第29話 姑息
場は騒然としており、審判を務めている先生も呆けてしまっている。
俺が三発浴びせたことをジェスチャーで合図したことで、ようやく試合の結果を宣告した。
「そ、それまで! 勝者エリアス!」
ここでドッと盛り上がるかと思っていたのだが、場は白けたままでこの試合を見ていた全員が静かに俺を見ている。
次に戦うことになるアレックは俺を睨むように見ているが、さっきのように直接煽ってくるようなことはしてこない。
「……え? あ、あーし……ま、負けちゃったの?」
「一応手加減して打ち込んだんだが、痛いところはないか?」
「う、うん。……大丈夫。ありがと」
スーザンもさっきまでの勢いは完全になくなっており、大分しおらしくなっている。
アレックの取り巻きとして大分痛い感じはあるが、貴族なだけあって顔立ちは整っていて可愛いし、しおらしくしていたら普通の女学生。
本気で打ち込まなくて良かったと改めて思いつつ、俺は隣で行われている試合に目を向けた。
隣ではローゼルが試合を行っており、男子学生を杖でフルボッコにしている。
剣での試合のはずだが、杖で戦うのはいいのかと思ってしまうが……鈍器として使用しているからアリなのか。
というか、今更気づいたがあの杖——神鳥の杖だな。
あの杖もエンゼルチャームと同じく、ゲームクリア後でしか入手できない装備品。
魔力感知され難くする効果に魔力暴走率上昇、それから自動魔力回復までついている破格の性能で、魔法を扱う職業なら絶対に持っておきたい一本。
ローゼルが装備していた杖ではなかったはずだが、ゲームではミスリエラ教国の宝物庫で入手できるものだったから、勝手に持ち出してきたと考えるのが普通か。
神鳥の杖を物理武器として使っていることに勿体なさを感じつつも、楽勝しているローゼルを見て、隣のブロックを勝ち上がってくるのはローゼルであることは確信した。
そうこう考えている内に、もう俺の次の試合が始まるらしい。
「次の試合はアレック対エリアス!」
先程の圧勝劇があったからか、かなり注目されている。
アレックも表情は平静を装っているが、体には力が入っているし相当緊張しているようだな。
「二人共、準備はいいか?」
「俺はいつでも大丈夫だ」
「エリアス……簡単に降参するなよ?」
そんなことを耳元で言ってきたが、緊張しているのがみえみえであり可愛く見えてくる。
アレック相手にも手加減したくなるが、ここは全力でやって力の差を分からせておきたい。
「それでは――始めっ!」
先ほどの発言から考えて、開始の合図と共に突っ込んでくるかと思ったが――どうやら一歩引いて様子見をしてきている。
言動と行動がチグハグなのは、頭では俺を見下しているが体は警戒している故に起こっている現象だろう。
構えは綺麗だし、さっきのスーザンと比べると基本もしっかりしているのが分かるが……。
ティファニー師匠と、何百戦としのぎを削った俺の相手ではないことは剣を交えなくても分かった。
一歩引いているアレックに近づいていき、上段から叩き落とすと見せかけ――素早く下からの斬り上げて手首を打ち込む。
さっきのスーザンとは違い、今回は割と本気の一撃。
木剣といえどかなりの衝撃だったようで、握っていた木剣を落としたアレック。
この時点で勝負ありなはずだが、チラッと審判である剣闘士っぽい先生を見たが、試合を止める気配を見せない。
……なら、追撃を行うとしようか。
無手の状態のアレックのみぞおちを思い切り突き、体が曲がったところを頭目掛けて木剣を振り下ろす。
アレックは顔面から地面に倒れ、そこでようやく試合終了を告げられた。
「それまで! 勝者エリアス!」
試合を止めるのが遅すぎる気もしないでもないが、アレックに三発叩き込めたのは良かった。
真正面からこれだけボコボコにしたら、流石にもう俺に絡んでこようとは思わないだろう。
倒れているアレックを数秒見下ろしてから、俺は次の試合に向けて準備を行うことにした。
勝ち上がってきたギルという子も瞬殺し、俺はブロックを勝ち抜けて無事にベスト4に進出。
隣のブロックは予想通り、ローゼルが勝ち上がってきたため、次の試合はローゼルとの試合。
ここからは全員に見られる形となるため、不様な敗戦だけは避けたいところ。
そして、第一試合目は俺対ローゼルで決まった。
闘技場の真ん中に向かい、互いに向かい合う。
こうして近くで対面してみると、本当に幼い子供にしか見えないな。
中身が元勇者のパーティメンバーだということを知らなければ、確実に油断していたと思う。
……それにしても、やはりローゼルは俺のことを見にきている気がする。
今は向かい合っているから見られているのは当たり前だが、ちょくちょくローゼルからの視線を感じるんだよな。
――軽く牽制を入れてみるか。
「珍しい杖だな。質も高そうだし、何て言う杖なんだ?」
「……へ? こ、これは――ひ、ヒルデガルの杖と言うのよ!」
「ヒルデガルの杖? 聞いたことがないな。どこで手に入れた杖なんだ?」
「わ、私には分からない! 親から貰ったものだからね」
「へー。それより、俺と君ってどこかで会ったことがあったか? 何か見覚えがあるんだが……」
「き、気のせいよ! そんなことより試合前に慣れ慣れしくしないでもらえる!?」
杖を尋ねたら何かボロを出すと思ったんだが、意外にも隠し通してきたな。
それと思っていた以上に親しみやすい性格をしている。
『インドラファンタジー』ではもっと近寄り難い雰囲気を醸し出していたんだが、今は見た目が幼女だからだろうか。
「いや、自前の武器を使っているから気になって話しかけただけだ。他の人は学校側が用意した武器を使っているだろ? なんでアリスはその杖の使用を許可されているんだ?」
「剣が使えないからよ! 細かいことをネチネチと……」
これ以上は質問してくるなと言わんばかりに、俺に背を向けたローゼル。
もう少し探りたかったが、これ以上は質問に答えてくれないだろう。
そこからは無言のまま試合に備えて準備をしていると、審判を務めるであろう剣闘士っぽい先生が前に出てきた。
「それじゃ準決勝第一試合を開始する。二人とも準備はいいか?」
「俺は大丈夫だ」
「私も大丈夫よ」
「それではエリアス対アリス。試合始め――ッ!」
審判の合図によって、ローゼルとの試合が開始された。
さっき見たような杖での打撃を行ってくると思っていたのだが、何やら怪しげな動きを見せているローゼル。
注視してみると、何やら体の魔力の巡りが良くなっており――これは魔法を使う気満々の動き。
わざわざ神鳥の杖を使った理由は、魔法を使っても気づかれないようにするためか。
俺も魔法で対抗したいところだが、ここで魔法を使ったら俺だけが反則負けとなる。
姑息な相手に癪ではあるが……剣のみで対抗するしかなさそうだな。
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