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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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子供達の決断 2




「どっちにしろ助けてもらうしかないでしょうが! ここに居たって良い方になんて行きっこないんだ! そうでしょ!?」


 口火を切ったのは、あたしだ。

 けれどみんな同意するわけでもなく俯いている。

 そしてしばらくの沈黙の後に返ってきたのは、エルマーの反論だった。


「……わからない。命だけは助かると思う」

「なんでそんなことが言えるのさ」

「殺すなり何なりするなら、こんなに面倒なんて見てもらえてないさ。もっと扱いが悪い場所に閉じ込められてるはずだ」

「そりゃ殺されたりはしないだろうけどね! どっかの誰かに売り渡されて死ぬよりもひどい目にあうのかも知れないよ!」

「その可能性もあるね」


 エルマーがやれやれと肩をすくめ、憎らしいほどきめ細やかな前髪をいじり始めた。

 話し合いには結論が付かなかった。

 それも当然だ、誰のどんな話にも確たる証拠なんて一つもなかったんだから。

 だから、あたしは話に混ざらなかった残り二人の顔を見た。

 ヨーゼフはまだおろおろしている。

 そしてエリーゼは、絶望に染まりきった顔をしていた。


「や、やだ……。ナルおじさんを待ちたい」

「なんでよ!」

「だ、だって……約束してくれたもん! 次戻ってきたとき、魔術教えてくれるって……!」

「あいつ全然しゃべらないじゃないか!」

「でも頷いてくれたもん!」

「家族だっているでしょうが! あのおっさんじゃなくて、ちゃんと血の繋がった家族が!」

「ヤなものはヤなの! ローニャちゃんにはわからないもん!」


 エリーゼの叫びにとっさに反論できず、あたしたちは黙ってしまった。だがその一方で、これだけ騒げば外に響くはずだとも気付いた。きっと外にいる人間はこじ開けて中に入ってくる。


「おまえたちの声はこっちには聞こえない! だが、こっちの声はお前らに届いているはずだ!」


 そう思っていたが、あのおっさんはもっと用意周到だったようだ。

 だが、それでも向こうの人間はこの家の中にあたしたちが居ることに確信を持っている。


「鎖で入り口の扉が塞がれてるはずだ! 非常用のロックの解除はそっち側からしかできない!」

「え……?」

「魔術で建物ごとぶっ壊すなら扉も破壊できるかもしれないが、そんなことをしたらお前らも巻き添えになる。やり方を教えるからそっちでやってくれ。頼むぞ」


 ロックの解除?

 そんなことは初耳だ。あたしはもちろん、他の三人も驚いた顔をしていた。

 全員に緊張が走り、じっと扉の向こう側からの声に耳を澄ませた。


「鎖の中に一つだけ、豆粒くらいの大きさの宝玉が埋め込まれているものがあるはずだ」


 あたしは弾かれたように扉の前に来た。

 目を皿のようにして探す。あった。右から三番目の鎖の裏側に確かにある。


「それを指で軽く抑えろ。十秒くらい立つと緑色の矢印が浮かぶはずだ」


 言われた通り、指の腹で抑える。

 すると、今まで赤い色をしていた宝石に緑色の輝きが走った。


「変わった……!」

「そうしたら、今から言う順番でなぞれ。矢印の向きがなぞる方向に合わせて動く。最初は……」


 あたしはその声に言われるがまま、指で宝玉をなぞろうとする。

 そのとき、突然思いもよらない方向から押しのけられた。


「いたっ!? ちょ、ちょっとエリーゼ! 何するのよ!」

「やだよ! ナルおじさんが来るまで待とうよ……!」

「あんた馬鹿じゃないの!? ……あっ」


 気付けば、緑色に光った宝石はすぐに輝きを失った。

 失敗した? それとも間違ってた?


