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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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ステッピングマンの行方 3




「……なんだってこんな辛気くさい場所に用があるんだ?」


 ボロをまとった気弱そうな男が、いぶかしげな声を上げた。

 ここは建設放棄区域の中でも一番人気の無い場所だろう。元々ここはゴミを燃やすための処分場として建設される予定だったらしいが、その設計思想とは反して余所の場所よりも不思議な清らかさがあった。広々としていて、他の場所のような落書きも無い。


 だというのに、ここを根城とする者は居ない。

 それもそのはず、ここは、ここに暮らす者達のための共同の墓地であり、死体安置所だ。

 建設放棄区域の住人たちのわずかに残った善意だけで何とか管理されている場所だった。


「良いじゃないの。あなた、ここの管理人なんでしょ」

「幽霊が出たって知らねえぜ?」


 愚痴を呟く男に、ティアーナがぴしゃりと叱責を飛ばした。


「幽霊ってのはれっきとした魔物の一種なの。ミステリーでもなんでもないわ。それともここで見たことがあるって言うの?」

「魔力が渦巻く場所でない限り、どんなにおどろおどろしい墓場であっても幽霊は出ぬのじゃぞ。知らぬのか?」


 そして、キズナが何のてらいもない指摘を言うと、男は舌打ちを我慢しているような引きつった顔で頷く。


「そういうことじゃねえ、罰当たりな真似をするならやめてくれって話だ」

「ああ、そういうこと……。しないわ、誓う」


 ティアーナとキズナが一緒に居る男は、墓守だった。

 墓守と言っても、どこかの神殿に併設された正式な霊園等とは環境が違う。墓も、木や石を積んだだけの粗末なものばかりだ。男は住民からわずかな駄賃をもらって埋葬の手伝いをしたり、迷い込んだカラスや野良犬を追い払ったり、火葬が済むまでの死体の管理を請け負っていた。


「ともかく、死んだ子供の墓はここだよ」

「……ええと、一つだけなの?」


 男が指さした先には、人間の腰ほどの高さの大きな石が置かれているだけだった。


「名前も知らねえ子供は、まとめて《浄火》を頼んで同じ墓に入れることになってる。……まあ、可哀想とは思うんだがな」


 どうしようもねえ、と耳に届くか届かないかという程度の声で男が呟いた。


 《浄火》とは、鉄の棺に入れられた死体を焼いて骨のみにする魔術だ。そのまま死体を土に埋めれば土が穢れるため、死体を焼いて骨にしなければならない。時間と魔力の両方が必要なために一度でまとめてやる方が遥かに効率的だが、通常の葬儀に際して他の死体とまとめても構わないと言う者はまず居ない。多少の金を積んででも死んだ人間一人のための葬儀を執り行うものだからだ。まとめることがあるとすれば、疫病や天災、戦乱などで多くの人間が一度に亡くなってしまったときか、あるいは引き取り手のない死人であるかのどちらかだ。


「最近死んだ子もいてな、まだ《浄火》ができてねえんだよ……嫌だねぇ貧乏ってのは」

「取っておきなさい」


 ティアーナは金貨をその男の方に投げた。

 だが男は逆に、困ったような顔をした。


「……ここの住人じゃねえ奴にもらう理由はねえんだけどな。そういうことされると、他の連中がここに金を出さなくなっちまう。メシの炊き出しや治療なんかはありがてえが、死体の処理ばっかりはこれから先ずっとここに居る人間でやんなきゃいけねえんだ。これだけは甘やかされちゃ困る」

「それもなんだか世知辛いわね」

「毎月とか毎年とか金貨を恵んでくれるってんなら別だが……どうせ無理だろ。もらいてえのは山々なんだがな。……しっかし、金貨ってのは良いねぇ。けちな硬貨とは輝きが違う」


 男は名残惜しそうに金貨を撫でつつ、ティアーナに投げ返した。

 高潔さと現金さの入り交じった不思議な男だと、ティアーナは思った。

 墓守とはそういうものなのだろうか。


「……一つ聞くけど、その死んだ子はここの住人だったの?」

「え、そりゃそうだろ。俺だってここの住民を把握してるわけじゃねえが、こんなところで死ぬなんざ……あれ?」


 男は言いかけて、ふと言葉を止めた。


「そういや妙に身綺麗だったな……?」

「ちょっと確かめさせてくれるかしら」

「まあ、構わねえが……あんたら冒険者か賞金稼ぎだろ? 何の仕事かは知らねえが、遺品泥棒みてえなことはしないでくれよ」

「するわけないでしょ!」


 ティアーナが殺気を込めて怒ると、男は本気で泣きそうな顔をした。


「わ、悪かったよ。だがそういう連中もいるんだ、俺ぁ立場上言わなきゃいけねえんだよ」

「ああ、そういうこと……。こっちも怒鳴って悪かったわね」

「死体は棺に入れて、向こうの倉庫に氷と一緒に安置してある。ちょっと待っててくれ、鍵を開ける」


 男が指さした先に、煉瓦積みの小さな小屋があった。

 炭焼き小屋程度の大きさの粗末な小屋で、意外なほど堅牢だ。

 大きい鎖と錠前でドアノブが固定されていた。


「……死んじゃえば裕福だろうと貧乏だろうと変わらないもんね」


 ティアーナがぼそりと小さな声で呟くと、キズナが小さく頷いた。

 キズナは目をこらして小屋の方を見つめる。

 キズナの探知能力は高く、近い距離ならば透視も可能だ。


「……うむ、間違いないな。子供の死体はあそこにある」

「さらわれた子が居たらどうしようって思ってたけど……こういう予感って多分当たるのよねぇ」


 ティアーナが重い溜め息を吐いた。


「で、どうするのじゃ?」

「二人で死体の検分ってのは勘弁したいんだけど」

「我だって嫌じゃ。かといってゼムにだけ任せるのもちょっと不公平よのう」


 ゼムは、もしも死体が見つかった場合は検分しないといけないと言っていた。


 攫われた子供が死んでいるのならば、何故、どうやって死んだのかを確かめなければならない。人さらいの犯人を追いかけている以上、そうした被害者の状況は否応なく知らねばならないし、何より犯人への手がかりになる。ティアーナはもちろん筋が通っていると納得している。


