第44話 運命
ヴィルヘルムの首が宙を舞った。
その時の俺の顔は――恐ろしいほどに嗤っていたと思う。
今の感情がいまいち分からない。
『インドラファンタジー』の世界と言えど、ここは現実でありヴィルヘルムは生きていた人間。
初めての対人相手の実戦で、俺は初めて人を殺した――んだよな?
手加減する余裕がなかったといえばそうなんだが、自分でも驚くほどに首を斬るまでに一切の躊躇がなかったし、斬った時の体の底から湧き上がった何とも言い表せない愉悦。
最後の辺りはほぼ無意識で体が動いていたし、もしかしたら俺の体にはまだ“エリアス”が残っているのかもしれない。
そう考えると、少しだけ怖くなってくる。
「――アス! ――エリアスッ!」
「……ん? ああ、ローゼルか。何だ?」
「何だ? ――じゃないわよ! これは一体どういうことなの? こいつは一体何者!?」
「俺が知る訳ないだろ。ローゼルと一緒に襲われたんだから」
「……え? エリアスを狙って襲って来た奴らじゃないの?」
「多分違う。狙われる理由は……まぁあるが、流石に暗殺されるようなことはやってきていないはず。ミスリエラ教国の重要人なんだから、ローゼルが狙われたんじゃないのか?」
「だ、だって姿形も変えているし、流石に私だって気づかれていない……はずよ?」
「男の荷物を調べてみたらどうだ? 何か情報が手に入るかもしれない」
「死体を探るのは嫌だけど……調べるしかないわね」
それからローゼルがヴィルヘルムの死体を調べたのだが、情報になりそうなものは一つも出てこなかった。
流石は裏の特殊部隊。手掛かりになってしまうものは何も持っていないか。
「何も持っていないわね。本当に何者なのかしら――って、何者なのか気になる人物が一人いるのだけど……エリアス。あなたも一体何者なの?」
「何者って普通の学生だ」
「この男との戦闘を見ていたけど、確実に普通の学生の動きではなかったわ。私を負かした時もそうだったけど、何か隠しているでしょ?」
全てを見透かすような眼差しを向け、そう言ってきたローゼル。
流石に色々と動きが怪しかったかもしれないが、ゲームでやっていたから色々と知っている――なんてことは口が裂けても言えない。
「何か隠していると思うなら、俺の師匠が優秀なんだと思う。デイゼンにティファニーにコルネリア。この三人に徹底的に叩き込んでもらったからね」
「確かに知っている名前ではあるけれど、それだけであの強さを……? それになんていうか、動きも独特だし……」
「俺についてはもういいだろ。初めての実戦で疲れたし、不本意ではあったが人も殺してしまった。今は質問攻めはよしてくれ。……で、この男の死体はどうするんだ?」
「もちろん報告するわよ。学校内で襲われたとなったら流石に大問題だから。隠蔽しようものなら、ミスリエラ教国の人間国宝としての権威を使うつもり」
「それは恐ろしいな。なら、後はローゼルに任せてもいいか? この男を殺ったのもローゼルってことにしておいてほしい」
自分の変な感情も含め、今日は本当に疲れてしまった。
暗殺を企てた者が学校内に侵入したとなれば、流石に休校となるだろうしもう帰っても大丈夫だろう。
「もちろん構わないけど、回復魔法は絶対に指導させてもらうからね! ふふ、今日で確信したから。エリアス、あなたは私を越える回復術師になれるってね」
「期待してくれているのは嬉しいが、駄目だったとしても責めるなよ?」
「大丈夫よ。私が責任を持って回復魔法を叩き込むから!」
ローゼルの笑顔が非常に怖い。
なんでここまで買ってくれたのかは分からないが、世界有数の回復術師に直接指導してもらっているこの状況は相当な幸せ者……なんだよな?
