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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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似たもの同士

誤字訂正ありがとうございます、いつも助かってます。




 日常生活のどこでだって修行できる。


 それこそ、何気なく歩いてるときでさえ格好の修行のタイミングだ。エイダの言葉の通り、ニックは留置場からの帰り道で《軽身》の練習をしていた。留置所からの帰り道、人気のない公園を通るとき、ニックは柵の上をひょいひょいと歩いていく。サーカスの軽業師のような身軽さだ。ニックは乾いたスポンジのように、エイダから教えられた技術を身につけ始めていた。


「あ、帰りにちょっとオリヴィアのところ寄って良いか。ちょっとあいつに頼みたいことがあるんだ」

「言いけド……ニック」

「なんだ?」

「それ、楽しイ?」

「いや、本当にすげえんだよ。なんていうか、羽根が生えたみたいな感じだ」

「ふふっ、子供みたいだゾ」


 カランがくすくすと笑うと、ニックは思わず赤面した。

 ようやく子供のようにはしゃいでいる自分を自覚してしまった。


「あ、す、すまん」

「止めなくて良いゾ」

「いや、そう言われて続けられねえよ」

「良いっテ」

「お前、面白がってるな?」

「だって、アイドル以外でそんな風にはしゃぐの、初めて見タ」

「ま、まあ……そうかもな」


 ニックは柵の先端から降りて、カランの隣に並んだ。

 まるで猫のような静かな動きだった。


「なんつーか、実感があるのは好きだな」

「見てて楽しかっタ」

「そりゃ何よりだ。……ちょっと休まないか。特訓したり面倒な奴と話したり、ちょっと疲れちまった」

「ウン」


 カランが頷くのを見て、ニックは公園のベンチに腰掛けた。


「……ありがト」

「うん? 何がだ?」

「ワタシの宝珠のこと、気に掛けてくれテ」

「ん、ああ」


 ニックは、恥ずかしさを誤魔化そうとわざと生返事を返した。

 カランはしょうがないとばかりに溜め息しつつ、話を続けた。


「ニックは凄いナ」

「なんだよ、くすぐってえな」

「……あんな風に、憎かった相手と普通に話してる。ワタシとは違ウ」


 カランはそう言って、自分の片膝を両手で抱きしめた。


「違うって、お前……ちゃんとしてるじゃねえか。我を忘れるようなこと見たことないし、手がかりがわかっても冷静だったじゃねえか」

「ううん、あの場じゃ我慢してただけ。竜王宝珠の話を聞いて、本当は叫びたいくらいだっタ。でも騒いで騎士につまみ出されたら困るだロ」

「そりゃそうだが」

「……ワタシは多分、ニックみたいに落ち着いてられなイ。昔の仲間を見たら、引き裂くか噛み殺すかも」


 ふふっとカランは笑った。

 尖った犬歯がちらりと口から覗く。

 白くつややかなそれは、魔剣の美しさだ。

 カランの言葉は冗談でも何でも無い。

 竜人が本気の殺意を込めれば、武器を持たずに生身の人を殺すことは可能だ。


「本当はさ、今、嬉しいんダ。手がかりも掴めて、仕事もちゃんとできて、勉強もして……前に進んでるって感じがすル。生き延びたときには想像もできなかったくらい、余裕も出てきタ。でもやっぱり、嫌なこと思い出すんダ。自分でもびっくりするくらい、残酷な気持ちになル。暴れたくなル」

「ああ」

「だから、冒険者になって良かっタ。冒険者にならなかったら、自分が捕まえてた連中みたいに悪くない奴を殴って、金とか奪ってたかもしれなイ。ゼムも同じこと言ってたけど、ワタシはもっともっとひどくなってたと思ウ」

