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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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対決ステッピングマン 5




「ふむ……ならば、この短いやり取りで何を掴んだか見てやろう」


 ナルガーヴァもまた、悠々とした足取りでニックに近づく。

 カランが飛び出そうになるのを、ニックが目で抑えた。


「ニック……」

「任せとけ」


 そしてもう一度、拳と拳が交差した。


「ぐっ……!」


 ほんの一瞬の交錯に、歴然とした差が生まれた。

 ニックは、数メートルの距離を吹っ飛ばされていた。

 【サバイバー】の仲間たちは呆然と宙を舞うニックを見つめる。


「ニックさん!」


 ゼムが慌てて駆け寄ろうとする。

 だがニックは、床に体を叩きつけられると思われた瞬間にひらりと身をひねって着地した。


「あ、あれ……?」

「大丈夫だ」


 ゼムの驚きをよそに、ニックがぱんぱんと膝についた埃を払う。これといったダメージを受けている様子はない。


「……よもや、この短時間に本当に掴んだのか」

「さて、どうだかな?」

「貴様!」


 再び、ナルガーヴァが重圧感の溢れる拳を突き出した。

 ニックはまるで子供の玩具のように吹き飛んだ。


「じゃッ!」


 更にナルガーヴァが怒濤の追撃を仕掛けた。床が割れるような力強い踏み込みをしたかと思えば、倒れたニックのところまで一瞬で距離を詰める。果実を潰すかのように無造作に踵が振り下ろされる。ニックは横に転がりながら避ける。《軽身》を使い、器用な体捌きで縦横無尽に動く。だがそれでも、ナルガーヴァの拳は追いかけてきた。再び正面から向かい合う格好となり、ナルガーヴァの正面の突きをニックは受けた。再びニックは吹き飛ばされる。


「……っと」


 そして再び猫のように身をひねって着地を成功させた。


「いや、ちょっと酔うなコレ。何回も使えるもんじゃねえや」

「この戦闘の最中でベクトルコントロールを覚えたというのか」


 ナルガーヴァの顔は驚愕に染まっていた。


「ベクトルコントロール?」

「……あるいは化剄とも言われる技術じゃ。自分の重さをコントロールして自分に襲いかかってくる力の流れと同調して防ぐ。魔術による軽さと筋肉の脱力を同時に行い、流れに身を任せれば、舞い散る枯れ葉や羽毛のように打撃のダメージを極限まで軽くできる」

「まだ完璧にはできてないがな」

「だがそれでも、儂が使っている……《重身》を使った打撃を防ぐにはもっとも効果的な防御となる」

「やっぱりそうか」


 ナルガーヴァとは対象的に、ニックが腑に落ちたという顔をしている。


「単に身軽になっただけじゃない。足の踏み込みと同時に《重身》を使って前進する力や打撃力に変換してた。あとオレのやり方とは逆に、自分を重くしてダメージを軽減したりしてたな。……あ、今気付いたが、もしかしてワイヤーを使って移動するときも《軽身》だけじゃなくて《重身》も使ってたのか?」


 ナルガーヴァは厳しい表情をしながらも、静かに息を吐く。

 そして意外にも、棘のない口調でニックの問いに答えた。


「……《軽身》と《重身》をすばやくスイッチすることで変則的な軌道となる。あるいは同時に詠唱することで自分の体の重さの中心をずらすこともできる。流れに身を任せるベクトルコントロール、己から流れを作り出すベクトルコントロール。この二つを極めて初めて奇門遁甲ステッピングに至る道が開かれる」

