第30話 ルール違反
ローゼルはヒーラーとしては超一流だとしても、魔法使いとしてはそうでもないはず。
見た目はこうだが、もうかなり年も召しているし余裕で対処できる――そう思っていたのだが……。
「【魔法二重化・加速】」
ローゼルは自身の身体能力を強化する魔法を唱えて、動きを俊敏にしてきた。
四元素に当てはまらない魔法は回復魔法しか教わっていないし、魔法二重化なる魔法は『インドラファンタジー』でも登場しなかった魔法。
急に訳の分からない動きを取ってきたローゼルだが、動きが速くなっただけなら対処のしようはある。
加速によって動きが速くなったローゼルの動きにだけ注視し、まずは型で捉えることだけに集中。
魔法のハンデがあったとしても、百歳越えのヒーラーに近接戦で負けたとなったら師匠に合わす顔がないからな。
俺の方から攻撃をすることはなく、ただひたすらにローゼルの杖での素早い攻撃を剣で受けていく。
傍から見たら、俺がただ一方的に攻撃をされてギリギリで耐え忍んでいるだけであり、いずれローゼルの攻撃を食らう――と見えているだろう。
まぁギリギリで耐え凌いでいるのは確かだが、今焦りを感じているのは確実にローゼルの方だ。
一つずつ確実にローゼルの攻撃に対応していき、攻撃の手を着実に潰していく。
そして、自分の型で捉えたと思った瞬間に――すかさず打ち込む。
俺の振った木剣は完璧にローゼルの小手を捉え、審判が即座に有効打を宣告。
攻撃を行っている回数はローゼルの方が圧倒的でありながら、耐えているだけの俺の方が有利になっていくのも剣の面白いところ。
俺に攻撃を見切られ、攻撃の手を狭められているローゼルに残された選択肢は、更に加速を重ね掛けし、俺が対応できない速度で攻撃を行うことだけなのだが……これ以上の速度は老体が耐えられないのだろう。
焦りで攻撃が雑になった一瞬の隙を見逃さず――俺は胴に打ち込んだ。
これで有効打は二発であり、あっという間にあと一発当てたら俺の勝利となる。
もう勝ち目がないと悟ったのか、ローゼルは立ち止まり自身にかけていた加速の魔法を解除した。
実質の降参とも思える行動に、俺も一瞬気を抜いたのだが……ローゼルは周囲にバレないように魔法を使う立ち回りを止めただけのようで、誰しもが気づくように魔力を練り始めた。
そのことに気がついた審判である先生が止めに入ろうとしたのだが、ローゼルの動きは止まることがない。
「近接戦も強いとはやはり別格ね。私が目をつけただけのことはあるわ」
「おい、ルール違反だけどいいのか?」
「別に構わないわ。私はエリアスを負かすことができれば満足だから」
ローゼルは笑ってそう言うと、空に向かって神鳥の杖を掲げた。
そして放たれた魔法は――超級魔法。
「【狂瀾大渦潮《 メイルシュトローム》】」
人の集まっている場所で放つ威力の魔法ではなく、とても正気の沙汰とは思えない。
神鳥の杖から放たれた大量の水は空を舞い、一定の位置で止まると龍のような形に変化し、真上から俺に向かって突っ込んできた。
食らったら流石の俺でも重傷を負うだろうし、この場にいる先生達にあの魔法を止められるとは思えない。
真剣ならまだしも、木剣では絶対に防ぐことはできないと悟った俺は――魔法を使うことを決断した。
先にルール違反をしたのはローゼルの方であり、俺が使用したとしても咎められることはない――はず。
怒られたとしても、超級魔法なんて唱えたローゼルが全て悪い。
俺は完全に開き直り、片手を突き出して魔法を唱える。
「三重複合魔法【氷嵐《 ブリザード》】」
頭上から突っ込んでくる【狂瀾大渦潮《 メイルシュトローム》】に【氷嵐《 ブリザード》】をぶつけ、全てを凍らせることで魔法の動きを止める。
この場にいる全員が上に視線が向いている内に、俺は一気にローゼルとの距離を詰め――木剣で思い切りローゼルの頭をぶっ叩いた。
女性であり年配でもあるローゼルに対し、俺はここまで手加減してきたが……流石に超級魔法の使用はアウト。
頭を叩き割るつもりで打ち込んだこともあり、気を失ったローゼルを見て審判である先生が試合の終了を告げた。
「…………しょ、勝者は……え、エリアス?」
俺の勝利が宣告され、大盛り上がりのまま続く準決勝第二試合に移行——する訳もなく、流石に大暴れしすぎたこともあってトーナメント戦は中止。
俺とローゼルは呼び出されたものの、ローゼルが気を失ったまま目を覚まさないこともあって、今日のところは一時帰宅を命じられた。
明日はこってりと絞られるのは確定であり、ローゼルのせいで本当に酷い目にあったな。
初日から想定していなかったことだらけではあったが、中々楽しかったし一応学校には引き続き通うことができそうなのも良かった。
※ ※ ※ ※
バーリボスの街にある――とある酒場。
周囲がわいわいと大騒ぎしている中、二人の怪しい人物が静かに酒を飲んでいる。
一人は目元まで隠すようにフードを深く被っており、もう一人は口元をフェイスベールで顔の下半分を隠している。
周囲の視線を集めそうな恰好ではあるが、何故か周囲の視線は二人にはいかない。
まるでいない者のように扱われていることに本人達も気に止める様子はなく、怪しげな二人は会話を行う。
「ミスリエラ教国の生きる伝説。ローゼル・フォン・コールシュライバー。人間国宝にも認定されているし、どんな化け物が出てくるのかと思ったがァ……大したことなさそうだったなァ」
「ね。期待外れもいいところ」
「まぁ凄腕の回復術師ってことだし、近接戦や攻撃魔法はそうでもないことは分かっていたが……それにしても、貴族のボンボンに負けるってのは駄目すぎるだろォ」
「ね。普通の学生に負けてた。もう老い先短い。勝手に死ぬのに、あんなの暗殺する価値ある?」
「分からねェが上からの命令だからなァ。それに慎重にやれって命令だしよォ」
「めんどい。やるならサクッとやりたい。でも……あの学生、何者?」
老いぼれとはいえ、人間国宝にも認定されているローゼルを一方的に倒してみせた謎の学生。
雰囲気が只者ではないことは百戦錬磨の二人には分かったし、暗殺の命令が出されているローゼルよりも危険な臭いがしたのは断然こっちの学生。
「そんなん俺が知りてェよ。あのクラスだけで見ても、もう一人戦えそうな奴もいたし……ただの貴族学校の癖にツブ揃いだよなァ」
「午前に実戦訓練していた方も見たけど、そっちも強いのが三人くらいいた。何かこの学校、変」
「確かに臭うなァ。ミスリエラ教国の人間国宝が他国に忍び込んでるのも謎だったがァ……慎重にやれってのは、殺す前に調べろってことなのかもなァ」
「なら、潜り込む?」
「俺が……かァ?」
「ふっ、冗談は顔だけにして。アールが学生として潜り込めるはずがない。私が転入生として潜り込む」
「そんな大胆なことして大丈夫なのかァ? しくじったら……殺されるぞォ」
「ちゃんと根回ししてくれたら大丈夫。それにもしバレたら――全員殺せばいいだけ」
その瞳は漆黒のように真っ黒であり、堕ちてしまいそうになるほどの闇。
大衆酒場には似つかわしくない会話をしているのに、それでも周囲の視線が二人に向くことはなく、誰にも聞かせられないような裏の話を二人は酒場で淡々と話したのだった。
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