苦しい
とたん、すごいはやさで身を動かした男が、サダトモの着物の合わせをつかんだ。
「―― おい、あんた。ノブさんの親戚だか友達だか知らねえが、当人の了承もなく変な薬飲ますなんざ、いったいどういうつもりだあ?」
着物をつかみあげられた男が、目をすがめ、口端をあげていう。
「――― おれとノブとは、もう何十年のつきあいさ。ここ数年で知り合ったばかりの、どこの馬の骨ともわからないような男には、理解できない信頼関係がある」
「っ!・・・」
その自信にあふれた目でじっくりと見つめられ、ヒコイチは息が詰まったように手を放す。
だが、目はそらさない。
「 その『信頼』をうらぎるみてえな真似が許せねえって言ってんだ。おい、ノブさんが飲んだ薬、いってえどういう効能があんだよ?だいたい、それって本当にありがたい秘薬なのか?ケモノにはありがたくたって、人間にはありがたくねえとかいうんじゃねえだろうな?」
いよいよ喧嘩ごしになってきたヒコイチの腰に、ふいに、何かが巻きつき、続けて背中から腰にかけて、なにかがぶつかってきた。
「・・ヒコさん・・・それ、ぼくのために喧嘩売ってんですよねえ?」
「はあ?お坊ちゃま、酒でも飲みましたかい?」
ヒコイチをみあげるその顔は、きれいな桜色になっているし、色素のうすいビー玉みたいな目が、きらきらといやに水っぽい。
「酒なんて飲んでないですよお。ぼくは今、すっごくよろこんでいるんです」
「・・・はあ・・・」
ぎゅううっとすがるように腰にしがみつく男を見下ろし、ヒコイチはなんだか居心地の悪さをおぼえる。
サダトモが腕をくみ、自分たちをにやにやしながら見比べているのだ。
「あの・・・、ノブさん、どっか具合悪いとこ、ねえですかい?」
「ぐあい?うーん、そういえばちょと、胸のあたりが苦しいかな」
「胸?まさか、」
ここでまたしても、すぐそこに座る男をにらむ。
すると、――――― 。
だああっはっはっはっは だはっだはっ っはっはっは
ひどく男らしい豪快な笑い声を、サダトモがひびかせた。