背中にかぶさる
《お坊ちゃま》がどんな暮らしをしてきたかなんて、考えてきたこともなかった。
こんなでっかい家に住み、金に困らず暮らしている、浮世離れしたかわりものぐらいにしか思っていなかったが・・・。
「で、あたくし、ひとつ考えまして、――― 」
二人のおかしな沈黙をやぶるように、カワウソが椅子の上、するりと立った。
「里に伝わる『秘薬』でもって、そのヒコイチさんをためしてやろうと」
「『ためす』?」
聞き返されて、またしてもつやのある背をみせて頭をさげたトモゾウが、ヒコイチに謝り、それからノブタカにその小さな顔をむけた。
「 申し訳ないと思いながらも、これほどはっきりとした手だてがほかにもなく、『秘薬』入りのまんじゅうをつくったのです。 ―― さて、ノブタカさま、さきほど胸が苦しいとおっしゃいましたが、それは、こちらのヒコイチさまのお顔を見たりするとじゃないですか?」
椅子上のカワウソを並んで見下ろすように立った二人は顔を見合わせる。
首をかしげたノブタカは、急に赤くなった顔をそむけ、胸をおさえた。
「・・・確かに、そういわれてみると・・・」
「なんでえ。おれの顔になにかあるっていうのかよ?」
口をまげたヒコイチが不満そうにカワウソをにらむ。
「 顔のせいじゃあございません。ためしにヒコイチさま、顔をあわせないまま、ノブタカさまの背中にかぶさってみてください」
「はあ?――こうか?」
いぶかしむのに、それをやるのがヒコイチだ。
とたん、ものすごい悲鳴があがり、ヒコイチははじきとばされた。
「な、な、なにするんです!!」
胸をおさえたお坊ちゃまが、むこうの壁際でうずくまっている。
すごい勢いでおしのけられたヒコイチも、床に手をつき、腰を抜かしたようななさけない態勢で、わけもわからずに謝った。
「すまねえ・・・。って、だって、せなかにおぶさっただけで、・・・嫁入り前の娘にいたずらした気になんぜ・・・」
「嫁入り前の娘じゃなくたって、びっくりするんですよ!!」
「はあ?・・・なんかお坊ちゃま、顔がさらに赤く・・・」
心配になって寄ろうとすれば、くるな!とひどく拒否される。
むかっと腹の奥がうずいたヒコイチがずかずかと近寄ろうとしたとき、ささっと黒い影がとびだしてきた。
「――ヒコイチさま、そこまでで。これでまた、さらにはっきりいたしました」
カワウソが短い前の手をひろげて椅子にもどるようヒコイチに指図する。




