おれのを売ろう
いつもの辻でこちらを待っていたように立っていたおぼっちゃまに、ヒコさんに会わせたい人がいる、と言われてついてきてみれば、煙管をすいつけるこの男が待っていた。
としはヒコイチより上であるおぼっちゃまより、さらに五つよりは上だろう。
使い込んだ銀の煙管を持つ手は、ヒコイチのように仕事をする男の手だ。
――― これが、あの、西堀のじじいの不思議のときにはなしてた男か?旅先で、毎晩違う娘に押しかけられたっていう、色男か?
自分の体験もすっかり棚にあげたヒコイチは、さらに眉間を深くしながらその男の顔を見つめ、自分の名を告げた。
相手は、ヒコイチとおなじようにあぐらをかいてはいるが、この洋間の椅子に慣れているようで、ひじ掛けに煙草盆を置いたまま頭をさげた。
たしかに、くつろいで煙管をくゆらす様子は絵になるし、そのゆったりとした身のこなしといい、派手な色味の着物の着くずしかたといい、芝居にでも出ていそうななりだ。
――― で?どうしてこの男におれを会わせたいんだ?
ききたかったが、むこうに座り煙をはく男が、穴があくほどこちらを見てくるので、その理由は察しがついた。
「 ―― そういえばノブ。まだ、おもしろい話を買ってるのかい?」
細めた目をヒコイチとあわせたままの男は、お坊ちゃまの名を親しく呼んで聞く。
知り合いというよりも、遠い親族なのだとサダトモはいった。
「ええ、もちろん。ぼくが、おもしろければ、ですけど」
お坊ちゃまの返事に満足そうに煙管を吸いつけ、かつんとそれを煙草盆に置いた男が、それならひとつ、おれのを売ってやろう、と口端をあげた。