第38話 光と闇
ナイルス聖王国、王国騎士団の兵舎。
その兵舎内にある訓練場では、いつものように一人の少年が剣を振り続けていた。
この少年こそ、“悲劇”に巻き込まれた【勇者】の適性職業を持つ少年——ランス・スターブルック。
ナイルス聖王国の王国騎士団の団長であるフェルディナンドに拾われたランスは、そのまま一緒にナイルス聖王国に身を置いた。
死の淵に立っていたところを救ってもらい、身よりのなくなった自分を拾ってくれたフェルディナンドに恩を返すため。
そして、村を襲う指示を出したエリアス・オールカルソンに復讐を果たすため。
――ランスはただひたすらに剣を振る。
その表情は鬼気迫るものがあり、腕に自信があって騎士となった者達ですら近づけないほど。
一日の内の20時間はこの訓練所に籠もっており、鍛錬によって壊れていく体は【聖女】であるソニアが回復させ、無理やり肉体を修復させて鍛錬を行う――まさに拷問のような状況。
その様子を見ていた多数の騎士が止めようとしたのだが、“止める行為”を止めたのはフェルディナンドだった。
それ以降、訓練所には騎士を近づけさせないようにし、近づけるのは指導する自分と指導のために召集した『蛇腹』の戦闘員のみ。
肉体も精神もぶっ壊れるようなことを、フェンディナンドは口には出さずともランスに強いた。
「ランス……。これ以上はランスが死んじゃうよ」
「もう少しだけだ。あと少しで何かが……ぐっ」
急にうずくまり、口元を押さえたランス。
その手には血が付着しており、内臓が弱ったことによる吐血だということが分かる。
あまりにも異様な光景であったが、これがランスにとっての今の日常であり全て。
剣を振ることができなくなったら死んだも同然。その歪んだ思考が更にランスに剣を振らせることになっている。
そんな弱ったランスに声を掛けたのは、ランスにとっての光でありドス黒い闇。
悲劇の全てを企てたフェルディナンド・エスターライヒ。
「ランス。そろそろ手を止めよう」
「――フェル様、今日も指導をしに来てくれたのですか!?」
ランスのドス黒く淀んだ瞳が唯一光り輝くのは、長年付き合いのあるソニアを見る時ではなく、ランスの救世主であるフェルディナンドを見た時だけ。
その光景を見ているソニアは、モヤモヤとした感情を持ちながらフェルディナンドを見つめる。
このモヤモヤとしたものは決して嫉妬の感情ではなく、フェルディナンドに対する疑惑の感情。
オールカルソン家の騎士から守ってくれたのは間違いなくフェルディナンドであり、身寄りのないランスとソニアを引き取ってくれたのも事実。
……ただ、ソニアは見てしまったのだ。
ランスを斬ろうとした騎士を刺した時の――あの悪魔のように嗤った表情を。
ランスはソニアを守ろうと抱きかかえていたから見えていなかったが、ソニアはフェルディナンドの嗤った顔を見てしまっており、それ以降ずっと頭から拭えていない状態となっている。
「今日からは実戦を交えた戦闘も行ってもらおうと思う。相手に関しては私が用意する」
「フェルディナンドさん、ランスは一度休ませ——」
「ソニア。私のことはフェル様と呼べ。前にもそう言っただろう?」
朗らかな笑顔から一転、真顔で見つめてそう告げたフェルディナンド。
背筋が凍るほど恐ろしく、ソニアはゆっくりと首を縦に振ることしかできなかった。
「すみません。フェル様」
「ふふ、それでいい。……えーっと、それでなんだっけか。あー、ランスに実戦を行ってもらうって話だったな。ソニアは休んだ方が良いと言っていたが、ランスはどう思っている? 俺はランスのやりたいことを応援するつもりだ」
「お、俺は……」
「ただ、今もエリアスは優雅に暮らしながら笑っているだろうな。【勇者】を殺し、その村を壊滅できたことを笑って生きている」
ランスに選択させるつもりのないフェルディナンドの言葉。
その言葉を聞いた瞬間にランスの目は黒く濁り、一瞬で深い闇へと堕ちていく。
「フェル様、俺に実戦での訓練をやらせてください。エリアスを倒すためなら、俺は何でもやると決めたんです!」
「ら、ランス……。でも、少しくらいは休まないと――」
「ソニアは俺の味方じゃないのか? 同じ境遇で同じ絶望を味わったよな? ……なんで、どうして俺を止めようとするんだ?」
見つめてくるその目には狂気が孕んでおり、ソニアはこれ以上の進言ができなかった。
「ランス、よく言ったな。すぐに用意したランスの相手を呼ぶよ」
「フェル様、本当にありがとうございます」
「いいんだ。困ったことがあったら何でも言ってくれ。私はランスのためなら何でもするつもりだ」
「なんでもだなんて……。そんな俺なんかのために」
「私はランスに仇を討ってほしいと切に願っている。だから、俺の期待に応えてほしい」
「……はい! 絶対に強くなります!」
あまりにも歪な関係。
ソニアはランスとフェルディナンドを見て、そんな感想を抱いたのだが……今のソニアにできることは、ランスが過剰な訓練で命を落とさぬように回復することだけ。
ランスが実戦訓練の許可を出したことで、フェルディナンドが訓練所に招き入れ入れた。
訓練所に入ってきたのは強面の男達であり、村を襲った騎士と同じような“悪”を身に纏っている。
そしてその手には真剣を持っており、この男達はランスを殺すつもりだというのがその目を見て分かった。
「へっへ、このガキを殺せば俺の罪はなくなるのか! 随分と簡単な仕事じゃねぇかよ!」
「ランスの相手はあの犯罪者達だ。ランスには一対一で――犯罪者と戦ってもらう」
「こ、この真剣ででしょうか?」
「ああ、俺達王国騎士が捕らえた極悪人達だ。一切の遠慮はいらないぞ」
ドス黒い目をしていながらも、ランスはまだ躊躇があるように感じられた。
相手が例え極悪人であろうと一線を越えたら、本当にランスは戻ってこられなくなってしまう。
自分の声は届かないと分かっていても、ソニアはランスを止めようと声を出したのだが……。
「ランス、やっぱりやめ――」
「ちなみに、その男は一家皆殺しにした男らしい。父親と長男は即殺し、母親は犯した挙句に……首を落として殺したんだと」
“首を落とした”。
フェルディナンドのその言葉を聞いた瞬間にランスは動き出し、まだ構えていなかった髭面の男をあまりにもあっさりと叩き斬った。
驚くほどに速い攻撃であり、斬られた男もまだ何がなんだか理解できていない様子。
そして一拍置いてから――鮮血が飛び散り、その飛び散った血がランスに振りかかる。
あまりにもあっさりと一線を越えてしまったランス。
そしてそのランスを見つめるフェルディナンドは……恍惚な表情を浮かべ、悪魔のように嗤っていた。
ランスはもう戻ることはできない。
光り輝いていたであろう、【勇者】でありこの世界の主人公だった道には――。
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