51話 とっておき
略奪戦について語り10分弱、渚さんは最初から最後まで、真剣に話を聞いてくれた。
「……アリアちゃんはとっておきがあるのよね。なら、どうして最初に動かなかったのかしら」
「あ。アリアはまだ動けないって事?」
「そうなるわね」
思い返せば、アリアさんが最後の相手だと、誰も本人さえも言及してない。
あくまで順番は、個人個人が動けるタイミングでだ。
渚さんの言葉通りなら、アリアさんはとっておきの為に、順番を譲るしかないのか。
「それにとっておきについてだけど、1つ心当たりがあるわ」
「え? アリアさんと交流が?」
「今年の初めに一緒の撮影があったのよ」
年始早々、即完売に重版が何度も決まった、映画雑誌の事だ。
身近な存在だったアリアさんの方が、印象が色濃くて、当時渚さんの認識が、空が大ファンの女優凪景でしかなかったから、正直今言われるまで忘れてた。
「有名映画雑誌でダブル表紙飾ったヤツですよね! 鑑賞用、保存用、布教用で3冊買いました!」
「ホント愛実ちゃんってば……今日から妹にならない?」
「なりましゅ!」
「脱線脱線ー」
少しおちゃらけても冷静さを見失わない霞さんが、この場にいてくれて有り難い限りだ。
「まず一言で表すなら、あの子は『完璧な人間』ね」
「世間一般的なイメージそのものって事かー」
「そうね。アリアちゃんが何を言わなくても、周りが勝手に動いてくれるわね。現場を一緒にしたからこそ分かったわ」
権力財力人脈、全てを掌握出来るアリアさんが味方になれば、もはや敵無しだ。
だからこそ、誰よりも早く動いて、アリアさんに一歩でも近付きたいんだ。
「そんな当たり前の中、洋君、君だけが違った」
どれだけアリアさんに影響力があっても、当時僕にとっては詰み要素の1人でしかなかった。
適切な距離と関係性を保った結果が、今回の略奪戦発展なんだ。
「だからアリアちゃんは、初めて自分の為に動いてるの」
「そんでー肝心のとっておきってのはー?」
「あくまで心当たりよ。撮影の休憩時間、アリアちゃんが1人離れて誰かと通話してたの」
「普通に仕事の話なんじゃ?」
「声色が違ったの。まるで……そうね。母性が溢れるような感じかしら」
「「ぼ、母性?」」
元々同じ歳には思えない大人っぽさはあっても、母性は感じなかった印象だ。
でも、この間再会した時は、確かに母性を感じた。
「少し気になってね、物陰から聞く耳立ててたら、こう聞こえたのよ。『貴方がいれば年内には全てが叶う』って」
渚さんのこの情報と、略奪戦の期間と照らし合わせたら、アリアさんのとっておきは『貴方』と呼ばれる電話相手の可能性が高い。
『貴方』が一体何者なのか、あびるさんがそれを知ってるのか、ちゃんと確認しないといけない。
「え、今の話が年始なら、略奪戦話の前じゃんか」
「……略奪戦がなくても、元々僕を手に入れる気だったんだ」
とっておきはきっと、この間のサプライズで直接会ってお知らせするつもりだったはずだ。
でも同時に、愛実さんとの交際情報を知って、そうも行かなくなった。
だからアリアさんは僕らの仲を進展させないよう、他の七人女神を巻き込んで、略奪戦を利用して時間稼ぎしてるんだ。
「なら、アリア以外とやるだけ無駄だろー」
「そうだね。でも、皆の気持ちは本気で本物なんだよ。だから、ちゃんと向き合うって決めたんだ」
七人女神一人一人の実力を全力で出されれば、略奪戦は最初の1人目で僕らは負けてる。
でも、アリアさんが略奪戦の根幹を握っている以上、僕らに勝ち筋がわざわざ作られてる現状は、もう崩せなくなってる。
それでも七人女神の皆は、本気で本物の気持ちをぶつけて来てくれてる。
今後皆と向き合うチャンスは、きっと訪れないからこそ、最後までやり切るしか道がないんだ。
「私も同じね……ねぇ愛実ちゃん」
「あい?」
「明日一日、洋君を貸して貰える?」
「え?! よ、洋を? ど、どうして?」
「これから先も、愛実ちゃんと洋君と友達でいたいから……お願い」
渚さんが今、どうしてそう答えたのか、表情と空気でハッとした。
西女祭で感じた宵絵さんの同じ空気と表情なんだって。
思えば今までの渚さんの言動や接し方は、ちゃんと好意を示してくれたものばかりだ。
そんな大切な気持ちに気付けないまま、こんな形で知ってしまう自分が本当に情けない。
でも、七人女神の皆達と同じで、ちゃんと渚さんとも向き合うと決めたんだ。
「愛実さん。僕からもお願いします」
「洋君……」
「そっか……渚ちゃんもだったんだね……明日洋をお貸しします!」
「愛実ちゃん……ありがとう」
「えへへ……2人とも大好きなもんで」
「あーしはー?」
「勿論大好きじゃん!」
きっと今の渚さんには、僕からの言葉や返事は必要ないんだ。
代わりに明日を一緒に過ごせればいいんだって、優しく柔らかな顔がそう言っていた。
♢♢♢♢
翌日の土曜日朝8時、自宅まで迎えに来てくれた秋コーデの渚さんは、晴れ晴れとした雰囲気だった。
「おはよ」
「あ、おはようござ」
「今日から敬語無しよ」
「あ、う、うん」
「それで良し! 空ちゃんは中かしら?」
「え? 空? そうで……だけど」
「ちょっとお邪魔するわね」
横を通り過ぎた渚さんが、玄関扉を静かに開けると、さっきまで見送ってくれてた空が、丁度リビングに戻るタイミングだった。
「ん? お兄ちゃん、忘れ……」
「おはよう空ちゃん」
「……にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃぎけいしゃん?!」
空いた口が塞がらないが似合うオーバーリアクションに、リビングにいた姉さんもヒョコッと姿を見せた。
「どうしたの空? そんな騒いで。あら」
「蒼ちゃんもおはよう」
「お盆に会った女優の凪景さんよね? たまたま道に迷ったのかしら?」
姉さんの天然解釈にクスッと笑みを溢す渚さんは、僕らが前々から交友がある事を打ち明けていた。
割と淡白な反応で納得する姉さんに比べて、空は頬っぺたを抓って夢じゃないのを必死に確かめてる。
「コラコラ、綺麗な可愛い顔をイジメちゃダメよ」
「ふぁ、ふぁい!」
「いい子ね。もし良かったらだけど、時々会いに来てもいいかしら?」
「もももも勿論大歓迎でしゅ!」
「落ち着きなさい、空」
喜びで胸一杯な空に、渚さんも本当に嬉しそうな顔だ。
本日二度目の見送りをされ、渚さんのマイカーで出発してすぐ、渚さんは気持ち良さそうに身体を軽く伸ばしてた。
「んーっ! これでモヤモヤの一つ解消っと!」
「あ、そういう事だったんだ」
「なんの説明も無しにごめんね? さぁ! 今日はモヤモヤ解消デートよ! しっかり着いてきなさい!」
「う、うん!」
今までにない活き活きとしたテンションは、とことん最後まで付き合わないと、勿体無いぐらいだ。
「ちなみに最初の目的地は?」
「カラオケよ! 歌いまくるわよ!」
流行り曲を早速車内で鳴らし、陽気に口ずさむ姿は、まるで遠足前日の小学生みたいだった。




