その平民の少女、実は…
ここ最近、エディンバラ王国の王太子アーカスが婚約者がいるにも関わらず、平民と浮気をしていると噂されている。事実として、アーカスが平民らしき少女と逢瀬しているところやキスまでしているところも度々目撃されている。
エディンバラ王国の王立学園にて現在卒業パーティーが行われていた。特に今年は特別な年のようで、近いうちに国王になると言われている王太子アーカスとその婚約者アリスティア・ルーデンベルク公爵令嬢が卒業する年だ。
そしてこのパーティーには卒業生はもちろん卒業生の家の当主なども列席しており、王国の政治的にも重要な場となる。今回のパーティーはアーカスの父である国王も列席している。
だが卒業パーティーは異常だった。
王太子であるアーカスは王国の貴族ではない例の少女を侍らせているのだ。少女の身長は低めで可愛らしい。アリスティアと行動を共にせず、それどころかアーカスは終始少女と優雅に社交ダンスや会話を楽しんでいた。
しばらくしてから、アーカスと少女はアリスティアの前に立ちはだかった。
「アリスティア・ルーデンベルク嬢、貴殿との婚約を破棄させてもらう!!」
エディンバラ王国の王太子であるアーカスは高らかに宣言した。
当然会場は騒然とする。そんな中、アリスティアは顔色一つ変えずアーカス達に相対する。
「王太子殿下、理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「理由は明白だろう?留学生のリリアに対して嫌がらせをしていたそうではないか。そんな人間は王妃に相応しくない」
リリアという少女にアリスティアが嫌がらせをしていたようだ。
「そうですよ!あなたは王妃にふさわしくありません!」
リリアが少々あざとい感じでアリスティアを糾弾する。
「お言葉ですが、私はリリア様に対して身分の違いを説いただけなのですが」
アリスティアは冷静に反論した。
「でも平民のくせにアーカスに近づくなとか話しかけるなとか言われました!」
リリアも対抗してアリスティアを追及する。
「そんな失礼なことを何回も繰り返していたようではないか。それだけでも十分嫌がらせに値するぞ」
「平民が気軽に王族と話をしてはいけないと言ったのです。リリア様は身分の違いを理解していないようでしたので」
「ひどい!わたしは皆と仲良くしたいだけなのに・・・」
リリアは健気で悲しそうな顔をする。
だが、この話の流れだと理があるのはアリスティアの側だ。
この場所でのリリアは図々しく見えることだろう。
余裕が出てきたのかアリスティアは軽く嘲笑するようにリリアを非難した。
「弁えなさい?王太子殿下は王族。決して平民が隣に居ていい場所では無いことを理解しなさい?」
その反応にアーカスは怒り心頭に発するのであった。
「うるさい!だいたいリリアは―――」
「その通りだ、アリスティア嬢」
「父上?」
アーカスの言葉は割り込みにより遮られた。割り込んだのはアーカスの父親であるエディンバラ国王である。
「アーカス、これはどういうことだ?」
アーカスは少し落ち着きを取り戻し、国王に説明する。
「聞いてください父上!今アリスティアの罪を白日の下に晒しているところで―――」
「晒しているのはお前の恥だ!!」
アーカスの発言はまた遮られた。国王は相当怒っているようだ。
「大体そこの女は誰だ!?余は愛人など認めておらんぞ!」
リリアは睨みつける国王に怯まずカーテシーをして向き直る。
「ご無沙汰しております!リリアと申します!お義父様、アーカス様との結婚をどうか認めていただけないでしょうか?」
「ち、父上!お願いします!」
リリアが国王に頭を下げるのを見てアーカスも慌てて頭を下げる。
二人には見えていないが国王は腸が煮えくり返るほどの怒りの表情から段々諦めの表情に変わっていった。
「わかったよ………」
落ち着いた声色での発言に二人に期待と喜びをにじませた表情で顔を上げる。その期待は一瞬で裏切られるのだが。
「廃嫡する」
「「へ??」」
