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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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子供達の決断 1

いつも感想や誤字報告ありがとうございます。

※7/30 10時 けっこう誤字多かったので手直ししました。




「ねえねえ、ローニャちゃん」

「なに」

「……わたしがここに来て、何日くらい経ったっけ」


 ベッドの上でごろごろしているエリーゼが、突然そんなことを呟いた。

 だが私は、その呟きの答えなど知らない。


「あたしが拉致られてきたときに、もうエリーゼはここに居たじゃないのさ。エリーゼ以外知るわけないでしょうに」

「えっとねぇ……三日くらい経ったらローニャちゃんが来たよ?」

「それなら……あんたは二十日ってところだね。あたしは十七日。エルマーとヨーゼフが十五日ってところか」

「ローニャちゃんすごーい」


 そのとぼけた賛辞に、あたしは喜びよりも苛立ちを感じた。


「すごいじゃないわよ! いつまでもこんなところ居られないでしょーが!」

「なんで?」

「なんでって……」

「ご飯も美味しいし、習い事しなくて良いし、本読んでも何も言われないし……別にここでも良いなぁ」

「あのねぇ、エリーゼ……」


 ああもう、なんて世間知らずなんだろうこの子は。

 悪い子じゃないんだが、いまひとつ危機感というものがない。

 あたしら四人は今、誘拐されているというのに。


 あたしたちがいる家はそれなりに綺麗だ。おそらく迷宮都市の東部のどこか。木造三階建ての、商人あたりが住むようなお屋敷。貴族向けというほど豪勢な作りじゃあないけど、それなりに面積は広く居心地は良い。ただあたしたちは、外に出ることは許されていない。


 窓は雨戸によって閉ざされ、釘が打ち付けられている。正門は何か魔術の仕掛けのついた鎖で封じられている。おそらくただ閉じ込められてるだけではない。多分だけど、外に出た瞬間に、あのおっさんに知らせや合図が行くようなものがあるのだと思う。


「それに、ナルおじさん怖くないもん」

「あのねぇ……怖い顔を見せてこないっていうのと、本当に怖いかは別なんだよ。肉にする予定の牛ってのはよしよしって撫でられてるもんさ」

「わたしたち食べられちゃうの?」

「さあね」


 あやしげな貴族に売りつけられるのが順当と言ったところだろう。最悪はモグリの魔術師に売られることだ。薬を飲まされたり実験台にされたり、命の保証というものがない。だが、キャベツ畑のコウノトリを信じていそうな箱入り娘にそんな浮世の辛さを教えたところでどうにもならない。現実を受け入れられずに泣きわめくような、そんな厄介事が増えるだけだ。以前聞いた話では十二歳くらいだったはずだが、まだ十歳未満にさえ感じる。


「ともかく、逃げるチャンスを見つけなきゃダメだよ」

「でも……」

「なにさ」

「マーサちゃんみたいになったら、どうするの」

「あれは……」


 マーサ。

 それがここの一番の古株だった。

 今はもう居ない。


「あれは、事故だよ。そうそう起きることじゃない」

「でも……」


 あの子はあたしと同い年で、そして攫われてここに入れられる前からの友達だった。とても綺麗な顔立ちの子で、ゆくゆくはどこぞの商家の旦那に見初められて玉の輿になるだろうと言われていたが、何故かとんでもなく手癖が悪かった。


 ちゃんと父親も母親も居る子なのに、悪い友達からスリのやり方を教わると、どんなものだって盗んでみせた。懐に入れた財布や鍵だけじゃない、指に嵌めていた指輪すら盗むことができた。そこそこ真面目に生きていけば普通に大人になって幸せに暮らせただろうに。あの子には才能があって、それが仇になった。あのおっさんの懐から、ある小瓶を盗んだのだ。本当は鎖の鍵であるとか、閉ざされた家屋から抜け出す方法であるとか、そういうものを盗み出そうと目論んだはずだったのに。


 あの子は、小瓶を開けた。その中には血で濡れたガーゼが入っていた。まだ乾ききっていなかったそれを、あの子は素手で触った。すぐに汚いと思って払いのけて、手に付いた血を濡れた布巾で拭った。そのあと多分あの子は、爪を囓ったはずだ。そういう癖があった。


