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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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対決ステッピングマン 4



 初めて邂逅したときのように、気付けばニックの眼前にナルガーヴァの姿はあった。

 恐ろしいほど速い踏み込みにニックに戦慄が走る。

 思いも寄らぬ圧力を秘めた拳を叩き込まれそうになるが、今回のニックは防御が間に合った。


「重ッ!?」

「ぜりゃッ!」


 だが、拳、蹴、肘、どれも切れ味も重さも段違いだった。

 ニックと同様、素手で魔物と対抗できる種類の人間だ。

 攻撃一つ一つの重さだけで言えばニックを上回る。

 思わずニックはその圧力に押されて引き下がる。


「隙ありッ……《黒刃》!」

「ぐっ!」


 ニックが魔術の気配を感じて横っ飛びに逃げた。

 洗濯用の巨大な鉄の桶を盾にするが、それさえもがりがりと削られていく。

 完全には避けきれず、幾つかの破片がニックの腕を傷つけていた。


「石……それも、かなり硬いな……」


 鉄の桶とニックの腕を傷つけたものは黒曜石でできたやじりだった。

 それらがとめどなくナルガーヴァの手から放たれ、散弾銃のように床や機材を破壊しまくっている。

 黒曜石とは実は鋭利だ。黒曜石を研いだナイフは鉄の剣よりも鋭い。ただし割れやすいために常用する武器としては向かない。そんな欠点も魔術で生み出して消耗品として扱うならば解決する。


「てやああッ!」


 そのときカランが竜骨剣を盾のように構えてナルガーヴァの前に出た。

 その後ろにゼムが控えている。がりがりと嫌な音を響かせつつもニックを救うべく果敢に前進する。


「カラン、無理するな!」

「だいじょうぶッ……!」


 魔術が途切れた瞬間にカランは大きく息を吸い、そして吐息の代わりに炎を吐いた。

 だが、ナルガーヴァは気配を察して大きく飛び退く。

 その隙を突いてゼムがニックのところまで辿り着いて回復魔術を唱える。


「助かる……!」

「それよりもナルガーヴァさんを……」

「大丈夫だ、ティアーナ!」

「わかってるわよ、そこっ!」


 工場の天井部の梁に陣取ったティアーナが《氷槍》を唱える。

 宙に浮いて身動きの取れないナルガーヴァを狙い、撃ち放った。


「ぬうっ!」


 だがそこでナルガーヴァは軌道を変えた。袖口からかぎ付きのロープを投げ放ち、工場の壁面に据え付けられた照明に引っかけて無理矢理自分の体を引っ張る。一瞬前までナルガーヴァがいた空間に氷の槍が通過していく。


「虫みたいな動きしてっ……! 《氷柱舞》!」

「《金剛盾》!」


 ティアーナとナルガーヴァが同時に魔術を唱えた。

 一方は散弾のように氷の礫を放つ魔術で、一方はそれを防御する魔術だ。

 一進一退の膠着が続く……というのはブラフだ。

 ニックがナルガーヴァの思惑に気付いて声を上げた。


「……まずい、避けろティアーナ!」

「盾ごしでも牽制くらいにはなるわ!」

「そうじゃねえ……飛んで来るぞ!」


 ティアーナが氷の魔術を放ち終わった瞬間、盾がブーメランのように飛んできた。

 すんでのところで避けるが、あまりの勢いに盾が壁を突き破って飛んでいく。


「あれってそういう魔術でしたっけ……?」

「防御すると思わせて腕力で無理矢理投げ飛ばしたんだ」

「なんと」


 ゼムがニックの言葉を聞き、呆れた声を漏らした。


「どうしますか。キズナさんやスコットさんを呼べば……」

「いや、あいつらは逃がしたときのための最後の手段だ」


 キズナは、ナルガーヴァの移動ルートが予測を外したときのために迷宮都市南東部に散らばっていた。ここに集まるまでにはまだ時間がかかるし、《並列》を使っているために消耗している。


 スコットとオリヴィアについては下手に戦闘に混ざるとコンビネーションが崩れるため、万が一ナルガーヴァを逃がしてしまったときのために工場の外で警戒を張っていた。また、自分たちの知らない仲間が居て助けに来ないとも限らない。この状況が崩れてしまえばキズナやスコットの力が必要になるし、助けを呼ぶのも隙ができてしまう。


