第十六話
経好は雷に打たれ意識を失った鶴姫に胸骨の付近を何回も押して、背中の赤龍の痣をさすっている。
「柔術の師範に昔、蘇生について体のツボを聞いたことがある。
それと鶴姫の背中の赤龍の証には何らかの力があるはず。」
そう言いながら経好は胸から心臓にかけての蘇生術を繰り返している。
しばらくして、先ほど輝いたスマホを持つ鶴姫の指先がピクリと動き始めた。
鶴姫の顔に赤みが差してきて目蓋が動き始めた。
「鶴姫、私の美しい大事な人。意識を取り戻してくれ。」
ゆっくりと鶴姫の瞳が開かれた。
「経好様」
小さな声だが確かに発声している鶴姫の声が聞こえた。
経好が鶴姫の上半身をゆっくりと起こし、やがて抱きかかえた。
「本当に良かった。意識が戻ったし、鶴姫の声も治ったようだ。」
家来たちも歓声を上げている。
鶴姫がスマホのようなものの表面を見ると、高機能能集音装置のアイコンが光り輝いている。指先でそのアイコンを触ると何人かの顔が出てきた。
鶴姫は順番に何人かの顔を指で触ると、屋敷に乱入してきた若い女のアイコンが反応した。
経好もスマホのようなものを凝視している。
「屋敷に移入してきた女は、海賊船を大砲で船を破壊したときに海に逃げた際に大蛇に変身したがその大蛇女に違いない。」
スマホの耳を使づけると女の声が聞こえる。
「今頭に浮かんだのだけれど、この集音装置は今まであったことのある者が比較的近くに居るけれど姿が見えない時に発する声を集音する装置かもしれないわ。」
「何て言っている。」
鶴姫はスマホの耳を更に近づけた。
「シューシュー。私には男の精がいる。
勾玉の力だけではこの体の命が保てない。
この勾玉で大砲の傷は癒えたが、命を保つには男の精、中でも位が高く強い男の精が必要だ。
漁師の男の精では永遠の命を手に入れることができない。
あの男、あの男の精が必要だ。
あいつは必ずここに来るはず。勾玉がここにあるからな。」
経好と鶴姫は、顔を見合わせた。
「この中の洞穴の奥に大蛇と勾玉がある。」
「穴の入口が地震の時の岩出塞がれているのに、どうやって大蛇はこの中に入ったのかしら。」
「別の出入り口があるのではないか。海と洞穴の下が繋がっているとしたら合点がいく。ただ海中深くの穴だと思うから人間には無理だな。」
それより、どうやって大蛇を退治すればいいのか。
退治しないと勾玉を手に入れることができない。
大砲は船から動かせない。」
家来が石斧やツルハシのような道具で洞窟の入口の岩を取り除いている。
洞窟の入口の隙間からほんの少し小さな穴が開いている。そこの集中的に作業している。
家来が経好に声をかけた。
「殿、半日くらいかければ人が一人通れるくらいの穴まで広げることができるかもしれません。
それまで、殿は鶴姫様とあの籠でお休みなさいませ。」
鶴姫は、それを見ながら令和のときの大学時代を思い出していた。
大蛇と言ったらあれよね。
お酒だけではおびき寄せないからアレも必要ね。アレンジが必要だわ。
「経好様、大蛇を退治しなくても勾玉を手に入れる方法があります。
それには、お酒ともう一つ必要です。」
経好が家来の一人に船に戻って最寄りの島で日本酒を調達するよう指示を出した。
家来は洞穴の隙間を広げる部隊と日本酒を調達する部隊に分かれて作業を続けた。
「経好様、穢れないようにしないといけませんが、もう一つのアレが必要です。
さあ、籠に参りましょう。」
ツインテールの髪をなびかせている鶴姫は、上目使いで殿様を見上げて経好の手に左指を絡ませ、経好の褌の上から右指を撫でた。
少し品が無いかも。でも婚約者だもん。
経好の心に火がついたようだ。
鶴姫は上体を抱えられ、籠に引き摺り込まれた。