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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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対決ステッピングマン 2



 時は少し前に巻き戻る。


 『海のアネモネ』でニックが具体的な打ち合わせを始めたとき、ゼムが、建設放棄区域で見聞きしたこと、そしてそこからの推測を話し始めた。


「ステッピングマンの正体はナルガーヴァさんです」


 その言葉に、用心棒のエイダと店のママのレッドが呆気にとられた顔をしている。


「聞いた話じゃ、ずいぶん徳のある御仁だって話だったけど……」

「わたしもウワサで聞く限りは、貧乏人にも施してくれる人だって」


 だが、【サバイバー】の面々の反応は違っていた。


「カランさんとニックさんは驚いてませんね?」

「ウン」

「にわかには信じがたい……と言いたいところだが、ちょっと納得するところがあるんだよな」


 そこでニックは、レオンに聞いた話をゼムにかいつまんで説明した。


「……ってわけで、魔導具を買うにはブローカーと繋ぎを持つ必要がある。建設放棄区域でそれができる人間となると、ナルガーヴァは有力だろうな。あのへんの荒くれ者達にも一目置かれてるわけだし」

「なるほど、それは確かに」

「ゼムはなんで気付いたんだ?」

「……病死した子供の遺体がありました。ステッピングマンに連れ去られた子供かと思われます」


 その言葉に、キズナとティアーナを除く全員がどよめいた。


「なんだって……!?」

「その子の容貌をキズナさんに書き写してもらって帰りがけ『マンハント』で確かめたのですが、行方不明の少女と一致しました」

「そうか……。じゃあやっぱり」


 ニックは言いかけて、ふと妙な事に気付いた。


「いや、待て。殺されたとかじゃなくて、病死?」

「ええ。黄鬼病だったのかと」

「治そうとして……駄目だった?」


 その推測に、ゼムは首を横にも縦にも振らなかった。


「半分ほどは合っているでしょう。確かに治療の形跡はありましたからね」

「半分?」

「善意の治療であるならば無理矢理さらってくる必要などありません。彼は恐らく、他の患者の血などを使って黄鬼病に感染させたのだと思います」

「お、おい! それは……」


 ニック達はどよめきさえも消え去り、もはや絶句するしかなかった。


「彼は王都の神殿から破門されてここに流れ着きました。それが恐らく半年ほど前。ですが、建設放棄区域に現れたのはつい二ヶ月ほど前のことです」

「それまでは、普通に暮らしてたのか?」

「……恐らく、身を潜めていたのだと思います。あの魔導具を使って気配を消していたのでしょう」

「気配を消して……病気を広めてた?」


 ニックの予測に、ゼムが暗い顔で頷いた。


「黄鬼病が広まったあたりからですね、彼が建設放棄区域で大っぴらに活動を始めたのは」

「なあ、そこまで合ってるとするだろ。じゃあなんで誘拐なんて真似を始めたんだ?」

「恐らく、それが一番の目的だからです」

「目的?」

「それまでは、あくまで病気を診察して治療するための練習台に過ぎなかった。彼の本当の目的は、自分の娘と同じ状態の人間を治療すること。患者がどのように感染し、どのように治療すべきか。予防方法や治療方法の確立が彼の目的です」

「……わかるようでわからねえ。復讐にも聞こえるし、神官らしい行動にも聞こえる」


 ニックは頭を抱えてうなだれる。

 他の仲間達も似たような表情をしていた。


「彼の中の理屈では理路整然としてるのでしょう。僕は……なんとなくわかります」

「ねえ、何か証拠らしいものはあるの? そこまで話が大事となると、太陽騎士団が本気で捜査してくるだろうから、空手形で『捕まえました』じゃトラブルになりかねないわ」


 そのレッドの指摘に答えたのは、ティアーナだった。


「証拠ってわけじゃないんだけど、私も聞いたことがあるのよね……。娘が黄鬼病になって追放された神官がいるって話。関係者の間じゃけっこうスキャンダルだったのよ。名前はうろ覚えだったけど、ナルガーヴァさんが言ってる話と大体一致するわ」


 ティアーナの話を聞いたニックも、その話の意味するところに気付く。


「つまりティアーナがまだ王都に居た時期に、あのナルガーヴァって男はもう王都から追い出されていたってわけか」

「そうなるわね」

「証拠となるものは彼の診療室を探せば出てくるでしょう。どうも、徹底して証拠隠滅を図っている様子はありません。死体が浄火されずに残っていたり、僕らでさえ気付く程度の粗がありましたので」

