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積木君は詰んでいる3  作者: とある農村の村人
10章 女優との日
53/55

52話 カラオケとレストラン

 カラオケに着き、手慣れた操作で曲をどんどん入れる渚さんは、車内で流してた流行り曲を一つも入れず、親世代のヒット曲ばかりを選んでた。


「なんか選曲が意外かも」

「そう? 今の曲って聞く分にはいいけど、歌うってなったら昔の曲の方がいいのよね」

「あーなんとなく分かるかな」

「でしょ? 洋君も遠慮せず入れなさいよ」


 とは言え、5曲連続で歌う気満々な渚さんだ。

 歌い終わりに飲み物が欲しくなるだろうし、今の内頼んだ方が良さそうだ。


「飲み物どうしようか?」

「洋君チョイスで! 最初はこの曲に限るわね!」


 十数年前の大ヒット曲が流れ、イントロからノリノリステップを踏み、キレのある美声で歌い始めた。

 聞き惚れもそこそこに邪魔しないよう、間奏中に飲み物を注文し、一曲目のアウトロの余韻中、タイミング良くノック音が聞こえてきた。


「失礼します。お飲み物をお持……おりょ? 洋じゃん!」

「え? あ、巳乃(みの)さん!」

「会うの久々じゃん!」


 連絡こそちょこちょこしてても、会うのは夏休み初頭ぶりだ。

 巳乃さんも相手が僕だと分かり、変わらない近距離接触コミュニケーションでカルピソを渡しつつ、再会を喜んでくれてる。

 ただ場所が場所だ。

 マイク越しに聞こえる歯軋り音が、渚さんの心情をお知らせしてくれてる。


「爆イケ美女とカラオケデート? このこのぉ〜♪」

「ち、近いわぷっ!?」

「洋君とどういった関係で!?」


 強引懐抱き寄せで、物理的距離を離した渚さん。

 仄かに感じるふにふに感触が顔に触れてても、関係性を話すまで離してくれなさそうだ。


 簡潔に巳乃さんが先代生徒会で、模擬デートをした関係だと語るも、まだ離してくれる気配がない。


「大学2回生って事は……お、同じ歳……」


 どこを見比べてるとは言えないが、渚さんのプロポーションが魅力的なのは変わらないんだ。


「と、ところで巳乃さんはバイトで?」

「まね! 最近推しに散財して絶賛金欠なのさ!」


 推しが潤えばファンに還元され、ファンは更に推しを推したくなる。

 この推し文化循環サイクルにいる巳乃さんは、その1人だ。

 誰にも迷惑かけず自分が幸せになれてるのなら、散財もいいのかもしれない。


「そだ! ちょっと待ってて!」


 無邪気な笑顔で出て行き数分後、フルーツ盛り盛りのパフェ片手に戻って来た。


「お待たせ! こちら当店の期間限定商品、甘々カップルパフェでーす♪ ワタシの奢りだから遠慮なく食べちゃって♪」


 1本しかないスプーンから導き出される答えは、既に渚さんが早々に一口食べた事で無事証明されてしまってる。


「ほ、ほら洋君! あ、あーん!」

「み、巳乃さんがい、あれ!? いない?!」


 よくよく見れば壁と一体化するぐらい、気配を消し去ってるだけで、あーんを見届ける気満々だ。

 その間にもどんどん迫るあーんは、もう避けられない。


「あ、あむ!」

「お、美味しいわよね!」

「う、うん!」

「生あーん……最高かよ……」


 見るからに肌艶の増した巳乃さんは、ハッと我に帰り、自分が今バイト中なのを思い出してくれた。


「バイト戻らんと! また洋とやりたいペアコスもあるから、お金貯まったらやろー! じゃね!」

「ぺ、ペアコス?! またって何!?」


 爆弾付きの置き土産とは知らずに、元気に去った巳乃さんは、全く悪気があったわけじゃないんだ。

 ただ本当に場と人のタイミングが悪かっただけなんだ。


 ペアコスの件について話すも、納得のいかなかった渚さんは、今の気持ちを発散すべく怒涛に曲を入れ、2時間弱もの間独壇場だったのは言うまでもない。


 ♢♢♢♢


 カラオケを終えて、マイカーを走らせる渚さんの横顔は、それはもうCMに採用されるぐらい気分爽快そのものだった。


「歌い過ぎてお腹もペッコペコね」

「あ、もうお昼時か」

「とっておきのお店予約したから、楽しみにしてなさい」


 さぞかしとっておきなのか、美しいドヤ顔を赤信号で止まる度に見せること10分弱。

 地下駐車場からエレベーターに乗り、着いたのは高層複合施設渋ヶ谷ヒカッチャエのちょっとお高めなレストランエリア。