「予定通り、ここで片付ける……! いくぞ!」

「わかっタ!」


 ニックに呼応して、カランが竜骨剣を振り上げた。

 重量を感じさせない軽やかな動きで跳躍しながら唐竹割りを放つ。

 ナルガーヴァの着地の瞬間を狙ったため、避けられることはなかった。


「ぐうっ……!」


 ナルガーヴァは再び《金剛盾》を展開してカランの剣撃を受ける。

 カランはそのまま盾ごと押し切る勢いで力を込めた。

 床が軋むほどの重圧を受け、ナルガーヴァはまたも盾を捨てた。

 竜骨剣が首に達する前にすばやく後ろに跳躍する。


「逃げるナッ……《火竜扇》!」


 カランがぐるりと竜骨剣を担ぎ、そして勢いよく横薙ぎに切り払った。

 炎を帯びた一閃が扇状に広がる。

 一撃の重さよりも範囲の広さに特化した攻撃だ。


「ちぇりゃあ!」


 ナルガーヴァが、それを手でいなした。

 真横に飛んでくる一閃を、器用に手の甲で下から突き上げるようにしてそらす。


「なっ……熱くないのカ……!?」

「……強力だが……軌跡が見え透いておる!」

「おっと、全部見え透いてるとは思えねえな!」


 カランの派手な一撃に隠れて、ニックがナルガーヴァの懐に潜り込んでいた。

 脇腹をめがけて短剣を突き出す。


「甘いッ!」

「な……!」


 ナルガーヴァは、手のひらほどに小さい《金剛盾》を展開していた。

 左手に出した小さな盾でニックの短剣を防いでいる。

 その競り合いに負けたのは、ニックの短剣の方だった。

 短剣が衝撃に耐えられず、ぽっきりと折れている。

 竜骨剣のような業物でなければ《金剛盾》に押し勝つことは難しい。


「くそっ……!」


 ニックは短剣を捨てて拳を放った。

 拳の重さは劣るが、手数の多さならばこちらに分がある、そうニックは判断した。


 おそらくナルガーヴァが得意とするのは、強化魔術と防御魔術を組み合わせた防衛戦だ。馬車や竜車での移動中に魔物や盗賊に奇襲を受けたときにいち早く体勢を立て直す、そういう戦いを得手としている。あるいは武器をおおっぴらに持てない状態での要人の警護なども得意だろう。ナルガーヴァ自身の言葉と、実際に戦ってみた手応えからニックはそのように推察していた。ならばいっそのこと、打撃の重さを覚悟して小細工のない拳で挑む。


「ぐっ……貴様も中々……巧いものじゃ……!」

「なにっ!?」


 ナルガーヴァはニックの必殺の一撃を受け、耐えていた。


 ニックの拳に広がるのは異様な感覚だ。まるで一個の岩があるかのような、あるいは人間の形の巨木で、大地にしっかりと根を下ろしているかのような、揺らぐことのない手応え。ナルガーヴァは巨体ではない。中肉中背といったところだ。見た目と重さが乖離している。


「じゃっ!」


 その一瞬の戸惑いが招いたのは、一撃必殺の攻撃だった。慌ててニックは腕を交差して防ごうとするが、ナルガーヴァの拳の威力はその防御を突き抜けてニックの体を吹き飛ばした。


「ぐあっ……!?」

「ニック!」


 その派手な吹き飛び方に、全員が血相を変えた。

 打ち所が悪ければ戦闘不能になっていてもおかしくない。


「くっ……回復します、皆さんカバーを!」

「わかっタ!」


 再びカランが飛び込んだ。だが、カランの大振りの一撃は恐ろしいが、ナルガーヴァに対応できない速度ではない。着地時のような隙だらけの状況でない限りいなすのは簡単なことだった。ティアーナの魔術を防ぎつつ難なく避ける。


「ちょこまかと……ちょっとくらい当たりなさい!」


 ティアーナの怒声と氷の槍が飛び交う。

 その隙に再びゼムがニックを回復しようとして、違和感に気付いた。


「ニックさん……あれ?」

「……大丈夫だ。今のはそんなにダメージは受けてねえ。だいたい掴めた」


 ニックが大きく息を吸い、吐いた。

 立ち上がり、一歩踏み出す。


「もう一度指南頂こうじゃねえか」


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