 しているが、実際にやれるかというとまた別の話だ。


「……ニックとカランが居ないのが不公平よね」

「そうじゃそうじゃ。絶対にあやつら、美味い物食べてイチャイチャしておるに決まって……む?」


 キズナが人差し指を立てて「静かに」とティアーナに促す。


「ちぇりゃあッ!」


 そのとき、背後から誰かが飛びかかってきていた。

 剣を握っている。着地と共に剣を振り下ろそうという算段だ。

 キズナが身を捻って剣を抜き、防御に回った。

 耳障りな金属音が響き渡る。

 鍔迫り合いの格好だ。


「《氷槍》!」


 ティアーナが、謎の暴漢に氷の杭を撃ち放った。

 だがすぐに襲いかかってきた男は後ろへと跳ぶ。

 遅い、とティアーナはほくそ笑んだ。確実に命中する軌跡だ。

 だが暴漢は、剣の先端を引っかけるようにして氷の杭を逸らした。


「なっ……!? それなら……《氷柱舞》!」

「ぐっ……蜻蛉とんぼの剣!」


 ティアーナが無数の氷柱を飛ばす。

 暴漢は目にも留まらぬ動きで真横へと動いた。

 まったくの無傷ではない。

 だが不規則で鋭角的な歩法により、ダメージを最小限に抑えながら距離を詰めていく。


「ぐっ……《氷盾》!」

「近接が甘いッ!」


 ティアーナに暴漢の剣が襲いかかろうとしたそのとき、キズナが間に割って入った。


「ふう、危なかったのう」

「お前も剣士か!」

「どちらかというと剣士に使われる方じゃが、使う方も得意じゃぞ……《並列パラレル》」


 相手の技量の高さを感じ、キズナは加減を止めた。

 その場に全く同じ姿のキズナが三人現れる。


「分身系……残像じゃないな……実体か!?」

「せりゃっ!」「こっちじゃこっち!」「隙あり!」


 一人が側面から手首を狙って払い、一人が正面から喉めがけて突き、一人が背後から唐竹に振り下ろす。

 キズナが連携しながら男を追い詰めていく。

 息を合わせた完璧な連携は嫌がらせの極地だ。

 暴漢はたまらず、三人のキズナのいない方向と引き下がる。


「ふふん、そういう風に動くと思っておったわ」


 キズナ全員が、暴漢を囲みながら回り始める。

 その状態で牽制攻撃を少し繰り返し、暴漢を消耗させる構えだ。

 暴漢は少しずつ手傷を負い、消耗していく。

 だが、暴漢の呼吸が変わった。

 大きく息を吸い、吐いた。


「……双剣舞、蝶の剣!」


 すると、風圧が巻き起こるほどの勢いで二本の剣が同時に振られた。

 右剣は右の敵を、左剣は左の敵を狙う。一人が二剣を操るのではなく、二人が一本ずつの剣を操っているかのような独立した、蝶の羽ばたきのように奇妙にゆらめいた動きだ。三体のキズナの内二体が吹き飛ばされる。まさに妙技であると言えた。


 だがそれでも、三人目のキズナを狙う剣は無い。


「ぐっ……はあっ……はぁ……」

「中々の腕前じゃな。が、ここまでじゃ」


 暴漢は、一手足りなかった。

 キズナの剣の先端は男の喉元に触れるか触れないかの距離にある。

 ようやく状況が静止した。

 ティアーナがまじまじと男の顔を見つめる。


「あなた……ステッピン……」

「いや? こやつ、ステッピングマンではないのう」


 ティアーナが言いかけた言葉を、キズナが否定した。

 言われてみれば、ティアーナの目にはその男の姿がはっきりと見える。

 魔導具の不思議な力によって印象や人相がぼやけているということもない。

 兜と面頬をつけているので詳細はわからないが、声は中年くらいの男性だとはっきりわかる。


「ちょやっ」


 キズナが面頬を剣で器用に跳ね飛ばした。

 そこにあったのは、見たことのある顔だった。


「あ、ええと……あなた確か」

「くそっ、この死体泥棒め……! 見直したと思ったのによぉ……!」


 男は、ティアーナ達にとって思いも寄らぬことで驚いている。

 死体泥棒と罵るということは、向こうは死体泥棒を取り締まる立場の人間ということだ。

 ステッピングマンのような人さらいから出てくる言葉とは考えにくい。


「ええと、ココットとかいう賞金稼ぎじゃったな?」

「スコットだ!」

「まあ落ち着くが良い。おぬしは我らを墓泥棒というが、別に泥棒するほどのものはそもそもここに無かろう」

「死体をいじくる変態も、変態に売りつける野郎も、たまに現れる」

「だとしても我らは賞金首を捕まえたほうがはるかに稼げる。何か勘違いしておらぬか?」

「……」


 スコットは悩んだ顔を見せる。


「……それもそうだな」

「誰かに何かを吹き込まれたのではないか?」

「ふ、吹き込まれただと! 騙されねえぞ!」


 威嚇するようにスコットはティアーナ達を睨む。

 緊張と弛緩の入り交ざった空気の中、「おーい、何してるんだお前ら」という墓守のすっとぼけた声だけがよく響いた。





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