 よく覚えている。あのおっさんが、目の色を変えてあたしたちに事情を聞き出したのだから。咳き込み始めたあの子を、おっさんはどこかへ連れて行った。何が起きたのか、何となくわかった。あの小瓶に入っていたのは多分、病人の血だ。危険な病気が感染したんだ。


「……どっちにしろ、ここに居続けたらどうなるかわかんないんだよ」

「でも、どうしようもないよ。だったら慣れた方が良いってば。マーサちゃんみたいにならないように、静かにしてようよ」


 エリーゼはベッドで寝そべりながら本を読んでいた。おっさんが暇つぶしのために置いていったものだ。子供向けの絵本もあれば、魔術の教本もあった。エリーゼはそれに夢中になった。


 親が厳しいらしく、花嫁修業は厳しく躾けられているそうだが勉学などはあまりやらせてもらえないらしい。初等学校を卒業した後はどこぞの男爵家の行儀見習兼メイドをする予定らしいが、おそらくはそれが不満なのだろう。そうでなければずっと魔術の教本とにらめっこなどできっこない。


「……もう良いわ」


 エリーゼはあのおっさんのことをまるで警戒していない。そして他の二人は最初こそ脱走するべく色々と画策していたようだが、すべて失敗して諦めてしまった。今はもう脱走などそっちのけで与えられた盤上遊戯に夢中になっている。頼りにならない。


「腹減ったな、パンでも食おうぜ」

「そうだな」


 他の二人……エルマーとヨーゼフがだらしないあくびをしながら台所に向かっていく。


「ちょっとあんたたち、また食べすぎないでよね」

「んだよ、別に良いだろ。これくらいしかやることないんだから」

「だいたい、あのおっさんは気にせず補充するじゃねえか。お前こそ、こっそり食べたふりして隠し持つのやめろよ」

「ったくもう……」


 どいつもこいつものんきすぎて嫌になる。

 どうなっちゃうんだろう。

 あの二人だって心配する親くらい居るだろうに。


「ずっとここに居るつもりならご自由に!」

「そりゃ出たいけど無理無理。あのおっさんヤバいぜ。変に逆らわないほうが賢い」

「そうなのか?」


 エルマーの言葉に、ヨーゼフが驚いた声を出した。

 エルマーはあたしたちとさほど年齢は変わらないが、利発的な子だ。エリーゼと同い年とはとても思えなかった。ヨーゼフはよくわからない。エルマーと出会ったその日から親しくなり、弟分のように振る舞っている。ヨーゼフの方が遥かに図体がでかいので、まるで主人を慕う牧羊犬のような有様だ。エルマーも悪い気分はしないらしく、色々とヨーゼフの面倒を見てやっていた。微笑ましい。拉致監禁されているという現場でなければあたしだって見守ってた。


「はぁ……」


 こんなところにずっと居たら、家族と再会できるかどうかだって怪しいのに。

 でも実際、どうにもならないという気持ちもわからなくはない。

 何かしたいという気持ちとどうにもならないという気持ちの間でぐるぐる回っている。

 まるで自分の尻尾を追いかける子犬のように。


「おい! 誰か居るか!」


 そんなとき、突然そんな声が外から響いた。

 全員が固まった。

 三週間ぶりに聞いた、ナルガーヴァのおっさん以外の大人の声だ。


「いっ、いま……もがっ」

「待て待て! いきなり返事するな……!」


 あたしの口をエルマーが抑えた。

 見ればエリーゼもあたしを動かさまいと固定している。

 ヨーゼフはどうしたら良いものかと戸惑っておろおろしている。


「俺たちを助けに来たとは限らないんだぞ……。ナルガーヴァのおっさんがやってることはマトモじゃない。裏稼業の人間の抗争に巻き込まれたってこともありえるんだ」

「えっ……」

「誘拐なんてのは大体、身代金目的か奴隷商に売っぱらうかのどちらかだ。でも全員、そこまで貧乏じゃないが貴族様は一人も居ない。身代金が目的じゃない。だから奴隷にして売るつもりなんだと思う」

「そ、それと、今来てる誰かと、どういう関係があるのさ……」

「こんなところ探し出せるなんてまともじゃない。隠蔽されてるんだ。今までどんなに騒いだって周囲に気付かれもしなかっただろう」

「じゃあどうするのさ! やり過ごすっていうの!?」

「……それを、これから決めよう。みんなどうする?」


 エルマーの呟きに、全員が予感した。

 今が、決断のときなのだと。



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