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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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戦いの後始末



 その爆音は、遠く遠く鳴り響いた。


「お、おい、一体何事だ……? 魔物の暴走とか戦争とかじゃあるまいな?」

「向こうの工場の方だぞ。ほら、社長が夜逃げしたところの」

「てっきり、社長が戻ってきてまた痴話喧嘩が始まったのかと」

「バカ、そんな規模じゃねえだろうが!」

「魔術師が実験でもしてたんじゃねえのか?」


 星々の僅かな光しか見えない夜道にぽつりぽつりと明かりが灯り、その明かりは廃工場へと集まっていく。周囲の住民が様子を確かめるために動き始めた。


「……こ、こりゃひでえな」

「ほとんど崩れてるじゃねえか」


 住民たちが目の当たりにした廃工場は、凄惨の一言だった。壁は崩れ落ち、天井も穴だらけだ。隣り合った建物にも破片が飛散して小さな穴を開けているようだが、幸いにも怪我人の悲鳴などは飛びかっていない。このあたりは洗濯工場と似たような作りの倉庫や工房が立ち並んでいるため、夜の人の出入りは少ないためだろう。轟音を聞きつけた人間も、少し離れた住宅街から来た者たちが多いようだ。


「おーい! まだボヤがあるぞ!」

「水、水あるかー! 土もだ! とにかく魔術使えるやつ!」

「神官呼んでこい! 怪我人が居るかもしれねえぞ!」

「ここ、経営者が逃げちまったんだろ。誰が金払うんだよ」

「ギルドじゃねえのか」

「良いからさっさと連れて来い!」


 集まった人間たちは廃工場以外に被害が少ないことに安堵しつつも、破壊の規模が思った以上に酷いことを見て顔を青くした。今にも建物の柱が倒れかねない。弱りきった建物が風に吹かれてぎしぎしと嫌な音を立てている。そこに、一人の男があえて足を踏み入れた。


「ちょっと会長! ヤバいですよ!」

「仕方ないじゃろう、今年は儂が消防の責任者なんじゃから……。くそ、商人ギルドなんぞ入らなけりゃよかった。お飾りの役職だからやってくれなんて話、真に受けるんじゃなかったわい」


 中年のでっぷりとした男だ。

 服は寝間着のままで素足にサンダル履きだ。しかし何故か律儀に兜だけは被っている。

 着られるものだけを着てとにかく駆けつけてきた様子だ。

 どうやら身分ある人間らしく、部下が必死に止めている。


「プロを待ちましょうよ、騎士団とか!」

「あいつらなど頼れるわけがなかろう! 人がいるか確認するだけじゃ! おーい! 誰か居るのかー!」


 すると男の声に反応するように、がたりという音が響いた。

 見れば、中に鉄の桶で身を守っていたらしき集団が居た。


「いる! いるぞ……! 一人死にかかってる! 助けてくれ!」


 どれも見たところ若い冒険者で、全員が満身創痍だ。

 これは面倒そうなトラブルだという予感を感じつつも、男は声を張り上げた。


「早く逃げろ! 危ないぞ! おーい! 魔術師と神官はまだか! 怪我人がいるぞ!」


 男の声によって、その背後に居た人間たちが慌ただしく動き始めた。

 風魔術を使って凪の状態を発生させたり、土の魔術師が土塁を作ったりと慌ただしく状況が動き始めた。


「ぐっ……」


 そこで声を上げた若い冒険者――ニックは、ようやく安堵の息を吐いた。

 救助しようとしている人たちを見て、これまで張り詰めていた緊張の糸が切れてしまった。


「待ってろ、今助けるぞ……!」


 その慌ただしい声を聞きながら、ニックの意識は再び遠のいていった。







「あら、起きた?」

「ここは……?」

「マンハントの医務室だよ。仕事帰りの冒険者で、そんなに怪我がひどくない奴はここに運び込むことになってるのさ。意識はハッキリしてる?」


 ニックにそう尋ねてきたのは、マンハントの受付にいる鹿人の女だった。

 書類を書きながらニックの顔を無感動に眺めている。

 蓮っ葉な態度の割には医者の真似事ができるんだな、とニックは不思議な感慨を抱いた。


「まあ……なんとかな」


 ニックは簡素なベッドから身を起こした。照明の魔道具が照らし出す白い光は、ランプよりも低い温度の輝きで部屋を冷たく染め上げている。周囲を見渡せば、ゼムとキズナが寝息を立てていた。先程までの鉄火場とはまったく異なる気配に、ニックは虚脱感や困惑さえ覚えていた。


