたのだが……、
「……エリアス様。また来てしまいました。ずーっと会いたかったです」
「さっき会ったばかり――って、ちょ、ちょっといきなり脱ぎ始めるな」
「え? 駄目なのですか? ……なら、ぎゅーってしてください」
中からはクラウディアの甘ったるい声が聞こえ、そしてエリアスは困惑しながらも受け入れているように聞こえる。
想像していた状況と全く違い、私の頭は一気に真っ白になって心臓がこれまでにないぐらい速く動き出した。
よくよく考えれば二人は婚約者。至極当たり前のことなのだが、“こういうこと”をしないと勝手に思っていた。
だってまだ私達は十代であり、今は強くなろうとしている鍛錬の真っ最中。
こ、こんなけしからないことに時間を割く時間なんてないはず。
……ちゅ、注意した方がいいのか? いや、でもこの中に入るのは絶対にできない。
こんがらがってパニックに陥っている中、部屋の中ではどんどんと行為が進んでいく。
「エリアス様は体があったかいですね。こうしてぎゅーっとされると落ち着きます」
「クラウディアは細くて小さくて……怪我させてしまわないか少し怖い」
「大丈夫ですよ。ふふっ、そんな優しいところも大好きです。エリアス様……こっちを見てください」
「……え?」
そんな会話の後から、部屋の中からは小さなリップ音が聞こえ始めた。
こ、これは……か、確実に……き、キスをしている。
これ以上は聞いてはいけない。
ここから離れないと――と、頭では理解しているのだが……先ほどまで感じていた眠気も食欲も消え失せており、私は目を見開いて扉の前で耳を澄ませる。
体がここから離れることを許してくれず、人として駄目な盗み聞きという行為に没頭。
既に心臓は激しく速く動いているのに、部屋の中で行われているクラウディアとエリアスの行為に加え……。
私が今している行為の罪悪感が入り交じり――このまま爆発するのではと思うほど心臓が胸を叩いている。
そんな心臓の音に合わせるように、最初は優しかったリップ音が次第に激しく鳴り始め、私の体はドンドンと熱くなってくる。
「ふふっ、ちゅーだけでも幸せなのですけれど……もう脱いでもよろしいですか?」
「………………ああ」
エリアスは勝負に負けたように情けない声で了承し、そこからは聞いたこともないようないやらしい音が部屋の中に響き渡った。
私は結局、二人の行為が終わるまで部屋の前で居座り、息を荒くさせながら最後まで盗み聞きしてしまったのだった。
※ ※ ※ ※
あの日以降、エリアスとまともに会話ができなくなってしまった。
クラウディアにはまだ何とか変わらず接することができるのだが……私の頭がエリアスを明確に性の対象として認識してしまったのだ。
エリアスからの視線も気になってしまうし、私もエリアスをつい目で追ってしまう。
それでも魔法の練習をしている時や、剣を振っている時だけは忘れることができるため、日中はとにかく鍛錬に没頭し続ける日々。
……ただ夜になると、クラウディアの動向を気にしてしまい、クラウディアが部屋を出ると体が勝手に後を追ってしまう。
体の疼きを自分で抑えることができず、完全に変態のような行動を取っている。
そして、今日も扉にエリアスの部屋に耳を当て、中から聞こえてくる会話に耳を傾ける。
いつものクラウディアが甘える声から始まり、行為に及ぶ。
そんなタイミングでピタリと中から声が聞こえなくなり――耳を当てていた扉がゆっくりと開いた。
部屋の中から姿を見せたのは満面の笑みのクラウディアであり、絶望の表情を浮かべている私を見下ろしている状態。
こんなところを見られてしまうなんて…………もう全てが終わった。
私が絶望に打ちひしがれている中、クラウディアは優しく声を掛けてきた。
「そんな泣きそうな顔をしないでください。……ギーゼラも中に入りますか? 私は――ギーゼラなら構いませんよ?」
言っているの半分は理解できなかったが、半分は理解できてしまった。
ここで謝り、引き返したのならまだ間に合う。
……そう頭では理解できている。最初からずっと頭では分かっているのだ。
ただ、私は――差し出されたクラウディアの手を掴んでしまった。
聞いていたのは全て音だけであり、この先で何が行われているのかは未だに分からない。
未知の怖さもあったが、もう火照りきった体を止めることはできなかった。
エリアスもいるであろう暗く静かな部屋に、私はクラウディアに誘われるがまま入ってしまったのだった。
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