第27話 悲劇のヒーロー
ランス・スターブルック。
『インドラファンタジー』の主人公であり、この世界を救う勇者——になるはずだった少年。
ランスはドラグヴィア帝国の辺境の村で育ち、両親が農民でありながらも幸せな生活を送っていた。
幼少期から畑を耕すのを手伝い、時間があれば裏山に行っては薬草を採取して家計の足しにする。
大変ではあったが優しい両親に、隣の家に住んでいるソニア・ジェフリーズ。
生まれた日も同じという正真正銘の幼馴染であり、お転婆なソニアに付き合わされて行う英雄ごっこも幸せを感じる日常の一コマだった。
他の村の人達もランスやソニアには優しく接してくれ、皆が温かい性格のこの村の全てがランスは好きだった。
このままソニアと遊びながら、畑仕事を手伝い――そしていつかは自分がこの畑を受け継ぐ。
そんな当たり前の幸せを思い描いていたのだが、“当たり前の幸せ”はあっけなく終わりを告げた。
全ての始まりは、十歳の時に行われる『天恵の儀』と呼ばれる儀式。
この天恵の儀は潜在能力を計る儀式であり、基本的には農民や商人が大半、戦闘に向いている人は戦士や剣士の職業が、神のお告げとして宣告される。
辺境の村に住んでいようと関係なく、帝国内に住む全ての人間がこの天恵の儀を受けなければならず、十歳となったランスとソニアも近くの街で受けることとなった。
そしてその天恵の儀の結果は――【勇者】と【聖女】。
ランスは世界を救う【勇者】となり、ソニアは【勇者】を助ける【聖女】と神によって告げられた。
知らない街の人からも祝われ、村に戻ってからも全員から祝ってもらうことができた。
……ただ、名実ともに勇者となるなら、この大好きな村を出なくてはならない。
ランスはそれだけが引っかかっていたものの、ソニアと共にならやっていけると信じ、眩く光り輝いているであろう将来を夢見て、日々の鍛錬を開始した……その僅か一ヶ月後のことだった。
ある日の早朝。
地震かとも思うほどの地響きでランスは目を覚ました。
窓から外を覗いてみると、村に向かってきていたのは見たこともない数の騎馬。
黒い鎧を身にまとい、見たこともない旗を掲げたその騎馬の大群にランスはとてつもなく嫌な予感を覚えた。
すぐに裏口から抜け出し、隣の家に住んでいるソニアの下まで駆けつけた。
ソニアはまだ眠っていたが無理やり叩き起こし、木剣を持ってその騎馬隊をやっつけに行こうとしたのだが、そんなランスを止めたのはソニアの両親だった。
「ランス、ソニア、落ち着いて。大丈夫だから。私達も窓から見たけどきっと悪い人達じゃないわ」
「そうだ。こんな辺境の村には何にないからな。……ただ、二人はここに隠れていなさい。何があっても絶対に出てはいけないよ」
ソニアの両親は優しくランスとソニアを諭すと、クローゼットに二人を隠れさせた。
大丈夫と言っていたが、ソニアの両親もきっと大丈夫ではないことを悟っていたから、ランスとソニアをクローゼットの中に隠れさせた。
ランスはそのことに気づいていたが、いくら天恵の儀で【勇者】と告げられたとしても大した訓練もしておらず、武器も木剣しかない十歳のランスにどうこうできないのは分かっており、ただソニアと肩を抱き合わせて震えるしかできなかった。
そして、隠れ始めてから約五分後。
隠れているランス達の耳に聞こえてきたのは、聞き馴染みのある村の人達の悲鳴。
先ほどの騎士の笑い声も混じっており、この目で見ずとも先ほどの馬に乗っていた騎士が村の人たちを斬って回っていることはランスには分かった。
【勇者】とは勇気ある者のこと。
大好きで大切な村の人達が殺されているのだから、飛び出して【勇者】の力で救え。
ランスは自分をそう鼓舞していたのだが、体は震えるばかりでクローゼットから出ることすらもできない。
そしてとうとう――勢い良くソニアの家の扉が蹴破られた。
悲鳴を上げないように、ランスとソニアは互いに互いの口を押さえ合い、存在がバレないように音を立てずに啜り泣く。
「お、お前達はな、何をしに来たんだ!」
「何をしに来た――だ? 薄々気づいているんだろ? 勇者であるランスを渡せ。“エリアス”様の命令で俺達は勇者を殺しに来た!」
「こ、この家にはランスはいない!」
「……ふーん。まぁいい。お前達を殺した後にゆっくりと家の中を探すだけだからなァ!」
そんな知らない男の声が聞こえた後に、肉が斬り裂かれる音が耳に届いた。
ソニアは肩を震わせて泣いており、ランスはそんなソニアの口を必死に押さえる。
今の会話でランスは全てが分かってしまった。
村の人たちが殺されて回っているのは、全て【勇者】のお告げがされた自分のせいだということを。
