第39話 目的
ティファニーと一緒に街巡りを行った翌々日。
昨日は久しぶりに一日中特訓を行った後、夜にバームモアの森に行ってキメラケルベロスに餌をあげて戯れた。
休日は両日ともに充実した時間を過ごすことができ、非常に良い気分で学校に向かうことができる。
気分よく朝食を作り、クラウディアが来るのを待つ。
「エリアス様、おはようございます。……随分とご機嫌ですね」
「ああ。良い休日を過ごすことができたからな」
「……へぇー。随分と楽しい休日をお過ごしになられたんですね」
馬車に乗って迎えに来てくれたクラウディアと合流し、俺は機嫌よくニコニコで会話をしているのに対し、クラウディアはどことなく怒っているような感じがする。
怒られるようなことをした覚えがないのだが、もしかして指導を断ったことをまだ根に持っているのだろうか。
「クラウディア……何か怒ってるか?」
「怒っていませんけど! ただ、楽しい休日をお過ごしになれられて羨ましいなぁと思っただけです」
「いや、口調が怒っているから。休日前にちゃんと説明しただろ? クラウディアのためにもなることをしに行くって」
「私のためって……本当なのですか? エリアス様は一体何をしていたんでしょうか?」
「色々な街に行って、クラウディアとギーゼラの役に立ちそうなものを買ってきた」
「へっ!? ぷ、プレゼントを買ってきてくれたんですか?」
まぁ実際には拾ってきたって表現が正しいのだが、精霊樹の弓は買ったって言ってもおかしくないしいいだろう。
「ああ。放課後の指導の時に渡すから楽しみにしていてくれ」
「はい! 楽しみにしております!」
一瞬にして機嫌が直ったクラウディア。
最近はクラウディアの様子がおかしいと思っていたが、これがクラウディアの素なのかもしれない。
仮面を付けたような状態を知っているからこそ、こうして人間味がある方が魅力的だと思える。
それに……俺はクラウディアの手に視線を落としたのだが、この休日を使って何度も何度も弓を射ていたようで、手のひらが傷だらけになっているのが分かった。
容姿が整っていようが関係なく、強くなるためだけに努力している。
改めてクラウディアが魅力的な女性だと、俺は強く感じた。
「朝食を作ってきたから食べながら向かおう」
「いつもありがとうございます! ご飯を食べながら色々と聞いてもいいですか? 弓について分からないところが結構ありましたので」
「もちろん構わないが……弓については俺もあまり詳しくないぞ」
「謙遜なさらなくて大丈夫です。それでですね――」
そこからはクラウディアと一緒に朝食を食べながら、アドバイスをして学校へと向かった。
というか……話題が婚約解消以外にも出来たのは嬉しいが、婚約解消の方はどうするんだろうな。
時間に猶予があるといっても、ある程度早めに動かないと手遅れになってしまう可能性が高い。
作戦については俺一人で色々と考えておくとして、案がまとまったらクラウディアに話すとしよう。
いつも通り授業をこなし、放課後にギーゼラと共に闘技場に向かおうとしていると……。
アリス――こと、ローゼルが俺の前に立って塞いできた。
「アリス、何で立ち塞がっているんだ?」
「エリアスに用があって来たのよ。そちらの人は外してもらえる?」
「私もこれからエリアスに用があるんだ。後からなんだから、明日にでも話をすればいいだろ」
「はぁー……。エリアス、すぐに終わる話だから外させてもらえる?」
ローゼルは鬱陶しそうにため息を吐いた後、俺にギーゼラを外させるように言って来た。
正直、俺としてもギーゼラとクラウディアに早くプレゼントを渡したいんだが……この様子じゃ何かありそうだからな。
アリスがローゼルであることは知っているため、ここは大人しく従っておいた方が身のためだろう。
「ギーゼラ。すまないが先に行っていてくれ。後からすぐに向かう」
「……エリアスがそう言うなら分かった。……ッチ」
ギーゼラはローゼルを睨んで舌打ちした後、先に闘技場へと向かってくれた。
教室に残された俺とローゼル。少し沈黙が続き、気まずい空気が流れる。
