ケモノの秘薬
サダトモはぱちりとまたたいてから、火のない煙管をくるりとまわしてみせた。
「――そう、その里なんだが、 おれも、半月も長居してあわてて発つことにしたのさ。一か所にこんなに長くいるなんておれらしくないと気付いてさ。 坊さんにさっそく明日の朝には発つからと伝えた。そうしたらな、―――」
ここで、ようやくというように、お坊ちゃまににやりとしてみせた。
「 ―― 坊さんが、えらく神妙な顔になって、いきなり手をついておれに謝る。わけがわからずやめてくれと止めたらな、自分たちこの里の者は、実はみなケモノなのだというのさ」
「ケモノぉ?」
思わずヒコイチが頓狂な声をあげた。
サダトモがゆっくりとうなずき、続きを語る。
「ケモノといっても、人間を化かす力のある、特別な獣たちの集まりだったのさ。 その里に人間が迷い込んだのは三百年ぶりほどで、おれで三人目らしいのだけど、ここまで里にとけこんで暮らしたのはおれがはじめてだったらしい。 寺にある墓はもちろん里に住む者、つまりはキツネとかタヌキとかイタチなんかの先祖の墓で、それを、人間であるおれに手伝わせて手入れしたのは申し訳ない、というわけだ」
「はあ?だましたからってことですかい?」
「そういうことだな。なにしろ特別なケモノだから、知能が高い。 人間に自分たちの墓を手入れさせたのを、悪いと思っている。なんと謙虚なことよ」
「はあ・・・まあ、たしかに・・・」
落語や昔話に出てくる人をばかす手合いのケモノは、腹の底から人間をばかにしたものが多い。
「その坊さんもな、化かしをとったらタヌキだったよ」
「み、みたんですか!?」
急にお坊ちゃまが身をのりだす。
「みた。が、すごいのはこの話の続きだ。―― 人間のこのおれをだました詫びに、この里に伝わる『秘薬』をくれるというのさ」
「「もらったんですか(い)!?」」
ヒコイチとお坊ちゃまがそろって身を乗り出し、それを満足そうに見比べた男がゆっくりと首をたてにふり、煙管を煙草盆に置いた。