「なんかリアクション薄いわね」

「そ、そんな事ないよ?前に一回来た事あるんだよ」

「行かなそうと思って選んだのに、ミスったわね……」


 あにあにと親指の爪を噛み、ミニ反省会を10秒程開いた渚さんは、気持ちを切り替えビシっと指を差してきた。


「それより! 今から景奈呼びよ!」

「え、なんで?」

「何でもよ! じゃないとお昼食べられなくなるわよ」


 あまり呼び慣れてない年上の名前呼びを、内心悩みながら歩いて少し、渚さんが入店したのは前回来た同じ場所洋食レストラン・イノリだった。


「いらっしゃいませ。イノリへようこそ」

「2名で予約していた積木景奈です♪」

「え、どぅっ!?」

「? ……はい、積木様ですね。確認が取れたので、お席へご案内します」


 素早い肘小突きなんて素知らぬふりで、恋人握りをして来た渚さんに、どうして僕の苗字を名乗ったのか、小声でこっそり聞いてみた。


「な、景奈さん。これって身バレ対策?」

「そ。予約の一つでも一苦労なの分かった?」

「う、うん。あ、耳真っ赤……うっ?!」


 姉弟設定でも充分身バレ対策は事足りても、今日に限ってはそうしたくなかったんだ。

 不躾な発言だったと軽く反省し、案内された展望席に座った頃合いには、いつもの渚さんに戻ってくれてた。


「ちなみに前来た時も、ここだったりしないわよね」

「こ、ココデシタ」

「……」


 ゆっくーり顔を背けるあたり、料理が届くまで話しかけない方が良さそうだ。

 メニュー表でも眺めて、時間が解決するのを待つしか僕には出来ない。


「よ・う・く・ん!」

「っえ?! お、オリヴィアさん!?」

「は?! 何誰急に!? あんって、え!?」


 不意打ちの特大やわやわ抱擁バッグハグを仕掛けて来た、まさかの人物は前回ここイノリでランチを共にしたオリヴィアさんだった。

 単なる偶然すらも詰み体質が引き寄せてると考えたら、本当に時と場所を選ばなさ過ぎて困る。


「ね、年中無休ワールドカップ……」


 渚さんもよく分からない言葉を溢すぐらい、目の前の光景に混乱してるぐらいだ。

 ただでさえ人目を集めるオリヴィアさんに、一旦同席して貰うや早々、渚さんの姿を見てぷるぷる震え始めてた。


「あ、あの……もしかして……ほ、本物のにゃぎけい(凪景)ちゃん……ですか?」


 軽変装とは言え、たったの数秒で女優凪景だと見破ったのはオリヴィアさんが初めてだ。


「え、私の正体……あ、あれ……あ、貴方はお、オリヴィア・アレクサンドリアさん……ですよね」


 今度は人目を考慮しつつ、ダイナミックな頷きで本人であると認めたオリヴィアさんは、我慢ならず渚さんにも特大正面ハグを食らわせてた。


「ンッー!! デビュー作から一目惚れしてました! 大ファンです! ほんと大チュキです!」

「じ、じぬ!?」

「お、オリヴィアさん! 気持ちと加減を抑えて抑えて!」


 ハグ解放され新鮮な空気を思う存分吸う渚さんは、この子も詰み体質なのかと視線で聞かれ、申し訳なく謝罪を込めた頷きをさせて貰った。


 このままの空気でオリヴィアさんと別席にもとはいかず、同席する事になった。

 元々2人席にダイナミックボディーなオリヴィアさんが同席すると、それはもうみっちり近距離だ。


「目に入れても痛くないって意味がようやくわかった気がします!」

「こ、光栄ね……ぢ、ぢがぃ……」


 バグ距離な愛情表現に、早くなんとかしなさいよと、ハンドサインで訴えて来てるけど、僕も何故かハグされて身動きが取れないんだ。


「んふふ〜♪ 本当に今年は幸せな年です♪ 日本でようくん達とお友達になれて、凪景ちゃんとも会えて、アリアちゃんとも会えて、幸せいっぱいです♪チュチュチュ♪」


 交互に頬キスを繰り返すオリヴィアさんから、あのアリアさんの名前が出てくるなんて思わなかった。


 でも、たまたま名前が同じの別人かもしれない。

 確認ついでに、有力な情報収集を手に入れられたら儲け物だ。


「あ、あのーもしかしてアリアって……女優の?」

「はい! 凪景ちゃんと同じぐらい大ファンな、乙夜街道アリアちゃんです♪ 日本に来る前に会えちゃったんです♪ ツーショット見せてあげます♪ ピャー♪」


 スマホ画面に映るバグ距離自撮りツーショットには、美しい微笑みを浮かべるアリアさんその人がいた。

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