色白な男
『西堀』の隠居のともだちヒコイチは、おともだちの『おぼっちゃま』によばれて知り合いの男に引き合わされる。どうやら『おぼっちゃま』のことを心配して、ヒコイチのことをさぐりにきたようなのだが・・・。 嫌な寒気にはみまわれないが、汗が出るヒコイチのはなしになりました。
色白のつるりとした顔だが目つきだけするどくて、視線があうたびに、ふいとそらしたくなる男だった。
「――― そうそう。たしかこのまえには、ほら。金魚がどうだかと」
その眼を細めて、さも、おかしげに煙管をゆするのに、フリだけだと気付いたヒコイチは口を曲げ、冷たいお茶の入れられたうすい焼き物の器をいっきにあおった。
ヒコイチは流しの物売りで日をしのいで暮らしている、貧乏暇ナシの男だ。
その貧乏人がちょっとしたきっかけで、金と時間をもてあます、元子爵だかなんだかの浮世離れした洋装の男と出会い、この洋館に出入りするようになった。
その『お坊ちゃま』こと一条ノブタカの持ち家である、ばかみたいに大きな洋館の慣れない空間である洋間にて、長椅子にヒコイチと当主のお坊ちゃま。
テーブルを挟んで向かいのひとり掛けに、お坊ちゃまの知り合いだという男が、つるりとした顔も涼しげに煙管を吸いつけている。
少しひらいた窓からは、夏の名残のような熱を含んだ風が入り、煙をすうっとさらってゆく。
男の名は二条サダトモ。
名乗られたときに、ずいぶんと立派な名前だとヒコイチが思ったのが顔に出たのか、その涼しげな顔を気恥ずかしそうにしかめ、「サダでいいんだよ」と煙管を振った。