7話 乙夜街道アリアの欲
後学期に入り、半年振りに再会を果たすアリアさんに、自宅へと招待された。
「洋君、ようこそ我が家へ」
「凄い大きい家だね……ほえ……」
「ふふ、早速中を案内しようじゃないか」
高級住宅地でも段違いな豪邸は、見る物全てが住む世界が違った。
目移りする豪邸内で案内された一室は、アリアさんを象徴するものだった。
「わぁ……わぁ! これって全部、アリアさんの関わった物だよね!」
「あぁ。私、乙夜街道アリアの人生の軌跡だ。洋君に知って欲しくてな」
0歳からの華々しい女優人生の軌跡は、大作の映画のような刺激を受け、詰み体質がちっぽけに思えた。
そして時間も忘れ、一気に現在まで軌跡を辿っていた。
「ふはぁー! アリアさんの事を知れて良かったよ!」
「ふふ、冥利に尽きるな」
「こちらこそ、ありが……って、もうこんな時間!? ごめんね長居しちゃって!」
「待ってくれ洋君。最後に見て欲しいものがあるんだ。いいと言うまで、後ろを向いててくれ」
「? うん」
背後で静かな物音を立て、ものの数十秒で声を掛けられた。
「いいぞ」
振り向いた先に立つアリアさんは、一糸纏わぬ美しい姿だった。
「え、あ、アリアさ」
「いいかい洋君。今から君は、現在の乙夜街道アリアという1人の異性を、五感を通じ知って貰う」
訳も分からない状況は、興奮を軽々しく掻き消すほど、畏怖に近いものを覚え、目が離せなかった。
「私はこの欲に塗れた人間達で溢れ返る世の中で、財も、名誉も、地位も、才も、人脈も、何から何まで手にしてる」
「そんな私を我が物にしたい人間の、欲の魔の手が絶えずとも、全て払い除け、逆に利用して来た」
「だが、君は私を1人の女の子として接し、私から何かを欲す事をせず、変わらずにいてくれる」
「君を知る度、君に惹かれ、魅了され、そして欲しくなった。しかし、私が君に欲してばかりでは不公平だと感じ、今に至った訳だ」
「見て、触れて、聞いて、嗅いで、感じて、君の中に私という存在を刻み、満たし、いつまでも忘れないよう、そして私を欲しくなるように……」
言葉では決して言い表せられない五感が、アリアさんの意のまま動き、混濁して行く意識がプツリと途切れた。
♢♢♢♢
気付けば自分の家のベッドの上で、天井を見上げていた。
「あれ? アリアさんの家に居た筈じゃ……」
「……だ起きな……洋!」
「洋ぉ! 何があったんだぁ?!」
「うぉ!? ど、どうしたの? 恋次? 幸兎?」
物凄く心配してくれる2人は、抜け殻も同然で帰って来た僕を、心配した姉さんが呼んでくれたそうだ。
「で、乙夜街道さんの家で何があったんだ」
「うーん……帰ろうとしたら呼び止められて……んー? あれ?」
「ゆっくりでいいからなぁ」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
アリアさんについての言葉が、何故か口から出ず、紙に書こうにも手が止まり、結局何も出来なかった。
心身共に大丈夫だと分かった2人を見送り、姉さんと空と遅めの夕食を食べ、その日は予習復習も忘れてすぐに眠った。
翌朝、元々控えめだった思春期男子特有の現象は、あの出来事を最後に、何も反応しなくなった。