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第48話 幸せな一夜


 オールカルソン家の屋敷の一室。

 今日からエリアス様のお家にお邪魔し、寝泊まりすることとなった。


 本当は通うつもりだったけれど、ギーゼラが泊まると言い出したため私もつい泊まると言ってしまった。

 最近は自分でも分かるくらい、自分が変になってしまっている。

 エリアス様と頻繁に会うようになった頃から、なんとなく感じていたことであり……そしてギーゼラとの戦闘を見て、私の思いは確固たるものへと変わった。

 

「……私はエリアス様が好き。大好き」


 布団を被りながら、私はそう呟く。

 半年ほど前までは殺したいほど嫌いだった相手だったのに、今ではこんなに好きになってしまっているのだから、自分でも自分のチョロさにドン引いているのだけど……好きになってしまったのだから仕方がない。


 料理が上手なところも好き。多趣味で物知りなところも好き。優しくて紳士的なところも好き。戦いの才能があり、ギーゼラを圧倒してまうほどの強さを持っているところも好き。

 なんてことのない顔も好きだし、少し抜けたところも好き。

 もはやエリアス様の全てを愛していると言っても過言ではなく――同じ屋根の下にいるというこの状況にドキドキして眠ることができない。

 

 なんでこんなに好きになってしまったのか分からないけれど、ギーゼラやティファニーといった方々もエリアス様に好意を寄せているのも伝わるため、“今”のエリアス様には色々な人を惹きつける魅力があるのだと思う。

 デイゼンさんやコルネリアさん。それからエリアス様専用の使用人であるエルゼさんも、エリアス様のことを慕っているのが分かるから。


 ……だからこそ、私はずっと不安で仕方がない。

 名目上ではエリアス様の婚約者ではあるけれど、私とエリアス様との間でなされているのは婚約解消の話。


 このことがエリアス様を好きになる切っ掛けであったから、今更なければ良かったなどとは思わない。

 ただ……今の私はもう婚約解消なんてしたくない。


 エリアス様に何度そのことを伝えようと心の中で思っても、勇気が出ないままこうして悶々とした夜を過ごしている。

 このままぼーっとしていたら、確実にエリアス様は他の女性に取られてしまうだろう。


 美しく、そして強くなってエリアス様の目に映る人間になりたい。

 そう思っていたけれど、その前にエリアス様が離れてしまったら元も子もなくなってしまう。


 目を瞑って寝ようと思っても、他の女性とイチャイチャしている姿が頭を過って眠りにつくことができない。

 ………………もうこれは行くしかないのかもしれない。


 夜這いなんてものははしたないし、下手すればエリアス様に嫌われてしまう可能性が非常に高い。

 それでも、もうこの体の疼きを自分では抑えることができないのだ。


 ベッドから起きた私は、最低限の身だしなみを整えてから、エリアス様のお部屋へと向かう。

 何度も何度も通った道であり、この場所を歩く度に億劫になっていた頃が懐かしく思えてくる。


 心臓は今にも飛び出しそうなほど速く動いており、歩きながらなんとか落ち着かせる。

 そしてエリアス様の自室の前に着いた私は……一度大きく深呼吸をしてから扉を軽くノックした。


「……ん? こんな時間に誰だ? ……クラウディアか、ギーゼラか?」

「……はい。クラウディアです。入っても大丈夫ですか?」

「大丈夫だが、何かあったのか?」


 私はエリアス様の質問には答えず、部屋の中に入った。

 部屋は薄暗く、ベッドの横の照明にだけ灯りがついている状態。


 どうやら本を読んでいたようで、ベッドに座っているエリアス様の横には分厚い本が置かれていた。

 身だしなみがあまり整えられていない就寝前のエリアス様。


 少し髪の毛が跳ねているのが非常に可愛く愛らしい。

 急に尋ねてきた私を心配そうに見てくださっているのも嬉しく、こうして実際に目で見て心から理解できた。


「エリアス様……愛しております」

「――え?」


 急の出来事で理解が追い付いていていないエリアス様の下に駆け寄り、私は躊躇することなく抱き着く。

 そんな私を恐る恐ると言った感じで受け止めてくれ、私の体に傷をつけぬよう大事に支えてくれている。


 そんなエリアス様の胸に顔を埋め、下から見上げるようにお顔を見る。

 エリアス様は顔を真っ赤にさせており、そんな表情すらも愛おしい。


「エリアス様。大好きです」

「ちょ、ちょっと待て。一度落ち――」


 慌てているエリアス様の口を封じるように唇を重ね、私は口内に舌を入れて這わせる。

 最初は困惑していた様子だったが、すぐに受け入れてくれ――お互いの熱い吐息が交差する。


 私はキスをした状態でゆっくりと押し倒し、ベッドの横の照明も落とす。

 もう後戻りはできない。……けれど、こんなにも幸せならば何の後悔もない。




※     ※     ※     ※




 窓から差し込んだ日差しで目を覚ました。これまで感じたことのないほど清々しい朝。

 今日から気合いを入れて鍛錬に励む――そう思っていたはずのだが、俺の横ですやすやと眠っているのはあられもない姿のクラウディア。


 正直、一夜明けた今でも本気で理解が追いついていない。

 ずっと眠っていたから夜になっても寝れず、眠くなるまで本を読んでいたところ……俺の部屋を訪ねてきたのがクラウディアだった。


 最初はトイレでも分からなくなったのかと思ったが、部屋に入ってきた瞬間から様子がおかしいことに気づいた。

 ただ、俺が止める暇もなく俺に抱き着いてきたクラウディアをどうしようもできず、そしてキスをされた瞬間に理性が崩壊。


 そこから気づけば、やることをやって朝になっていた。

 クラウディアという超美人と一夜を過ごせて嬉しい気分と、やってしまったという感情が半々の状態。


 そもそもクラウディアは俺を嫌っていた訳で、昨日の行動も取ったのも何かしらの理由があった可能性が高い。

 もし……何かの偶然お酒を飲んでしまっていて、酔っていた状態だったらこの状態は非常にまずいだろう。


 寝起きなのに頭の中はぐちゃぐちゃであり、欲望にあっさりと負けてしまった俺自身を責め立てる。

 本当に男というものは、あまりにも性欲に弱い。


「…………ん、んう。えりあすさま?」


 起きたであろうクラウディアから声を掛けられ、体が思い切り跳ねる。

 この状態を見たクラウディアが一体何を思い、一体何て言うのかがとても怖い。


「お、起きたのか? …………き、昨日のことは……覚えているのか?」

「…………ふふ、エリアス様が隣にいるということは夢ではなかったのですね。もちろん覚えております。人生で一番幸せなお時間でした」


 そう言いながら、後ろから俺に優しく抱き着いてきたクラウディア。

 柔らかい感触がダイレクトに伝わり、昨日あれだけしたというのに――体が反応してしまう。


 今の発言からしても、酔っていたとかではなく昨日の行動はクラウディアの意思そのもの。

 急な心変わりは本当に分からないが――とにかく幸せだ。

 今日から切り替えなくてはいけないのだが……もう少しだけ。もう少しだけこの幸せな時間を噛み締めよう。



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