どうしてくれる
「それで、―― おれの何をためしたっていうんだよ?」
ああ、と小さな手を打ったカワウソが、こともなげにいう。
「この薬、ただ一つ欠点がございまして。 『嘘をつかない者』には効果がございません。そういう正直者には、こういうまやかしものは効かないということですなあ。 その場合、薬を飲んで誘おとした方に、作用があらわれまして、本来なら相手に現れる色の欲が、自分にかえってくるのでございます。まっこと不思議な薬でございましょう? さてさて、―― ここまでお二人を見比べて、どうやらやはり、ヒコイチさまには効果がなかったとお見受けいたしました。そうしてやはり、ノブタカさま一人にその効果が表れているようでございます。これほどはっきりとわかれば、あたくしもサダトモさまに、しっかりとお伝えできます。 ――― ヒコイチさまは、ここ百数年来では珍しき、嘘もとおらぬ『石頭』だと」
「やい、カワウソ、ずいぶんとひでえ言い草だな。ええ?」
腕をまくって立ち上がったヒコイチにはっとしたケモノは、するりと身をひるがえし、洋間の窓の下に立つと、ぺこりと頭をさげ、窓をくぐって去っていった。
あわてて駆け寄り、窓の隙間から身を乗り出したヒコイチはその姿を探しながらどなる。
「やい!トモゾウ!このノブさんを、どうしてくれる!!」
洋館の広い庭。
手入れされた菊の葉の茂みをゆらし黒い毛皮は姿を消し、日が暮れかけた空に、返事が響いた。
「 やることやったらなおりましょう!おたっしゃで!! 」
「おい!トモゾウ!!こら!戻ってきやがれ!!」
小さな笑いが、どんどんと山の奥へと消えてゆく。
赤く染まる空には、とんぼの群れが、夏も終わりと告げている ――― 。
おそまつさまでございました。。。




