第十四話 風神雷神発動
徳山の湊から経好一行が、武装して軍船に乗り込んだ。
船は、市川家の家紋の旗を掲げて進んでいく。空は晴天であるが海風が強い。
舳先に佇んでいる経好の後ろからそっと鶴姫は経好のわきの下から両手を差しいれて、経好の両手を水平に横に挙げてもらい、後ろから抱きついた。
「これは十字架のようだな。何かのまじないか?」
経好がつぶやいた。
浮島に近づくにつれて、向こうのほうから待ち構えていたように別の旗を上げている軍船がこちらに近づいてくる。
舳先の場所を目の良い家来に二人は譲った。
家来が叫んだ。
「向こうの軍船の先頭に女がいます。旗には大蛇の印があります。」
大蛇の旗を掲げた軍船が近づいてくる。女の後ろには弓矢の部隊が控えている。
家来が向こうの女の姿を見て、経好に報告をしている。
「先日、あの女は、殿の婚約の儀に乱入してきた女に見えます。」
海賊船の女が見えた。叫んでいる。
「経好様、今すぐ、そこの鶴とかいった貧乳の厚化粧女を船から突き落とし、私と結婚を約束せよ。
そこの貧乳の厚化粧女、今すぐ船から出ていけ。大内とか言った男と結婚すればこの場から見逃してやっても良い。」
女は胸元を大きくあけて巨乳をアピールしている。
鶴姫は罵声を浴びせようとしたが声が出なかった。
経好が言った。
「鶴姫が私の唯一無二の女である。
他の女には興味が無い。
命が惜しければそこの浮島に行く海路を空けよ。」
それから鶴姫は貧乳ではない。鶴姫に心を込めて、背中の赤龍の証を愛撫することで、鶴姫の柔らかな乳房は膨らみ、お前よりはるかに魅力的な肉体である。
決して貧乳ではない。」
私を褒めてくれているが、なんか恥ずかしい気がするが相手の女にみせびらかしたくなり経好様に抱きついた。
大蛇の旗の元の女が口を横に広げて舌を出し金切り声を上げている。
邪悪そうな目は氷のような瞳に見える。
足元は長い着物に覆われて見えない。
「これが最後だ。私と結婚するのだ。そうでなければ女だけではなくそちらの船の全員を地獄突き落としてやる。」
向こうの女の弓矢部隊の後ろには更に火縄銃の部隊や長い日のついた矢尻のようなものを発射しようとしている部隊も控えている。
「鶴姫は危ないから後ろに下がって参れ。」
経好が陣頭指揮で、こちらの船も装備を準備している。
「殿、こちらの武器は鉄砲隊ではなく南蛮由来の大砲でございます。
接近戦は不利です。後ろにいったん引き下がりましょう。」
「間に合うのか。」
矢を向こうの船から浴びせてきた。
経好は矢を器用に日本刀で受け止めている。
意外と剣士のレベルが高いようだ。
まだ火縄銃の部隊や火器を使おうとしている部隊は後方で控えている。もう少し近づくのを待っている。
大蛇の旗の軍船がどんどん近づいてくる。
家来が言った。「早く後ろに下がれ。このままだと危ない。」
後ろに下がった鶴姫は咄嗟にスマホのような物体の表面を眺めた。
そして輝いている風神雷神のアイコンを押して、天に翳してみた。
突然、晴れていた空に暗雲と雷鳴が轟いてくる。海風も更に強くなってくる。
向こうの船がこちらの船に近づこうとしたが強風で押し戻されているようだ。
不思議なことにこちらの船は海風に煽られていない。
黒い雲が向こうの船を覆い大雨が降り注ぎ始めた。こちらの船は雨が降っていない。
向こうの船には大雨が降り注ぎ、弓矢の部隊から火が消えている。
火縄銃を持った部隊も慌てふためいている。雨で銃芯が使えなくなっているようだ。
家来が報告する。
「この調子で、相手の船との距離が取れれば、破壊力抜群の大砲で向こうの船を木っ端みじんにすることができます。
如何致しましょう。」
「今一度海路を空けて譲るように言え。それでも退かなければ撃て。」
「はっ。」
家来は向こうの女に浮島への海路を空けてここから退避するように命じた。
しかし女は更に大きく口を開けて冷たい眼をして「地獄へ落ちろ。」と返答してきた。
「大砲を撃て。」
鶴姫は後ろから大砲が発射されるのをスローモーション動画のように見ていた。
周りを劈く砲弾の音がしたかと思うと、砲弾が一直線に相手の船の真ん中に命中した。
相手の船が軋んだ音がしたかと思うとゆっくりと船が真二つに折れていく。兵たちが海に投げ出されていく。
舳先にいた女の胸元から大きな乳房が丸見えだ。手が着物に覆い隠されて見えない。女の顔が大きく歪み体が大きくなってきたようだ。女の口が裂け黒く長い舌が出てきた。
「このままでは終わらぬ、浮島の洞窟で地獄を見せてやる。」
女がそういうと全身の着物が脱げ、体が肌色から鱗のようなものに覆いつくされて唸り声が聞こえる。
「だ、大蛇だ。」
大蛇になった女は海に跳びこみ、しばらくすると経好の船のへさきに水面から大蛇の頭がでてきた。
「撃て、大砲で打て。」
経好は日本刀を構えている。大蛇が口を大きく開けて経好を飲み込もうとした瞬間、砲弾が蛇の頭の先に命中した。
大蛇は金切り声のような咆哮を上げて、横に倒れ海中に大蛇の姿は沈んでいった。
「経好様、大丈夫ですか。」
鶴姫は船の後ろから経好のもとに走り寄って抱きついた。
「大蛇はどうなっている。」
家来が報告した。
「頭の先に砲弾があたり弱っておりましたが、完全には退治できず浮島の方に向って逃げていくのが見えました。」
鶴姫は無言で経好に抱きつき、家来の目も気にせずキスをした。
やがて口吸いを堪能した経好は、家来たちに言った。
「鶴姫の不思議な力に救われた。前の大内勢から逃れたのと同じ風や雷を味方につけているようだった。皆の者鶴姫に感謝せよ。」
おおっという家来の声に経好は高らかに宣言した。
「このまま浮島に進み上陸する。」
空と海はすっかり晴天になり、経好の船は浮島の南の湊に着いた。