「……ティアーナとカランは?」

「あの子らの方の怪我がひどいから、ちゃんとしたとこで治療してるよ。でも命に別状はないから安心しな」

「助かる」


 はいはいどーいたしましてと雑な返事をしながら、女は書き物をする手を止めてニックと向かい合った。


「んじゃ、説明してもらおうか。あんたらはステッピングマンを追いかけてたんだよね」


 その名前に、ニックはようやく思考が追いついた。

 確認しなければいけないこと、やらなければいけないことが一斉に脳を駆け巡る。


「ステッピングマン……そうだ! おい、ナルガーヴァはどうなった! 白仮面は!?」

「ちょ、ちょっと、落ち着きなよ! ナルガーヴァってのはあの男だね……? 白仮面ってのは知らないよ」

「ナルガーヴァがステッピングマンの正体で、子供を攫ってたんだよ! 白仮面は魔道具を貸して助けてた奴だが、口封じしてきやがった!」

「……その口封じってのは成功しちまったね。すでにここに運ばれたときは事切れてたよ」

「くそっ……!」


 ニックが悔しそうにベッドに拳を振り下ろした。

 ぼすんという間抜けな音だけが響く。


「ったく、何を焦ってるんだい。その白仮面とか言うのが襲ってくるってのかい?」

「いや、そいつも死んだ。破片やら何やらが残ってるはずだ」

「……それは後で検分するしかないね。廃工場はもうぐちゃぐちゃだよ。他には?」


 他には、と問われてニックは言葉に詰まった。

 焦りばかりが募り、まず最初に何をすべきかが頭に浮かばない。


「考えてる」

「まずは体を休めた方が良いと思うけどね……」

「そういうわけにもいかねえんだよ! そっちこそ何かねえのか!」

「何かって何さ……あ」


 女は悪態を付こうとして、ぴたりと動きを止めた。

 思い当たることがあったようだ。


「そういえばナルガーヴァって奴、こんなものを持ってたよ」

「……メモ書き?」

「ああ」


 ニックは女から紙を受け取り、しげしげと眺めた。

 そこには奇妙な線が幾つも描かれていた。

 記号なのか文字なのかさえもよくわからない。

 また、その隣には矢印のような記号が描かれていた。


「なんか地図みたいにも見えるけど、こんな地形見たこともないんだよね。そのとなりの矢印も意味わからないし」

「矢印の方は……ああ、これはわかる。魔術式の錠前の解錠手順だ」

「へえ、こんなのあるんだ?」

「魔導具でこういうのがあるんだよ。金庫とか倉庫の扉の鍵はこういうタイプが多いな……線の方はわからねえな……なんだこりゃ?」

「さあねぇ」


 女がやれやれと肩をすくめる。

 だが、ニックは落ちそうになる瞼を堪えながら思考を張り巡らせた。

 そう、見覚えがある。

 何かがニックに告げている、これは大事な物だと。


「いや……これは見たことがある……どこで見たんだったっけな」

「ちょっと、落ち着きなよ。今は冷静に話をまとめてくれなきゃ……」

「わかってる。冷静に……冷静に……」


 だがニックはしかめっ面をしたまま頭をがしがしとかく。

 女は呆れて溜め息を吐いた。


「別に今すぐ言えとは言わないよ」

「わかってるよ! でも訳がわかんねえんだから仕方ねえだろ! なんでこんなもん残したってんだ!」

「つまり、何かを伝えたいってことだろ」

「伝えたいってことってなんだよ」

「伝えられなかったことだろ。隠してたこととか」


 隠してたこと。

 ステッピングマンは何を隠していた?

 それは自分の姿や素性だ。

 だがそれは、手段に過ぎない。人を攫うという目的があるからだ。

 もっと具体的に言えば、子供の誘拐だ。


「……わかった」

「うん? 見方がわかったのかい?」

「これは、地図だ」

「こんなへんてこ道順なんて見たことないけどね」

「そうだろうな……これはステッピングマンのための地図だ。普通の道なんかじゃねえ。迷宮都市の屋根や塀の上を歩ける人間の通り道だ!」


 ニックはようやく思い出した。これは、オリヴィアが描いたステッピングマンの移動ルートに似ている。恐らく死に絶えそうな瞬間に力を振り絞って書いたのだろう、線がミミズのようにのたくっている。だが、どこを目指している地図なのか、何を目的とした地図なのか、ニックにはすぐに理解できた。漠然とした危機感が輪郭を持ち始めた。


「ナルガーヴァが口封じされたってことは……誘拐された子供だって危険だよな? このまま放置したらまずい。もしかしてそれを書き残したんじゃないか?」

「だから、ちょっと……」

「危ないのはこれだけじゃねえ。建設放棄区域の施療室やあそこに出入りしてる人間も危ない。守らなきゃまずいぞ」

「おいゼム! 起きてくれ、まだ終わってない! キズナお前も手伝え!」

「だからちょっと!」

「一刻一秒を争うんだよ! 手伝ってくれ!」


 ガラの悪い冒険者たちを叱咤している受付の女も、このときばかりはニックの気勢に押された。そして事態の深刻さにも同時に気付く。


「……ともかくマズい状況なんだね。わかった、案内しな。体は辛いだろうけど背負われてでもついてきてもらうよ」

「頼む……あ、いや、歩くくらいはできるが」

「歩いて間に合うのかい! さっさと行くよ!」


 受付の女はそう怒鳴ると、ニックの体をぐいと持ち上げた。


「わわっ!? お、おまえ、なんだよ突然!」

「背負ってくって言っただろ、案内しな!」

「そりゃわかるが、お姫様だっこはねえだろ! なんでそんな力あるんだよ!?」

「男のくせにうるさいね、鹿人は体力だけはあるのさ! で、どっちだい!」

「ま、待て……ええと、ここが工場だろ、それで教会の塀が多分ここで……。工場の北西側の住宅街だ。ここにオレと……キズナを運んでくれ。あと建設放棄区域にも人を送ってやってほしい。こっちにはゼムを連れてけば話が早い」

「わかった、行くよ!」


 そして受付の女は他の職員にニックの言葉を伝えると、驚くほどの速さで走り始めた。


「だからもっと落ち着いて……!」

「黙ってな、舌噛むよ!」




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