37話 水無月宵絵と灘梨紅
オープニングアクトの濡れTトゥーン後、一般開放されたプールで濡れTフェスが本格的に始まった。
ただ僕は宵絵さんと、西女祭を1時間回る約束を果たす為、校内を手繋ぎで回ってる。
屈託の無い楽しそうで嬉しそうな姿は、生徒会長としてではなく、水無月宵絵という1人の異性として、とても魅力的だった。
「ふぅー……洋君と一緒だと、何もかもが幸せだと思えるな」
「大袈裟ですけど、そう思って貰えるなら光栄です」
「ふふふ、少しはしゃぎたな。あそこで休もうか」
人通りの少ない休憩スペースで、隣り合って座り、ソッと手を重ねてきた宵絵さん。
細くしなやかな指と一回り小さい手の平は、1人の女の子なんだと改めさせてくれる。
「……洋君。今の内に話しておきたいことがあるんだ」
「! いつでもどうぞ!」
「ふふ、そんな背筋を伸ばさなくてもいいのに……ありがとう、洋君」
宵絵さんの声色と空気は、何か心に決めていると、感じ取れた。
「私は君に出会い、そして別れ、またこうして隣に居れる事が愛おしく、幸せだ」
「10年……ですもんね」
「あぁ。別れてからの10年間、君に相応しい人間になろうと、必死に努力を重ねてきたが、気付けば皆に相応しい人間になってたみたいだ」
「宵絵さんの周りを見れば、一目瞭然です」
「そうだな。それもこれも、君への想いが、かけがえのない糧となり、今の私をここに居させてくれてる。だが、今日でこの糧とも卒業だ」
「宵絵さん……」
10年以上想い続けてくれた糧を卒業するのは、そういう事なんだ。
いくら理由を聞いた所で、宵絵さんの決意や気持ちを揺らす訳にはいかないんだ。
「これからは良き友人として、君達の力になりたい。その方が私の性に合ってるんだと分かったんだ」
宵絵さん達が引っ越しで突然居なくなったあの日から、寂しさと悲しさで思い出が染まらないよう、詰み体質を盾に幼少期に過ごした1年間を上書きしようとして、10年振りに再会するまで思い出せなかった。
でも、もうそんな事はしない。
「……宵絵さんの想いは、もう忘れません」
「……ありがとう洋君。愛したのが君で良かった」
今にも溢れ出そうな感情を見せれば、僕に自分に甘えてしまうと分かってるから、堪えてる宵絵さんは本当に強い人だ。
「きゃあぁあああ! な、生宵絵様よぉおお!」
「う、うちゅくしぃいい!」
「お、御御足に顔を踏まれて罵倒されたい!」
「隣の方は誰かしら? ハッ! ただならぬ関係なのかしら!? 問い詰めましょう!」
やっぱり時と場所を選ばない詰み体質は容赦がない。
このままだと闘牛の如く向かってくる女性達に、取り囲まれるのは免れない。
「い、行きましょう宵絵さん!」
「いや、私は彼女達の相手をする。だから愛実君のとこへ行ってくれ」
「宵絵さん……ありがとう!」
宵絵さんの行為を無駄にしないよう、振り返らずに足を動かし続け、愛実さんの下へと向かった。
♢♢♢♢
「大丈夫ですか宵絵様! 何もされていませんか?!」
「……よ、宵絵しゃま?」
「……あ、あぁ、すまない。何でもないよ」
恋が終わる、愛した人を諦める。
もっと辛いと思ってたが、案外悪いものじゃないんだな。
きっとこの気持ちは、私の背中をいつでも押してくれる、大事なものになる。
だから、君達の幸せを心の底から祝福しよう。
洋君、愛実君、おめでとう。
そしてありがとう。
♢♢♢♢
西女祭の閉会式前、梨紅さんの控え室で、僕と愛実さんは耳を疑った。
「え? 略奪戦から身を引いて、僕らを認める?」
「マジでか? てか梨紅、まだ何もしてなくね?」
「だね♪ でもね? ここ1週間、沢山の人が梨紅に夢中になってくれたけど、洋ちゃんだけはやるべき事に真っ直ぐで、きっとこれから先もそうなんだって。だから梨紅は身を引く事にしたの」
1週間で起きたことと言えば、梨紅さんの西女祭参加のSNS拡散、偽物招待券事件。
この2つの根本が自分にあると、その大きな責任を感じてるのもあるんだ。
前者は梨紅さんの善意が悪い方向になって、後者は直接梨紅さんが関与した訳じゃないんだ。
それにもう解決してる以上、僕らは素直に略奪防止を受け入れればいいんだ。
「分かったよ梨紅さん。色々あったけど、これからはまた、友達としてよろしくね」
「だな! よろしくな! 梨紅! ちな……バストアップ方法を教えてくれん?」
「ぷっ。も、もう愛実ちゃんってば……調子狂っちゃうな〜にゃははは!」
「ちょ! 笑うなし! こちとら本気なんだかんな!?」
ライラさんに続き、梨紅さんの略奪防止が平和に終わり掛けた時、梨紅さんのスマホから着信音が鳴った。
画面に映る着信相手に、梨紅さんの顔色は急激に暗く青ざめていた。
「あ、アリアちゃんから……も、もしもし?」
『ライラに続き、君で2人目だ梨紅。残念だ』
「ちゃ、ちゃんと自分の判断だから、後悔も何も無いよ」
『相変わらず嘘が下手だな、梨紅。洋君の為に己が身体を磨き、異性なら誰しもが虜になる魅力になっていただろう。だが、今件で把握した筈だ。たった1人すらも手に入れられない君の魅力は、その程度だけだったと』
「そ、そうだけど……」
『それに君のは後悔とは言わない、ただの逃げだ』
「おいコラ! アリア! ライラん時といい、何でもかんでも言い過ぎだろ!」
『はて、君は喜ぶべきなんだぞ、愛実ちゃん。こうして略奪を阻止できたのだから』
「こんのぉ! そうじゃねぇだろ! 梨紅と親友なんだろ!」
『ふっ、いくらでも吠えればいい。私は梨紅と違い、逃げはしない』
「あ、き、切りやがった! ムキィ!」
「り、梨紅は大丈夫だから、落ち着いて愛実ちゃん!」
ライラさんの時といい、アリアさんの棘のある言葉は、きっと親友ならではの本音だ。
残り5人の七人女神がどう出るのか、改めて気を引き締め、西女祭を最後まで見届けた僕らだった。




