海辺の砂のお城は過去につながる
その日ーー。
ネットサーフィンで暇を持て余していた俺は、なぜか砂のお城のギネス記録を眺めていた。高さ15m以上の大人の砂遊びの芸術に、忘れかけていた少年の心が刺激されていた。
暇だし。
ちょっと、海辺で砂の城でも作ってみるか。
大学生は暇を持て余す時がある。バイトも休みだし、このままベッドでスマホいじるより、健康的だろう。どうせ、このあたりに知り合いもいないし、見られても構わない。童心を忘れない遊び心を忘れないことが研究にも大事……らしいし。
バケツとスコップを準備をして、自転車で近場のビーチまで来た。時期的に、人は少ない。泳ぐような季節にはまだ少し早い。
子供の頃よりかは、精密で大きな砂の城を作ろう、と意気込んで、海の潮風を感じながら、砂遊びを始めた。
バケツとスコップで、時間を忘れて作業をした。砂と水を適度に混ぜて、砂のお城の土台を作っては、削る作業。
時間が経てば暑くなって、じんわりと汗ばんでくる。日焼け止めをしてくればよかった。思ったより超大作になりそうだ。記念に写真を撮ったら、SNSのプロフィール画像にでもするかな。
おとぎ噺にでも出てきそうな王子様のお城が出来上がっていた。細部は適当だけど。近くで見たら砂っぽさ満載。まぁ、砂のお城だし。
ほぼほぼ完成と言えるお城を見ていると、チクリと頭をよぎる。
誰かと作ったことがあったような気がした。
波の音がする。風が吹いて、白波が立つ。砂が舞う。
いや、違う。そうじゃない。
この城、なんとなくの感覚で作っていたけど、これってーー。
「こ、ここは」
「は?」
砂の城が崩れて、お姫様風の可愛い女の子が現れました。
これは夢だな。そうだ、大学生にもなって砂遊びなんてするわけないじゃないか。
少なくとも、合理的に考えれば、美少女が砂の城を崩したと解釈すべきだ。桃から生まれるように、城から生まれるわけがない。
「ゴッドフリード・ヘル・アインシュタインです」
とりあえず、偽名を名乗った。
「はい。ユースティア帝国第一皇女ユリア・ユースティアです。あの、ここは、どこですか」
「日本の太平洋側です」
「ニホンノタイヘイヨウ?」
高度なボケのつもりが、ご理解なされていない様子。
おかしい。なんで砂浜作っていたら、異世界ファンタジーが向こうからやってくる展開になっているんだ。
そこは忘れていた幼馴染が突然現れて、一緒に砂遊びしたね、的な会話で、再開からのラブコメ展開でいいのに。
「ところで、あの船は破壊した方がいいですか。旗も立てずに、怪しいです」
なんで、美少女の手に、炎が集まっているのか。
地球でも魔法は使える設定ですか。沖合の船に狙いを定めないで。
「撃たないで。撃っちゃダメ。大丈夫。味方の船です」
火球が小さくなって、消えていった。
「そう。久しぶりですね。元気みたいですね、ハヤト。ここではゴッドフリード・ヘル・アインシュタインなのですね」
やべーぜ。何も思い出せてない。
異世界召喚されて勇者だった過去でもあるのだろうか。
それを覚えてないとか、残念すぎる。
というか翻訳のせいなのか、ですです多いです。もっとナチュラルにならないのですかですね。
「久しぶりだな。観光にでも来たのか」
できるだけ平然としておこう。そうしよう。処世術は相手に合わせる。大学生は名前も知らない知り合いが増えるから。
「突然、ここに召喚されたのですけど。転移魔法で。王城で使ったものに似ていそうだったです」
砂のお城が縮小版の転移魔法陣だった件について。
「申し訳ありません。返す方法がありません。魔王を撃ってください。敵は本能寺にあり」
「ん、この世界は魔物も魔族もいない世界と聞いていたはずですが」
「ジョークです。異世界転移の定番かと」
「何か知らないですけど、とりあえず、敵国に備えるべきですね」
現代兵器と魔法戦見たい気もするけど、映画で我慢しますから、世界を揺るがさないで。そんな国家対戦はもう下火ですよ。宇宙船は地球号なんだから。
返す方法がない件はツッコマれなかったな……。
という夢を見たんだ。チャンチャン。完。
だったらよかったけど、目の前の異国風美少女をどうしよう。
大学生1人暮らし、金の問題。大学生の仕送りで2人暮らしはできません。
ああ、俺も大人になったな。謎の美少女が現れても、金の心配とは。
「とりあえず、うち来る?」
と言って、歩いているのいいが、美少女があちらへふらふらこちらへふらふら。地方都市の発展に驚くあたり、俺の行っていた異世界の文明レベルは低いようだ。
「単刀直入に言うけど、生活費をどうする」
「黄金なら出せますよ。魔法で」
全ての問題が解決した。宇宙船地球号を救うレベルで。金を作り出す錬金術師を手に入れました。結婚して、一生養ってもらおう。いや、黄金を出す魔法を教えてもらった方がいいか。
「採用。いつまでもウチでゆっくりしてください」
「そうはいかないです。国に帰らないといけないから」
「ちなみに、帰り方は……」
「もう一回砂場で魔法陣を描けばいいです」
なるほど。それでいいなら楽だな。ついでに俺も遊びに行きたい。思い出したい。自分が何をしたのかを。
そして、地上絵やピラミッドも魔法陣だったに違いないと、脳内回路からオカルト理論が巡った。
こうして、俺は黄金を手に入れたわけだ。
「ごめん、妄想はその辺でやめた方がいいよ」
二段構え夢オチ展開を妄想と一蹴された。
現実、モノホンの現実では、幼馴染と海辺で砂遊び。
「なんで大学生にもなって、腐れ縁と海で2人なんだ」
「砂のお城を作る約束したでしょ」
「たしかに、高校卒業しても一度も女の子と海で遊んだことなかったら、一緒に遊ぼうと約束したけど。砂のお城を約束した覚えはない。異世界転生系記憶喪失でもしたのか」
「いいから、口より手を動かす。もっと見栄えをよくしないと」
コネコネと砂のお城が立体感ある形にされている。
「ちなみに、大学生でも彼女が1人もできなかったら、結婚すると約束したような記憶があるけど、気のせいだよな」
気のせいであってくれ。
「それが気のせいじゃないんだなー」
「早く、彼女を作らないと」
こんな砂場で太陽と海とビーチサイドやってる場合じゃない。合コンという都市伝説はどこだ。
大学生になっても、忙しいだけじゃないか。映画のようなキャンパスライフはどこだ。
「次は砂の教会を作ろうね」
「いや、彼女だ」
「砂の彼女」
そんな絵に描いた餅みたいな砂上の楼閣であってたまるか。