「緑色に変わったらすぐにやるんだ。押す回数や手順を間違えると元の赤い色に戻るが、三回間違えると不正防止機能が動いて非常用のロック解除ができなくなる。慎重にやれ」


 まだ助かる、という思いと、あと二回しか無い、という思いが交錯する。

 あたしは立ち上がってきっとエリーゼを睨むが、エリーゼもまた憎しみの目で睨み返してきた。


「……いやだ」

「あたしまだ何も言ってない」

「ナルおじさんを待つもん」

「……エリーゼ、あのね。あの人は、悪い人なんだよ」

「そんなの知ってるもん! でも、悪者でも、頭なでてくれたもん! 本もくれたもん!」


 ああ、この子は、わかっているのだ。

 ただそれでも縋りたいのだ。自分を何処かに連れて行ってくれる人に。


「……なあエリーゼ。ローニャは別に、あのおっさんを嫌いになれとか、裏切れとか、そういうことを言ってるわけじゃないんだ」


 そこに、エルマーが割って入ってきた。

 邪魔をするなと一瞬頭に血が上ったが、それでもこいつなら説得してくれるんじゃないかという期待を抱いてしまう。


「……違うの?」

「だって、ここで鍵を開けたことで怒る人だと思うか?」

「怒んないけど……諦めはすると思う。それがやだ」

「ありゃ」


 どうしよう、という目でエルマーがこちらを見る。

 ええい、肝心なときに役に立たない。

 考えろ、考えろ……そもそも今はどういう状況なんだ。

 誰かがこの家の扉の前に居て、ここを開けようとしている。

 そいつは扉を開ける方法を知っている。


「そういえば……なんで鎖の解錠方法を知ってるの?」


 あたしがぽつりと呟くと、エリーゼとエルマーの表情が変わった。


「この手の鎖は多分、自分でロック解除の方法を設定するタイプだと思う。それを知ってるってことは2つに1つだな。あの人の仲間か、あるいは……」


 あの人の敵の可能性。

 無理矢理聞き出すような真似をした。

 あたしと同じくその可能性に気付いたエリーゼは、ますます泣き出しそうな顔をする。


「エリーゼ」

「ひっ」

「……外、出よう。何がどうなったのか、ここを開けないとわかんないよ。多分あのおっさんは、どうにかなっちまったんだ」

「で、でも……」

「外に出ることが良いことかどうかはわかんないよ。でも、このままここに居たって駄目なんだ。そりゃわかるだろう」


 だがそれでもエリーゼは、動こうとしなかった。

 鎖に抱きつき、誰にも触れさせないように亀のように固まっている。

 どうしよう。

 このまま時間を浪費して良いのか。

 エリーゼをこのままにして良いのか。

 わからない、わからない。


「み……みんなで、エリーゼを守れば良いんじゃないかな」

「え?」


 そのとき声を上げたのは、意外にも一番うろたえていたヨーゼフだった。


「怖かったんだろ」

「……」

「一番最初にここに来て、次に来た子は死んじゃって……あのおじさんと二人きりのときもあったし。あのおじさんが味方だって思わなきゃ、やってられなかったんだろ」

「……う、うう」

「別にあのおじさんのことの好き嫌いはさておいて、かなり危ういことをやってるのは本当だし。僕達がここを出ていくからって恨まれる謂われはないよ。ここを出ていくのだって、今扉の前にいる人がいるからで、エリーゼのせいじゃないじゃん」

「……うっ……ああっ……」


 エリーゼが、滂沱の涙を流した。

 手で押さえ、だがそれでもとめどなく溢れてくる。

 そうか。

 今まで、恐怖を抑えていたんだ。

 平気な顔をして。

 誰かに愛されて、守られているのだと思おうとして。

 あたしだって、エルマーやヨーゼフだって、そういう意味じゃ同じだ。

 怒ったり、遊んだりして、気を紛らわせるしかなかった。


「あんた……なんで、エリーゼのこと、わかったの?」

「え?」


 あたしの問いかけに、ヨーゼフは逆に驚いた顔を見せた。


「いや、あの、わかんない方がわかんないんだけど……。むしろエルマーもローニャが落ち着きすぎてて怖いっていうか……」


 その意外な言葉に、あたしとエルマーが目を合わせる。

 そして、どちらともなく笑い出した。


「何言ってんのよ、ヨーゼフは」

「まったく、大した奴だよ!」

「え、ええ……?」


 だが、ひとしきり笑ったあたりでようやく気持ちの整理が付いてきた。


「エリーゼ。ヤバいと思ったら逃げな。おっさんに助けてもらうとか、どっかの騎士団とか冒険者ギルドとかの人を頼るとか、とにかくできることはなんでもするんだよ」

「え、ええ……?」

「あたしかエルマーが大声出すから。そうしたら全員一斉に逃げる。使えるものは何でも使う。それで良いね? もし誰かが捕まって誰かが助かった……ってなっても恨みっこなしだよ」

「ま、そんな心配ないのが一番だけどね」

「あんたね、こういうときにラッキーを期待しないでよね……」


 恨みのこもった視線を向けるが、エルマーはへらへらと笑っているだけだ。

 だがそれも、考えようによっては頼りになるのかも知れない。


「……わ、わかった。わたしもそうする」


 そして、エリーゼがおっかなびっくりに頷いた。


「良いんだね?」

「……うん。わたし、危なくなったら逃げるからね。みんなも、一緒に逃げるんだよね?」

「当たり前さ」


 あたしが頷く横で、エルマーが台所に置かれたナイフやフォーク、食事に使った調味料などを懐に入れている。抜け目ない奴だ。学校で知り合ってたら絶対に嫌いになってた。


「んじゃ、一応作戦らしい物を立てて、それから出発しようか」


 エルマーの声に、全員が頷いた。







「なんだったんだいきなり」

「さあ? どうだかね」


 突然、扉がばたんと開いたと思った瞬間、突然子供たちがわっと散らばって逃げ始めた。

 が、それは分身したキズナと受付の鹿人の女によってあっという間に捉えられた。


「あんた……本当に冒険者?」


 目付きの悪い少女がニックを睨む。


「でなけりゃ何だってんだ」

「いや……だって、目つき悪いし……女の人もなんか怖いし……」

「目つき悪いは余計だが……」


 ニックが鹿人の女をちらりと見る。彼女は男の子の二人の首根っこを押えていた。子供とは言え二人も持ち上げながら平気な顔をしている。


「なんだい?」

「いや……その、あんた強くないか?」

「冒険者のバカどもを殴れるくらい強くなきゃ職員なんて務まんないだろ」


 はぁ、と鹿人の女がため息をつく。


「ともかくあんたたちはギルドに連れてくよ。親にも連絡する。良いね?」

「あっ……あの!」


 キズナに捕まった四人目の女の子が、切実な面持ちで声を上げた。


「なんだい?」

「な、ナルおじさんは……どうしたの……?」

「あいつは……」


 ニックは、どう答えるべきか迷った。

 監禁されていたにしては元気だが、逃げ出そうとしたり突飛な行動に出るあたり、情緒が安定しているとは思えない。だがここで、言葉を濁して良いことではない。そんな気がした。


「……死んだ」

「こ……殺したの?」

「誘拐の犯人として捕まえようとはした。だが殺したのはまた別の人間だ」


 大人しそうな女の子が瞳を潤ませる。

 そして口元を押さえ、静かに嗚咽し始めた。

 他の子供達はどこか虚脱したような顔をしつつも、女の子を慰める。


「……エリーゼ」

「うん……ローニャちゃん……」

「もう、終わったんだよ。あたしらは家に帰るべきなんだ」


 その子供の声が、すべての事件の終わりを告げていた。




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