「さーて、どこに隠れているんだ? 痛くしないから出ておいで――っと。……あれ、そこのクローゼット。なーんか怪しいな」
そんな声と共に、ソニアの両親を殺したであろう男が近づいてくる。
やらなければ殺される。やらなければ殺される。
ランスはソニアを守るためにも飛び出し、男を殺しに行こうと思ったのだがそれでも体は動かなかった。
つい一ヶ月前まではただの農民の息子であり、戦闘経験もゼロなのだから無理もないのだが……そんな事情を理解してくれる人はここにはいない。
そして、とうとうクローゼットが外側から開けられ、強烈な血の臭いを漂わせた満面の笑みを浮かべている黒い鎧を着た男。
ランスの目には、魔物よりも遥か恐ろしい化け物に映った。
「ひゃっひゃっひゃ! ようやく見つけたぜ! さっさと殺して任務終了だ!」
黒い鎧を着た男は剣を振り上げ――ランスはせめてソニアだけは守れるように庇うように抱きかかえた。
痛みが襲ってくるのを目を瞑って待っていたのだが……いつまで経っても痛みは襲ってこない。
恐る恐る振り返ると、男は剣を振り上げたまま両目を見開いて固まっており、その胸の部分からは剣が突き出ているのが分かった。
その表情は裏切られた者が見せるような驚きの顔。
「な、なんで……俺が……ふ、ふぇ……るでぃ……なん――」
倒れた黒い鎧の男の頭が踏みつぶされ、踏みつぶしたのは先ほどの男とは対照的な真っ白な純白の鎧を着た騎士。
胸に刻まれているエンブレムが違うことから、すぐに助けに来てくれた側の人だとランスは理解した。
「大丈夫かい? 怪我はない?」
「は、は……い。僕とソニアには、け、怪我はないですが……」
ここでランスはようやく、家の中で倒れているソニアの両親に目が向いた。
あまりにも惨い状態で倒れており、近づいて調べずとも既に死んでいることが分かった。
「君の両親かい?」
「い、いえ……そ、ソニアの……こっちの女の子の両親です」
「そうか。遅れてしまって申し訳ない。俺がもう少し早く着いていれば――助けられた命だった」
純白の鎧を着た騎士は心の底から申し訳なさそうに謝罪した。
助けてくれたこの方を責めるつもりなんて一切なく、悪いのは全て原因である自分…………いや、くだらない理由で村の人たちを殺し回ったこの黒い鎧を着た男達だ。
「あ、あの……この男達は一体誰なんですか?」
「この騎士はオールカルソン家の指示で動いている騎士だ。どうやら【勇者】の誕生を聞きつけて、殺しに動いたらしい。俺もその情報を聞いてすぐに駆け付けたのだが……一歩遅かった」
「オールカルソン家。……この男がエリアスという名前を口にしていたのですが、そのオールカルソン家にエリアスという男がいるんですか?」
「ああ、エリアス・オールカルソンは最低最悪と悪名高い――オールカルソン家の次男だ。……なるほど。全ての指示を出したのはそのエリアスだろうな」
エリアス。エリアス・オールカルソン。
ランスは自分の心が激しく軋むのが分かった。
なんとかギリギリで壊れずに済んだのは、ランスの背中を掴んでいるソニアのお陰であろう。
……ただ。
「外はもう安全なんですか?」
「ああ。私が率いるナイルス聖王国の騎士団がこの村を襲った騎士を既に制圧している。……ただ」
「ただ……?」
「この村に生き残っている者は二人以外いない」
その言葉を聞き、ギリギリで耐えていたランスの心は粉々に砕け散った。
ほぼ無心で外に出ると、純白の鎧を着た騎士が大勢おり、地面には黒い鎧を着た騎士と顔馴染みの村人達の惨たらしい死体。
ランスはソニアと手をつないだまま、自分の家に戻って震える手で扉を開けた。
家の中は真っ赤な血で染まっており、ランスの両親は首を狩られる形で殺されていた。
「全ての元凶はエリアス・オールカルソンだ」
「エリアス……。エリアス・オールカルソンッ!!」
「ランスが望むのであれば、俺が徹底的に鍛えてあげよう。選ぶは全てランスだ。……どうする?」
「答えは決まっている。俺はエリアスを殺すためなら――例え死んでも強くなってやるッ!」
世界の希望であるはずの【勇者】が闇に堕ちた日であり、それを目の前で見た純白の鎧を着た騎士――フェルディナンド・エスターライヒは顔を歪めて嗤った。
これは仕組まれた悲劇であり、物語は更に歪み狂っていくのだった。
投稿のモチベーション維持のため、広告の下にあるポイント評価☆☆☆☆☆&ブックマークしてもらえると嬉しいです!
つまらないと思った方も、☆一つでいいので評価頂けると作者としては参考になりますので、
是非ご協力お願いいたします!
お手数だと思いますが、ご協力頂けたらありがたい限りです <(_ _)>ペコ