アーカスとリリア二人共間抜けな声を出して聞き返した。
そうすると国王は怒鳴り声で
「廃嫡すると言ったんだ!!アーカス、下野して結婚でもなんでも勝手にしろ!!」
「そんな!」
アーカスは何かを喚くがもう相手にしなかった。
話にある程度決着が着いたのでアリスティアが国王に話しかけた。
「国王陛下、賠償金を後で請求させていただきますね」
賠償金を請求すると聞いたアーカスがアリスティアに楯突く。
「王家が賠償金を払うわけ無いだろう!何故払わなければならないんだ!」
「浮気をしたのはそちらでしょう?浮気をして婚約という契約を違ったのだから賠償金を請求するのは当然でしょう?」
「ふざけるな!公爵家に払う賠償金などあるわけ無いだろう!」
「いい加減にしろ!!アーカス!」
賠償金など払わないと言い張るアーカスに国王が叱咤した。
「ですが父上、公爵家に賠償金を払う必要なんて―――」
「うるさい!!衛兵!こいつらをつまみ出せ!!」
未だ喚き続けるアーカスに痺れを切らした国王は会場から追い出すことにした。
アーカスとリリアは衛兵に強制退場させられることになった。
婚約破棄騒動はこれにて終了だ。
会場はどよめいている。特に今までアーカスにゴマすりをしていた貴族達は青い顔をして慌てていた。王太子が失脚したのだ、貴族の勢力図は大きく変わるかもしれない。
アーカスとリリアが追い出されて多少時間が経ってほとぼりが冷めてきた頃
突然ホールのドアが勢いよく開け放たれ、武装した人間が入ってきた。
入ってきたのは王国の警察組織である司法省の実働部隊だ。
入って早々にとんでもないことを口にする。
「ルーデンベルク公爵!あなたに逮捕状が出ている!」
「「!!??」」
会場は騒然とした。アリスティアの父親であるルーデンベルク公爵に逮捕状が出ているというのだ。
誰も状況を飲み込めないまま、ルーデンベルク公爵が連行される。
「アリスティア嬢、あなたも同行をお願いします」
そしてその場にいたアリスティアを含めたルーデンベルク家の人間も次々と連行されていった。
二度も起こった大事件でパーティーどころでは無くなり、パーティーは途中でお開きとなったのだった。
後に逮捕の経緯を綴った報告書を読んだ国王は事件の発端となった情報提供者の欄を見て驚愕した。
『情報提供者:アーカス元王太子』
国王はアーカスを追い出した後になってようやく、アーカスに翻弄されていたことを悟った。
―――――――――――――――――――――――――――
事の始まりは卒業パーティーの1ヶ月ほど前
アーカスは学園の食堂で昼食をとって教室に戻って来たところ、自身の机の中に手紙が入っていた。
内容は放課後に空き教室に来てほしい旨とリリアの名前が書いてあった。二人は同じクラスではあるが、このとき接点はまだ無く、アーカスの浮気の噂は流れていない。
空き教室とその周りの廊下には他に人はおらず、密談をするには丁度良い場所だ。
アーカスも早めに空き教室に向かったが、既にリリアは来ていた。
「待たせてすまない、リリア嬢」
「さほど待ってないので大丈夫ですよ」
「早速だがリリア嬢、何用だ?」
待たせた事を謝罪して早速本題に入る。
「帝国の宰相の使いとして文書を持って来ました」
「……!!」
帝国というのは王国の隣国であり、現状は関係が比較的良好である。
突然出てきた帝国の宰相という言葉にアーカスは驚きつつも、リリアは留学生という話を思い出したことで一つの事実を導き出した。
「帝国の宰相……ということは名前が同じだと思っていましたが、貴方は宰相殿の娘でしたか」
リリアは微笑みながら頷く。
「隠してるつもりはないんですけどね。聞かれてないから言ってないだけで。そもそも私が留学生だということを知ってる人も多くないかと」
リリアが留学しているということを知っているのはよく話をしている平民の友達か平民の情報ですら網羅しているような物好きの貴族くらいだ。後者のアーカスでさえ、リリアが宰相の娘である事実を知らなかったし気づかなかった。
「そして僕に文書を持ってきたと?」
