寿命は5年
あの子を迎えたのはもう5年も前の事になる。
その日、僕は仕事の外回りで街に出ていた。アーケードは夏の強い日差しを防いでくれる。商店街の得意先を一軒一軒回りながら、新製品の説明を世間話のついでにして行く。信頼関係は築けているので、あくまでも商売の話はついで位で丁度良い。話の導入は気候の話で、そこから物価高の話を振れば充分だ。そこからは、得意先の人のターンとなるのだから。
やれ光熱費が高いだ、仕入れ品の値上げラッシュだとか、次から次に愚痴が出て来る。僕はそれに相槌を打っていく。
「へぇ、そうなんですか」
とか。
「それは、大変ですね」
とか。
30十分も愚痴を聞いていれば、大概は満足してくれる。
「あら、こんなに引き留めちゃって、ごめんなさいね」
そんな感じの言葉と共に解放されるので、その時に新製品のパンフレットを渡しながら簡単に説明を付け加えれば良い。後は、時期が来て新製品に変えてくれるのを待つだけだ。これで、それなりの営業成績を残せるのだから、悪くない仕事だと思う。
僕は仕事にも私生活にも、強い熱意を持つことが無い。程々にやって、程々の成果が有れば充分だと思ってしまう。それで良いとも思っていた。
だが、僕は出会ってしまう。
いつも通り、得意先を回り終わって帰社しようと歩いていると、一つのショップの前で足が止まる。ガラス越しのその子が目に付いた。もうその時点で、僕の心は鷲掴みにされてしまっている。
「すみません。あの子って触ってみたり出来ますか」
店内に飛び込んでいた。
「え、ええ。大丈夫ですよ。今出しますね」
僕の勢いに多少は引いているものの、笑顔を絶やさぬ店員さんが対応してくれる。
「持ち帰ります」
実際に触ってしまうともうダメだった。あの子はもう、うちの子だ。
「実は、この類の子は初めてでして」
そういう僕に、店員さんは頬を緩める。そして、購入に当たっての注意事項などを細かに説明してくれた。
「寿命なのですが、差は有りますけれど3年から5年とお考え下さい」
思ったより短い事に、僕は驚いてしまう。10年くらいかと思っていた。
それからの僕の人生は、あの子と共にあった。そうして、気付けば5年の月日が流れている。
「最近は動きも大分遅くなってきたな」
もっさりと動くこの子を見ると、そろそろ限界が近いと思わずにはいられない。
ケータイショップから返って来た僕は、ガラケーの横にその子を置く。
今日から相棒は3代目のこの子だ。