「……じゃあ、どうすル?」


 カランがそう呟くと、ゼムが聞き返した。


「どうするとは?」

「ゼムがそうだって言うならワタシは信用すル。後はどうやって捕まえるかの問題だと思ウ」

「確かにそうですね……彼の診療室に踏み込んで捕まえますか?」

「あそこは厄介だぞ。巻き添えも多くなるだろうし、狭苦しくて逃げやすいからパーティーで戦う利点が少ない」


 ニックが苦い顔で言った。


「移動中に捕まえたい。そうすればあの魔導具……幻王宝珠を使ってるところを押さえられる」

「それができないから苦労してたわけだけど……できるようになったってことで良いのね?」


 ティアーナの揶揄のような問いかけに、ニックは不敵な笑みを浮かべた。


「ああ。気配を消す魔導具の対策も、あの身軽さも、どっちも封じ込められる。なあオリヴィア」


 呼びかけられたオリヴィアが、待ってましたとばかりに話を始める。


「私も少しばかり拝見しましたが、ニックさんの《軽身》は素晴らしいものです。ただ、それだけではステッピングマンには及ばないでしょう。まだまだ対等ではありません」

「全部それオレがお前に説明した話じゃねえか」


 ニックはオリヴィアを連れてくるにあたって、《軽身》を身に着けたことや、ステッピングマンを捕まえる算段をしていた。ニックがオリヴィアに相談したのは、「具体的にどこでステッピングマンと戦うか」という点だった。


「そこで、地の利を得て差を埋めるわけです」

「地の利?」


 ティアーナがオリヴィアの言葉を繰り返した。


「こちらは、ステッピングマンが頻繁に移動するルートを絞り込むことができます。待ち構えようと思えば待ち構えられるというわけです」


 そしてオリヴィアはテーブルに地図を広げた。

 ステッピングマンの移動ルートを追記したもので、前に見たときよりも更に多くの情報が書き込まれている。


「一番よく利用しているのは、この建物の作業用の足場ですね」

「なんだここ?」

「工場です。いえ、正確には『工場だった』と言うべきでしょうか。現在は倒産したので無人の建物ですね。……そして周囲に張り巡らされた足場は、この工場を解体するために作られたものです」







 ステッピングマンがフードをばさりと脱いた。


 すると、今までぼやけていて「男」としか認識できなかった姿や声が急速に輪郭を持ち始めた。

 建設放棄区域で施療院を開く禿頭の男、ナルガーヴァだ。


「やっぱりな」


 ニックの呟きに、ナルガーヴァは厳しい目で睨んだ。


「わかっておらんな。確かに儂の素性は露見した。だが迷宮都市には他にも身を隠す場所など幾らでもある。この幻王宝珠さえあれば身を隠すことも容易じゃ」

「そう思うだろ? だが幻王宝珠には弱点がある」

「なに?」

「それは光や音を誤魔化すのではなく、人間の認識を誤魔化す幻惑の魔導具だ。会ったこともない人間の認識を誤魔化すなら簡単だが、強化された認識を撤回するのは難しい」

「……どういう意味じゃ?」

「つまり、魔導具を使って身を隠しているのがお前だって風聞が広まれば、幻王宝珠はもう意味がねえんだよ。看破されてしまえば機能しねえ。迂闊に素性を認めたのは失敗だったな」


 困惑の気配がナルガーヴァから伝わる。

 だが、しばらくしてくっくと笑い始めた。


「それが嘘か真かはわからぬが、ずいぶんと追い込まれてしまったようじゃな」

「納得したみたいだな」

「ならば話は単純じゃ」


 そう言って、ナルガーヴァは再び構えた。


「まあまあ待て。せっかくこんな見晴らしの良いところに来たんだ。ちょっと一服させてくれ。そっちだって最後の娑婆かもしれないんだ、飲まねえか?」


 ニックはそう言って小瓶を取り出した。


「……」

「だよな」


 まるで興味を示さないナルガーヴァを見て、ニックは納得したように溜め息を付く。

 そしてニックは小瓶の中身を煽り、《着火》の魔道具で火を灯した。


「なっ……貴様っ!?」


 ニックが勢いよく小瓶の中身を吹き出すと、大きな炎がナルガーヴァの眼前を襲った。

 魔術でもなんでも無い、ただの炎だ。

 だがそれゆえにナルガーヴァは硬直した。

 攻撃的な魔術であれば発動の直前にそれなりの予兆というものがあるが、そんなものが無かった。大道芸のようなものに騙されたとわかり、ナルガーヴァが怒りに満ちた目でニックを睨む、が、


「なにっ!?」


 そこにニックはいない。


「大道芸には大道芸ってなぁ! 食らえ!」

「上か!」


 ナルガーヴァが顔を上げる。

 ニックはそこに容赦なく踵を落とした。

 恐らくナルガーヴァにとってはそう感じたはずだ。

 避けるのは無理と判断し、腕を十字に交差して踵を受け止める。


「ぐっ、馬鹿者め……! こんな場所で体重の乗った一撃は……!」

「どうなるかわかってるからやったんだよ。予想通り……簡単に壊れるぜ!」


 みしみしと言う音が続いたと思いきや、ぱきりという音へと変わった。

 屋根というものは本来、人間二人の体重が掛かることなど想定されてはいない。

 二人とも、屋根に空いた穴から工場の屋内へと落下していった。



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