表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/55

37話 水無月宵絵と灘梨紅

 オープニングアクトの濡れTトゥーン後、一般開放されたプールで濡れTフェスが本格的に始まった。

 ただ僕は宵絵さんと、西女祭を1時間回る約束を果たす為、校内を手繋ぎで回ってる。

 屈託の無い楽しそうで嬉しそうな姿は、生徒会長としてではなく、水無月宵絵という1人の異性として、とても魅力的だった。


「ふぅー……洋君と一緒だと、何もかもが幸せだと思えるな」

「大袈裟ですけど、そう思って貰えるなら光栄です」

「ふふふ、少しはしゃぎたな。あそこで休もうか」


 人通りの少ない休憩スペースで、隣り合って座り、ソッと手を重ねてきた宵絵さん。

 細くしなやかな指と一回り小さい手の平は、1人の女の子なんだと改めさせてくれる。


「……洋君。今の内に話しておきたいことがあるんだ」

「! いつでもどうぞ!」

「ふふ、そんな背筋を伸ばさなくてもいいのに……ありがとう、洋君」


 宵絵さんの声色と空気は、何か心に決めていると、感じ取れた。


「私は君に出会い、そして別れ、またこうして隣に居れる事が愛おしく、幸せだ」

「10年……ですもんね」


「あぁ。別れてからの10年間、君に相応しい人間になろうと、必死に努力を重ねてきたが、気付けば皆に相応しい人間になってたみたいだ」

「宵絵さんの周りを見れば、一目瞭然です」


「そうだな。それもこれも、君への想いが、かけがえのない糧となり、今の私をここに居させてくれてる。だが、今日でこの糧とも卒業だ」

「宵絵さん……」


 10年以上想い続けてくれた糧を卒業するのは、そういう事なんだ。

 いくら理由を聞いた所で、宵絵さんの決意や気持ちを揺らす訳にはいかないんだ。


「これからは良き友人として、君達の力になりたい。その方が私の性に合ってるんだと分かったんだ」


 宵絵さん達が引っ越しで突然居なくなったあの日から、寂しさと悲しさで思い出が染まらないよう、詰み体質を盾に幼少期に過ごした1年間を上書きしようとして、10年振りに再会するまで思い出せなかった。

 でも、もうそんな事はしない。


「……宵絵さんの想いは、もう忘れません」

「……ありがとう洋君。愛したのが君で良かった」


 今にも溢れ出そうな感情を見せれば、僕に自分に甘えてしまうと分かってるから、堪えてる宵絵さんは本当に強い人だ。


「きゃあぁあああ! な、生宵絵様よぉおお!」

「う、うちゅくしぃ(美しい)いい!」

「お、御御足に顔を踏まれて罵倒されたい!」

「隣の方は誰かしら? ハッ! ただならぬ関係なのかしら!? 問い詰めましょう!」


 やっぱり時と場所を選ばない詰み体質は容赦がない。

 このままだと闘牛の如く向かってくる女性達に、取り囲まれるのは免れない。


「い、行きましょう宵絵さん!」

「いや、私は彼女達の相手をする。だから愛実君のとこへ行ってくれ」

「宵絵さん……ありがとう!」


 宵絵さんの行為を無駄にしないよう、振り返らずに足を動かし続け、愛実さんの下へと向かった。


 ♢♢♢♢


「大丈夫ですか宵絵様! 何もされていませんか?!」

「……よ、宵絵しゃま?」

「……あ、あぁ、すまない。何でもないよ」


 恋が終わる、愛した人を諦める。

 もっと辛いと思ってたが、案外悪いものじゃないんだな。

 きっとこの気持ちは、私の背中をいつでも押してくれる、大事なものになる。


 だから、君達の幸せを心の底から祝福しよう。

 洋君、愛実君、おめでとう。

 そしてありがとう。


 ♢♢♢♢


 西女祭の閉会式前、梨紅さんの控え室で、僕と愛実さんは耳を疑った。


「え? 略奪戦から身を引いて、僕らを認める?」

「マジでか? てか梨紅、まだ何もしてなくね?」

「だね♪ でもね? ここ1週間、沢山の人が梨紅に夢中になってくれたけど、洋ちゃんだけはやるべき事に真っ直ぐで、きっとこれから先もそうなんだって。だから梨紅は身を引く事にしたの」


 1週間で起きたことと言えば、梨紅さんの西女祭参加のSNS拡散、偽物招待券事件。

 この2つの根本が自分にあると、その大きな責任を感じてるのもあるんだ。

 前者は梨紅さんの善意が悪い方向になって、後者は直接梨紅さんが関与した訳じゃないんだ。

 それにもう解決してる以上、僕らは素直に略奪防止を受け入れればいいんだ。


「分かったよ梨紅さん。色々あったけど、これからはまた、友達としてよろしくね」

「だな! よろしくな! 梨紅! ちな……バストアップ方法を教えてくれん?」

「ぷっ。も、もう愛実ちゃんってば……調子狂っちゃうな〜にゃははは!」

「ちょ! 笑うなし! こちとら本気なんだかんな!?」


 ライラさんに続き、梨紅さんの略奪防止が平和に終わり掛けた時、梨紅さんのスマホから着信音が鳴った。

 画面に映る着信相手に、梨紅さんの顔色は急激に暗く青ざめていた。


「あ、アリアちゃんから……も、もしもし?」

『ライラに続き、君で2人目だ梨紅。残念だ』

「ちゃ、ちゃんと自分の判断だから、後悔も何も無いよ」


『相変わらず嘘が下手だな、梨紅。洋君の為に己が身体を磨き、異性なら誰しもが虜になる魅力になっていただろう。だが、今件で把握した筈だ。たった1人すらも手に入れられない君の魅力は、その程度だけだったと』


「そ、そうだけど……」

『それに君のは後悔とは言わない、ただの逃げだ』


「おいコラ! アリア! ライラん時といい、何でもかんでも言い過ぎだろ!」

『はて、君は喜ぶべきなんだぞ、愛実ちゃん。こうして略奪を阻止できたのだから』


「こんのぉ! そうじゃねぇだろ! 梨紅と親友なんだろ!」

『ふっ、いくらでも吠えればいい。私は梨紅と違い、逃げはしない』


「あ、き、切りやがった! ムキィ!」

「り、梨紅は大丈夫だから、落ち着いて愛実ちゃん!」


 ライラさんの時といい、アリアさんの棘のある言葉は、きっと親友ならではの本音だ。

 残り5人の七人女神がどう出るのか、改めて気を引き締め、西女祭を最後まで見届けた僕らだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