「はい、とりあえずこちらを読んでください」
文書の内容は帝国の巨大犯罪組織とルーデンベルク公爵家との繋がりを告発する文書のようだ。公爵家が犯罪組織に資金を提供しているようで、それを示す証拠もあった。
アーカスもこれを読んでいくうちに顔をしかめ、果てには頭を抱えることとなる。
「嘘だろ、ルーデンベルク公爵が…参ったな、信じられない」
「ここに無い証拠がまだありますよ?本国は公爵を確実にクロだと見ていますね」
ルーデンベルク公爵が帝国の犯罪組織に資金を流しているとなれば重大な外交問題となる。
「それで、正式な外交ルートでこれを送らなかった理由は?」
本来であればこれは国の公使がやりとりすべきで、国王や外交を担当する人間に直接届けるべき文書のはずだ。アーカスは一部の公務を引き受けてるとはいえ、王太子が受け取るべきものでは無い。
「本国は確実にルーデンベルク公爵家を潰したがっているみたいです。国王がこの文書を受け取っても公爵と国王の蜜月の仲から問題を隠蔽して終わりにするかもしれませんよね?」
「確かに次の王妃はアリスティア・ルーデンベルク公爵令嬢だからな。十分その可能性はある」
「もし、王国が事実を隠蔽して公爵家を維持する動きをするなら、本国はこれを看過しません。場合によっては開戦事由となりえます」
この騒動において、外交的には公爵家が組織的に帝国の治安を悪化させたという見方ができる。もし、王国が公爵家を擁護するならこの騒動を"国家ぐるみ"と見なすことができる。
そうなれば開戦事由としては十分。
帝国は確実に公爵家を摘発してほしいようだ。戦争というカードをチラつかせるほどに。
「なるほど、ではなぜ僕にこれを?僕なら帝国の要求を呑むとでも?」
「ええ、だって貴方、あの公爵令嬢のこと嫌いでしょう?ストイックなあの娘と生涯付き合うことになって辟易しているのでは?」
アーカスは目を見開いて驚いた。まさにその通りなのだから。
国王になるとはいえ、プライベートくらいはゆるく過ごしたいアーカスは、休日も勉強や各種レッスンをこなすストイックなアリスティアは反りが合わず、苦手だ。
学園でも不仲を悟られないようにお互いそれなりに話をしていたが、リリアは不仲を見透かした上にアーカスの心理まで分かっていたようだ。
宰相の娘は他人の心を見透かせる中々の切れ者のようだ。
「仲睦まじく見えてはいないのは自覚しているがそこまで見ぬかれているとは…。宰相の娘は侮れないな」
「ふふっ、お褒めいただきありがとうございます♪」
リリアの緩い口調や可愛らしい見た目とは対照的に威圧感を感じるようになった。彼女の交渉に対する実力や技量の表れだろうか。
アーカスはいくらか迷った後、ルーデンベルク家の摘発に協力することにした。
「わかった、貴国の要求を呑むとしよう」
「ありがとうございます♪アーカス様」
「ただしリリア嬢、貴方にも手伝ってもらうぞ」
「私にできることであればいいですよ〜」
アーカスはニヤリと笑った。
「…?」
対してアーカスの反応にただ疑問符を浮かべるリリア。
それから、卒業パーティーにかけてアーカスとリリアの逢引やキスの現場を目撃されるようになった。
――それが仕組まれれたものだと知らずに。
―――――――――――――――――――――――――――
婚約破棄のあとの話
「だから公爵家に払う賠償金は無いと言ったんだがなぁ…」
「今頃ルーデンベルク家無くなってるでしょうからね〜」
アーカスとリリアは会場から追い出された後、王都をすぐに離れ、そのまま隣国である帝国の国境に向かって馬車に乗った。途中、夜になったので宿を取り、アーカスとリリアは付近の酒場で二人で食事中というところだ。
「婚約破棄が無事に成功してよかったですねぇ」
「司法省もタイミングよく来たようで良かった。あらかじめ話を通しておいて正解だったな」
二人とも酒こそ飲んでいないものの、テンションは高めである。
「卒業式のわたし、どうでした?無知で常識の無い少女っぽく見えました?」