「……お前が呼び止めたんだから何か話せ。用がないなら俺はもう行——」
「私の本当の名前はアリスではないの」
俺の話に食い気味で、唐突なカミングアウトをしてきた。
もちろん最初から知っていたが……ここは知らなかったテイでいくのがいいのだろう。
「……は? 急に何を言っているんだ?」
「だから、私はアリス・シュヴァルツではない。聞いたら驚くと思うけど、本当の名前は――ローゼル・フォン・コールシュライバーというの」
驚いたフリをするのがいいのだろうが、俺は昔から演技というのが大の苦手。
幼稚園のお遊戯会では木の役だったし、小学校でやった劇では村人Aだった。
知らないテイなら出来るが、驚く演技はできないため……ここは信じないというパターンでいく。
「何を馬鹿なことを言っているんだ。ローゼル・フォン・コールシュライバーといったら教国の人間国宝だぞ。お前な訳がないだろ」
「本当に私がローゼルなのよ!」
「はいはい、ローゼルなのか。そりゃ凄い。……それじゃ俺はもう行っていいか?」
「エリアス、私の言っていることを信じていないわね! ならいいわ。この場で証拠を見せてあげる」
ローゼルはそう言うと、間を置くことなく自分の腕を斬り落とした。
そして、即座に【ヒール】を唱えて治したのだ。
その光景はまさに、俺がコルネリアの友達——とやらに見せたこと。
…………なるほど、色々と繋がった。
あのコルネリアの友達とローゼルが繋がっており、恐らくどこかで俺の回復魔法を見たか、知ったのだろう。
そしてこの貴族学校に潜り込んだ。
そして模擬戦や叱られた後の言動から察するに……ローゼルの目的は俺。
俺を勧誘するためにこの学校に転入してきたのか。
「それは…………俺がコルネリアの友達とやらに見せた回復魔法。お前も見ていたのか?」
「ああ。これで分かっただろう? 私はコルネリアと繋がっていて、エリアスはそのコルネリアからミスリエラ教国の聖サレジオ魔法学校に行くように勧められた」
「アリスは本当にローゼルなのか。隣国の人間国宝様が、一体何をしにこの学校に来たんだ?」
「それはもちろん――エリアスに回復魔法を教えるため。エリアスが聖サレジオ魔法学校に入学しないなら、私の方から行こうと思ってね」
やはり俺が目的だったか。
ここまでは様子見……いや、本当はあの模擬戦で俺を完膚なきまでに打ち負かし、俺の方から弟子入りを志願させるつもりだったのだろう。
それが俺が勝ってしまったから、こうして自ら正体を明かすことにした。
色々と分からないことが多かったが、このカミングアウトでローゼルがこの学校にいた理由が分かった。
「人間国宝を動かすほど、俺の回復魔法は凄かったのか?」
「何せ、この私ですら見たことがなかった魔法だからね。絶対に私が指導すると見た瞬間に決めたわ」
あの時使った魔法は、確かに『インドラファンタジー』には存在しない魔法。
多重複合魔法は楽しくてつい使ってしまうが、目立つから今後は人目を気にしたほうがよさそうだな。
「そんなに俺のことを買ってくれたのは嬉しいが、俺にはコルネリアという師匠がい――」
「コルネリアに回復魔法を教えたのは私だわ。それに学校の無駄な時間に回復魔法を学べるのはお得だと思うけど? それも人間国宝と称されている私から教わることができるのよ」
「それは……。確かに有意義ではありそうだが……」
「あと、もう一つ付け加えると――私がさっき使ったのは【ヒール】。ただの【ヒール】であなたと同じことをしてみせたの」
その言葉を聞き、思い返してみたが――確かに詠唱は【ヒール】だった。
回復魔力がズバ抜けているだけあって、ローゼルは色々とぶっ飛んでいる。
何か色々と鼻につくし、常に上からなのもムカつくが……。
ここは指導をお願いした方が俺にとってはいい。
午前の座学の時間だけはずっと無駄だと思っていたし、その時間をローゼルから魔法を教えてもらえるなら時間の有効活用になる。
全てローゼルの思い通りに動くことになってしまうが……ここは素直に指導してもらうことにしようか。
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