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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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ステッピングマンの行方 1




 この大陸において信仰される神は四柱。


 天啓神メドラー。

 豊穣神ベーア。

 均衡神ヴィルジニ。

 邂逅神ローウェル。


 この神々が永劫の不毛の地を耕し、人間や動物が生きていける緑豊かな土地を育んだとされている。四柱は平等であり、序列は無い。共に大地に生きる人を癒やし、守るという善なる神の性格を持つ。そのためか神官はどの神に仕えていようが、薬学、医学、治癒魔術を求められる。だがその一方で、それぞれの神が別個に司っている価値観や概念がある。


 天啓神メドラーは知恵や勉学の重要さを説いている。そのためにメドラー神殿では貧民向けの学校や孤児院が併設されていることが多い。また、司書や学芸員などの多くがメドラー神殿に所属している。


 豊穣神ベーアは農業や牧畜を重んじている。そのためベーア神殿は食料供給に関する知識が豊富であり、常に何かしらの飢饉対策をしている。貧民街で炊き出しを行っているのは大体ベーア神殿の神官かその関係者だ。


 均衡神ヴィルジニは秩序を重んじている。ヴィルジニ神殿は盗賊や魔物に襲われた人間の救済を自分らの使命と捉えている。ヴィルジニを信仰する人間は騎士団員や軍人などが多く、四つの神殿の中でもっとも武闘派だ。


 そして邂逅神ローウェルが司るのは、人と人の出会いだ。ローウェル神殿では戦争の際に講和や和睦を仲介したり、契約や約束事が正しく行われているかを見守るなど、重要だが庶民にはあまり縁の無い部分を守護している。結婚の奨励や産婆、産科医の育成といった活動も重要視しているが、これは他の神殿も行っていることだった。


 つまり邂逅神ローウェルの神官というのは、他の神殿よりもちょっとだけハイソである。外交官や高級商人とつるんでいることが多く、お高くとまってやがるというのが一般庶民の印象というものだった。


 ナルガーヴァは、そんな邂逅神ローウェルの元神官だと言う。


「おかしいわよね」

「おかしいですね」


 最初にナルガーヴァと話したとき、ゼムとティアーナは違和感を覚えつつも口には出さなかった。流石に面と向かって「おかしい」とは言えない。とはいえ奇妙なのは確かだ。そして奇妙であることを差し置いても、建設放棄区域においては数少ない「話の通じる」、「人徳のある」人間でもある。情報が不足しているゼム達にとって、会わないという手はない。


 そんな流れでゼム、ティアーナ、キズナの三人は、再び建設放棄区域に来ていた。

 ニックから教わった作法で門をくぐり、キズナの先導で歩いて行く。


「こないだマッピングは済ませたからの。楽ちん楽ちん」

「そう言って油断しないでよ。今日は探索が目的じゃないんだから」


 ティアーナの注意に答えたのは、キズナではなくゼムだった。


「すみません、我が儘に付き合って頂いて」

「別に我が儘ってわけじゃないんじゃない? どうせここを調べなきゃいけないのはわかってたんだし、あのナルガーヴァとかいう人以外にツテらしいツテもないし」


 ステッピングマンの逃走先はまだ具体的にはわからない。

 が、幾つか潜伏していると思われる場所は浮かび上がってきた。

 もっとも有力なのはここ、建設放棄区域だ。

 すねに傷を持つ人間が多く集まる場所に潜伏していると考えるのは自然だ。もっとも安直すぎやしないかという思いも【サバイバー】達の頭によぎるが、無視をするわけにもいかない。


「……あの人を見て思うところでもあったの?」


 けばけばしい落書きが描かれた通路を歩きながら、ティアーナが尋ねた。


「ええ、ナルガーヴァさんは興味深い。……と言っても、実利的な部分での興味が大きいですが」

「あら、そうなの? てっきり……」


 と、ティアーナは言いかけて口を噤んだ。

 失礼なことを口走りそうになるのを自制した。


「てっきり、同類と感じただろう……とか?」


 が、ゼムがその言葉を先んじて呟いた。

 むすっとした顔のティアーナが文句を付ける。


「あなた、たまに意地が悪いわよね」

「はは、すみません」


 だがゼムは、口元の微笑みを浮かべたままだ。

 まったく、とティアーナは溜め息をつきつつも仕方ないと許した。


「ニックさんみたいに優しくなりたいですね」

「あの子も苦労性よね」


 ティアーナもゼムも、ニックをリーダーとして敬っている。だが同時に、何処か慈しみの目線で見つめていた。世知に長け、腕っ節もあり、だがどこか青臭さが抜けないニックを見てはらはらとしていた。