「奇門遁甲……? んなこと一言も聞いてねえが」

「まだ教えるところまで達していないと判断したか、勝手に達すると判断したか……。ともあれ、何故そこに気が付いた?」


 ナルガーヴァの問いに、ニックはまるで世間話するかのような気楽さで答えた。


「格闘術はしこたま習ったからな。拳を合わせてりゃ大体の体重はわかる。その手応えと見た目の重さが釣り合ってねえんだよ。感覚のズレがなんでかを考えてたら思いついた」

「……そうか」

「んで……指南してくれるって話だったよな。もう少し教えてくれるのか?」

「いや、喋りすぎたな。死にゆく者への冥土の土産と思って話したが、これ以上未練を与えては残酷というものよ。それに……気付いたところで対抗できるわけではあるまい」

「へっ、そりゃ一朝一夕で勉強しただけで勝てるとは思わねえさ。だが……同じ土俵で戦わなきゃ良いだけの話だ」


 ニックは呼吸を整える。


「熟練の魔術師で、猿よりも俊敏で、そして重量級な格闘家を兼ねてる……人間だ。言っちまえばそれだけだ。何の問題もねえ」


 そして指や手首を回して関節の柔らかさを確かめ始めた。

 これから本気で格闘でやりあうという意思表明だ。


「それができるならばやってみるが良い」

「十分にそっちの恐ろしさは味わった。今度はこっちが一手指南する番だ」

「戯れ言を。何度試そうが無駄なことじゃ」


 ナルガーヴァが拳を打つ。

 ニックもそれに応じ、打ち合いになった。

 二人の距離が近すぎるために全員、ニックを助けることができない。

 そのとき、ナルガーヴァが動いた。


「《黒刃》!」


 大振りの拳を打つと見せかけて後ろに引き、攻撃魔術を放った。

 鋭利な黒曜石がニックの体の中心を狙う。

 恐らくそうした目論見だったのだろう。

 だがニックはナルガーヴァのバックステップよりもさらに踏み込んで距離を詰め、ナルガーヴァの懐に飛び込んでいた。魔術の発動する瞬間の手を裏拳でそらし、魔術はあらぬ方向へ向けて撃ち出されていった。


「目と手と口と魔力を読めば、魔術は読めるんだよ。あんた、冒険者や喧嘩屋じゃなくて、騎士団みてえにまっとうなところで訓練しただろう。そういう誤魔化しの腕前は並だな」

「なっ……!」


 ナルガーヴァは驚愕しつつも、左腕で掌底を放つ。

 しかしそこからのニックの動きは、ナルガーヴァ以上に老獪そのものだった。


「まだまだッ!」


 拳。蹴り。手刀。魔術。

 ナルガーヴァのあらゆる攻撃が対応されていた。ニックは正面から拳や蹴りを受けるのではなく、微妙に角度をそらすことで重量級の打撃をすべて避けていた。


「しかし《魔術感応》って便利だな。手で触れてる限り魔術の発動がまるっきりわかっちまう。実戦でようやく便利さがわかってきた」

「くっ……!」


 ナルガーヴァが《重身》を使った渾身の一撃を放った。

 恐るべき重さの拳がニックを襲う。


「これまでは重さと軽さが変わるから感覚が掴めなかったんだよ。けど、仕組みがわかったならなんてこたぁねえ」


 あまりにも鋭い拳はニックの革鎧の一部を吹き飛ばした。

 だがニックの皮も肉も、傷一つ付いてはいない。

 そしてナルガーヴァの伸びきった腕は、ニックの獲物だった。


「捕らえたぜ」

「ぬうッ!」


 ナルガーヴァの腕にニックの腕が蛇のように絡みつく。ナルガーヴァは《重身》を掛けて渾身の力で振りほどこうとするが、力の掛かる方向を巧みに読み、逸らし、ますます離れまいと絡みついていく。


「しゃらっ!」


 ニックがナルガーヴァの腕を抱き抱えた状態から、自分の下半身を持ち上げた。

 そして自由になった両足は、大鎌のようにナルガーヴァの首に襲いかかった。


「ぐっ……がっ……!」

「絞め技や関節技は魔物にかけても意味がねえし、喧嘩くらいにしか使えねえんだが……こういうときなら抜群に役立つんだよ……!」

「ぐおおおおおおっ……!」


 ニックの全体重が掛かった絞め技に、しかしナルガーヴァは倒れなかった。渾身の力で引き剥がそうとする。廃工場に荒い息づかいと皮膚の擦れ合う音が反響する。上気した息が白くたゆたう。ぽたり、ぽたりと汗が雫となって床に落ちる。


「……決まったナ」


 趨勢を見守っていたカランがそう呟いた瞬間、ナルガーヴァの体はその場に崩れ落ちた。




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