「オレも冒険者諦めてたら、どうなってたかはわかんねえな」

「もし、あのときニックが悪い奴だったら……一緒に悪いことして生きていこうって言われたら……ワタシも悪い奴になってた。だからニックには良い奴でいてほしイ」

「なあ、カラン」

「なに?」


 カランは遠くを見つめていた。

 それは近くを見ていないということであり。

 戦士としてあるまじき油断だ。


「てやっ」

「いった!?」


 ニックが、少しばかり力をこめてでこぴんを撃ち放った。


「な、な、なにすル!」

「お前が馬鹿なことを言うからだ……なんてな」


 カランは状況がさっぱりわからず、目を白黒させてニックの悪戯っぽい笑みを見ていた。


「オレ達って、似たもの同士だよな。悩むことも同じだ」

「う、ウン」

「オレは、お前のこと疑うから。ケチな悪党になったりしないよう、見ててやるから」

「ニック……」

「とりあえずは、噛み殺しそうになったら止めてやる」


 不安そうな目でカランはニックを見つめる。

 だが、ニックはにやっと笑った。


「だって、絶対腹を壊すだろ。もっと美味い物を食え」

「食べるなんて言ってないだロ!」

「冗談だよ。好きにしろ。お前がなんかやらかして、やべーことになってもちゃんと味方してやるよ。でも」

「でも?」

「世の中、楽しいこととか美味い物とか、色々あるじゃねえか。そういうの」

「ウン」

「オレは神官でもなんでも無いから、復讐なんてするなとは言わねえ。つーかオレ自身、復讐じみたことをやってるしな。でもそれだけに人生の大事なものを捧げる必要はねえと思うんだ。オレは吟遊詩人アイドルが好きだし、パーティーで冒険するのも楽しい。復讐のために好きなことを諦めたりするつもりはねえ。だって、憎い奴のために自分の好きなこととかやりたいこととか、そういうことを放り投げちまうってもったいねえじゃねえか」


 よっと、という声を上げてニックは立ち上がった。

 そしてベンチの背もたれに人差し指をかけると、


「それに、覚え立ての技術をもう少し極めたいな。オレのやりたいことはこれだよ」


 人差し指一本で逆立ちをした。

 それをカランが、呆けたような目で見ている。

 が、すぐに焦った顔をした。


「ばっ、ばか! 怪我したらどうすル!」

「大丈夫だ、慣れてきた」

「怒るゾ!」


 カランはニックの足をむんずと掴んで持ち上げた。

 ぶらんぶらんと間抜けな絵面だ。

 逆さまのニックが苦笑いを浮かべた。


「……《軽身》の魔術ってのは、掴まれると弱いな」

「本当に軽いナ」

「そういう魔術だからな」


 カランがニックをベンチに降ろした。

 そして再び、しずしずとニックの隣に座った。


「やりたいこと、か」

「カランの場合、食べ歩きあたりか?」

「それはやりたいことっていうか……いつもやってることダ。趣味だし、大それたものじゃなイ」

「趣味があるなら良いじゃねえか」

「そうじゃなくて……やりたいこととはちょっと違う気がすル。宝珠を取り戻すのも、復讐するのも、やりたいことっていうより、やんなきゃいけないことダ」

「そうだな」

「やりたいことって、なんだろウ」


 カランがぽつりと呟いた。


「あんまり、そういうの無いのかモ」

「ま、無いなら無いで良いんじゃねえか。今まで通り、冒険者をやり続けるのだって良いと思うぞ」

「ウン」

「そういえば故郷を出て冒険者を目指したんだっけな。なら、冒険者生活を満喫しようぜ」

「……違ウ」

「違う?」


 カランは、ほうけたような表情のまま首を横に振った。


「冒険者になるのは、目標じゃなイ。竜神族の使命のためダ」

「使命ってなんだ?」

「使命は……ワタシの、ワタシだけの、ゆ」


 カランがそこまで言いかけて、止まった。


「ゆ?」

「……秘密ダ」

「え、ここで秘密か?」

「い、言いたくなイ」

「ええ……まあ無理とは言わねえけどよ」


 カランは何故か、両膝を抱きかかえて顔を伏せていた。

 ちらりと見える頬は赤い。


「言わなイ」

「いやだから無理強いはしねえって。けど」

「ウン?」

「そういうの、大事にしろよ」

「……ウン」


 気付けば、空が赤く色付き始めていた。

 ニックとカランが並んで公園を通り過ぎ、町並みに溶け込んでいく。

 伸び切った影法師は種族も輪郭も曖昧になり、黒い二本の線分となって地に落ちる。

 そこには、生まれも育ちも違うはずの似た者同士の姿があった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 尊い ところでニックとゼムの合体がまだ出てこなくてカナシイ
[一言] 似たもの同士の感想 竜神族の使命・・・子孫繁栄は大事なことだね。
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