「ふふん、我がいれば大丈夫じゃ。大船に乗った気で居るが良い」


 キズナが自信ありげに胸を張る。

 しょうもないことを言って……と言いたいところだが、事実頼りになる存在だとティアーナは思う。


「次はこっちじゃな」

「狭い道ですね……誰か潜んでたりしてませんか?」

「潜んでおる」


 そのキズナの言葉を聞いて、二人とも警戒心を高めた。


「おっと、落ち着くが良い。潜んでいると言っても、通路に毛布をかぶって寝ているだけじゃ」

「驚かさないでよ、もう」

「じゃが……」

「何か気になることでも?」

「呼吸が浅い。微熱がある。吐瀉物の匂いもするの」


 その言葉を聞いて、ゼムの顔が引き締まった。


「他に目立つ症状は?」

「また吐きそうな雰囲気じゃの」


 キズナがそこまで言いかけたあたりで、ゼムが足を踏み出した。


「ちょっとゼム!」


 ティアーナの制止に振り向きもせずにゼムが答えた。


「ティアーナさん。あまり近くのものに触らないように。フードを目深に被って、口もハンカチで覆っておいてください。余計なものを吸い込まない方が良いでしょう」

「それは良いのだけど……」


 ティアーナが返事を言い切る前にゼムも布で口元を覆っていた。

 ずんずんとゼムが歩いた先にはキズナの言った通り、寝ている男がいる。

 寝ているというのは語弊があるかもしれない。

 倒れている、と言った方が適切だ。


「な、なんだお前ら……」

「目を見せて」


 ゼムは答えを待たずに男の頭を抑えて目を開かせた。

 目の充血を確かめている。


「やはり」

「……それ、もしかして」

「黄鬼病ですね」


 その言葉に、ティアーナよりも男の方が驚いていた。


「やっぱそうか……妙にだるいと思ったんだ。娼館にも行ってねえんだがな」

「血などを介することもありますから、何が感染経路かはなんともわかりませんね」

「血? 喧嘩だって最近はしてねえし……。つーか……誰だ、お前」


 いかつい顔をしている割に、妙に舌っ足らずな口調だ。

 朦朧としている。

 ゼムは男の問いかけには答えず、自分の問いをぶつけ続けた。


「体のだるさは続いてますか? 関節は痛む?」

「昨日くらいから……。今日はどっちもマシになったな」

「ならば大丈夫でしょう。ですが……もう少しまともな場所で寝なさい。吐くときはトイレに行くか、ボウルか何かに出すようにしましょう」


 ゼムはそう言いながら、男に自分の持ってきた水筒の水を飲ませた。


「げふっ……す、すまねえな」

「ナルガーヴァさんには頼らないんですか?」

「……順番待ちだよ。あのおっさんは誰が来ようが気にしねえが、派閥の上の奴や腕っ節のある奴が来たら普通は逆らえねえ。譲るしかねえんだ」

「なるほど」

「気ぃ付けてたのにな……くそっ」


 男が毒づく。

 その言葉に、ゼムが妙な顔をする。


「気をつけてる?」

「そりゃそうだ。ここ半年くらいは妙に多くって、怖くて女遊びもできやしねえ。ま、そうそう死にゃしねえし最近はナルガーヴァ先生が診てくれるからマシにはなったんだが」

「……ふむ」


 ゼムは顎に手をあて、考え込む。


「その通り、そうそう死なない。逆に言えば、たまに死ぬ」

「……お、おっかねえこと言うなよ」

「きみは大丈夫ですよ。少し痩せていますが十分に体は出来上がっている。発熱も恐らく昨日がピークで下がりつつある。違いますか?」

「いや、多分そうだけど……」

「だが、そうではない人間もいるはずです」


 男はゼムの言葉を聞いて、虫を噛み潰したような顔をした。


「……言わせるなよ。子供やジジイなんかは仕方ねえだろ」

「その人達はどうなりました?」

「どうなったって、だから……多分、死んじまうだろ。死体は一応、共同墓地に運ばれちゃいるがよ」


 男は吐き捨てるように言った。

 気持ち良く話せるようなものではないのはゼムもわかっている。

 だが、


「ちょっと詳しく教えてもらえますか?」


 それこそまさに、掘り下げなければならない。

 ゼム達が探さなければいけないのはステッピングマンだが、もう一つ調べるべきことがある。

 ステッピングマンが攫った子供が、何処へ行ったのか。


 ここに、さらわれた子供の痕跡はあるのか。




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