まぁとにかく後処理はローゼルに任せて、俺は家に帰るとしよう。
認識阻害のローブとミスリルの短剣はしっかりと貰い、俺は一人先に学校を後にしてグレンダールの街に戻ることにした。
今回の一件で一つ気掛かりなのは、ヴィルヘルムの【狂化狂乱】に合わせて逃げたシアーラ。
戦闘が終わった時には既に姿はなく、追いようもなかったから逃がしてしまったが……グルーダ法国に全てを報告されたら、結構厄介なことになりそうでかなり心配。
ヴィルヘルムやシアーラの序列下位はまだ何とか相手取れたが、第五席次以上は表も裏も化け物揃いであり、今の状態では情報を持っていたとしても勝率は四割以下。
第三席次以上に至っては、勝率一割以下だと思う。
ローゼルのせいで変なことに巻き込まれてしまった感が非常に強い。
……いや、もしかしたらエリアス・オールカルソンはどう足掻いても死ぬ運命にあって、ティファニー刺殺ルートがなくなったから次の死が待ち受けるルートに入ったのかもしれない。
いや――それは流石に考えすぎか。
とにかく今日は疲れた。色々と考えるのは明日にして、ゆっくりと身と心を休ませるとしよう。
※ ※ ※ ※
ドラグヴィア帝国の国境付近にある――とある街の酒場。
一人の銀髪の女が項垂れており、気を紛らわすように大量の酒を飲んでいた。
「おい、嬢ちゃん。ずっと項垂れてっけど大丈夫かよ!」
「……ん? なんで私を認識でき――って、ローブを被るの忘れてた」
「んあ? ぶつぶつと何を言っているんだ?」
「なんでもない」
完全に下心丸出しのおっさんが、カウンターで一人酒を飲んでいる女に絡む。
この光景自体は割とよく見るものではあるが、今回は珍しくそのナンパが成功していた。
「……へー、大事な仕事をやらかしちまったのか! ひっく、でも人生なんていくらでも失敗はあるからな!」
「簡単な仕事じゃなかっただけがまだマシ。ただ……相方を失った」
「相方? 彼氏さんかなんかに振られたんか?」
「似てるようで違う。仕事のパートナー」
「大きな仕事をやらかした上に、仕事のパートナーまで失っちまったのか! そりゃ本当に災難だな!」
「ん。だから戻るに戻れない。……まぁ戻らなきゃいけないんだけど」
「がっはっは! それで戻る前に自棄酒ってことか! ヒック、色々と大変だな! いいぜぇ、今日は俺が付き合ってやるからガンガン飲め!」
「ん。ありがと」
認識阻害のローブを着るのを忘れた女だったが、愚痴をこぼすだけでも精神的には非常に楽になる。
下心しかないおっさんだとしても、受け身で聞いてくれるおっさんに酒の力を利用し、言ってはいけないことまで色々とぶちまけた。
そして、おっさんも聞いてはいけない内容の話に途中から若干引き始めたが、目の前にいるのは酔い潰れる寸前の超美人の女。
ここまで酒に付き合った上で、セックスまでいけなかったとなると完全なる時間の無駄。
引かなきゃまずいことになると頭では理解していても、オスとしての本能が逃げることを許さなかった。
「おーい、もう閉店の時間みたいだぜ!」
「もう? はぁーあ。色々と話したらスッキリして眠くなってきた」
「ほー、そうかい! そりゃ良かったぜ! んじゃ、宿屋に行くか? 俺が送って行くぜ!」
「ん。お願い」
閉店間際の深夜まで飲み続け、既に街は閑散としていて人っ子一人いない。
そんな中、おっさんは女に肩を貸して宿屋へと連れ帰ることにした。
宿泊している宿が見えてきて、あともう少しで持ち帰りが成功する。
――そんなタイミングで、ふとさっきの話が妙に気になってしまった。
「……なぁ、さっき話していたローゼルって女の話だけどよぉ、ローゼルってのはミスリエラ教国の人間国宝のことか?」
「ん」
「それで嬢ちゃんはグルーダ法国の人間?」
「ん」
「それで、殺しが失敗って言うのは一体——」
そこまでおっさんが口にした瞬間、肩を貸していた女は強い力で路地裏まで引きずり込み、そしておっさんの首は――いともたやすくあらぬ方向に曲がった。
肉塊が倒れる生々しい音が静かな街に響いたのだが、寝静まっているため誰も気づくことはない。
「つい喋りすぎちゃった。けど、口封じしたから大丈夫だよね。キモかったけどお陰で気分もスッキリしたし……はぁー、法国に帰ろう」
女はそう呟いた後、路地裏に転がったおっさんの死体を魔法で跡形もなく消した。
そして死体が消えた次の瞬間には女の姿も消えてなくなり、何もなかったかのような静かな街だけが残った。
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