「確かに世間知らずな少女に見えたが………リリア、父上にお義父様と言ったのは流石に戦慄したぞ」
結婚を承認していない国王を勝手にお義父様と呼ぶのはあまりに不敬である。元から怒らせる気ではあったものの、流石のアーカスもアレには引いたようだ。
「早く終わらせられるかなと思いまして」
「確かに早々に終わったがあれは心臓に悪い。勘弁してくれ」
笑うリリアに対し苦笑いのアーカス。
「最初はびっくりしましたよ?まさか卒業式まで恋人のフリをしろと言われるだなんて」
「時間が無かったんだ。婚約を解消するために父上と交渉したり、支持して貰えるよう貴族に根回しをするのは結婚に間に合わない。こんな手法しか思い浮かばなかったんだ」
「まさか衆人環視でのキスを要求されるとは思いませんでしたけどね」
「それは……婚約破棄を確実にさせるために必要だったんだ……多分」
ジト目でアーカスを見るリリア。アーカスは話題を逸らすことにした。
「そういえば予定通りだったとはいえ、アリスティアが度々失礼な言動をしてすまなかった」
アーカスは謝罪する。
「別に気にしてませんよ?"王国では"わたしは平民ですからね〜」
リリアはケラケラ笑う。
「何故誰も帝国の留学生が貴族だと気づかないんだ?」
「言ってないからでしょうかね?皆平民に興味が無いのか言う相手なんていませんでしたが」
「平民が優雅にカーテシーや社交ダンスが踊れることに疑問を覚えて欲しかったがなぁ」
「社交界ではあんなのはできて当たり前ですからね〜。当たり前のことができるということの意味をわざわざ考える人はいないんでしょう」
「それもそうか」
国王もセレスティアも気づかなかったようだが、リリアの正体は帝国の貴族だ。それも政治の実権を握る宰相の娘。決して「お前は平民だから」とか「王族に気軽に近づくな」とか言われていい人間ではない。そんなことを言うのはあまりに無礼である。
そんなわけで婚約破棄の時にリリアに対する嫌がらせでアリスティアを非難するのは割と真っ当だったりする。
「今更ですけど、良かったんですか?王族じゃ無くなっちゃいましたけど」
「逆にそのくらいの損害で済んだと考えるべきだな。結婚してからあれが発覚したら大惨事だ。王国自体の存続にも関わる。ダメージコントロールができたと考えれば僥倖だろう」
「それもそっか」
そもそもこの婚約破棄とルーデンベルク公爵の逮捕の騒動はアーカスとリリアの仕組んだものだった。
婚約破棄騒動によって王家とルーデンベルク公爵家の関係を悪化させておくことで、公爵家が摘発された際の王家へのダメージを軽減させることを図ったのだった。
ただ、王国内でも大きな力を持つ公爵家が無くなるのは大きな混乱を巻き起こすことに変わりはないのだが。
「リリアは帝国に戻るのか?」
「もちろん戻りますよ。きっと父の後を継ぐことになるでしょうし」
「そうか、じゃあ平民となった僕はどうしようかな?資産はあるし、帝国でスローライフでもするか?」
「アーカス、何言ってるんですか?貴方はわたしと結婚するんですよ?」
「えっ、何故?」
真顔だったリリアは突然涙目(演技)になって叫んだ。
「ひどい!結婚してくれるって言ってたのに!」
「なっ!?」
なお、事実である。
「あんなに好きだって言ってくれたのに…」
「違う!あれは元々演技のはず」
演技ではあるが学園でイチャついていたし、事実である。
「キスだってしたのに!」
「だから演技だろ!?」
繰り返すがこれも事実である。なんだったらこの段階までくるとリリアもノリノリだったのだが。
「演技だとしても乙女のファーストキスを奪った責任を取ってもらいますよ!」
「えぇ……」
なし崩し的に結婚させられた(本人はそこまで嫌じゃない)アーカスは政治に関わることのない平民に落ちたと思いきや政治の中枢である貴族に戻っていくことになった。
今まで培われたアーカスの政治の手腕は帝国で遺憾なく発揮され、帝国の皇帝やリリアの父である宰相から高い評価を得ることになる。そして父親の跡を継ぎ女宰相となったリリアを生涯補佐したのであった。