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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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レオン再び




 留置所の面会室は前回と同様、薄暗くじめじめとした陰気な部屋だった。

 そこでニック達と相対しているのは黒毛の虎人の男、レオンだ。

 レオンは、目の前に置かれたものをつまんで怪訝な顔をした。


「こういう場所に持ってくるならもう少し日持ちする菓子にするのが常識だろ」

「うるせえな、いらねえなら持って帰るぞ」

「いらねえとは誰も言ってねえだろうが……ったく」


 レオンは、ニックが渡した饅頭を頬張った。

 小麦粉の皮に細かく刻んだ柑橘類の皮が練り込んであり、爽やかな酸味がある。その中に卵黄と砂糖、牛乳を練った重めのクリームが入っており、軽やかな皮との相性が良い。最近人気の菓子だとカランが勧めたので、ニックは迷うことなく買った。だが今は「もっと安物で良かったな」とニックは少しばかり後悔していた。


「ま、美味いんじゃねえの」


 ぽつりとした呟きに、カランが自慢げに微笑む。

 菓子を選んだのはカランだ。最近、『フィッシャーメン』の近くのパン屋が売り出した新製品らしく、カランはそれをいたく気に入っていた。


「煙草はあるか?」

「ねえよ」

「しゃーねえな……。ま、良いさ。煙草と酒はまだ我慢できるんだ。けど、なんか甘い物は駄目だな。別に菓子なんてガキの頃から好きも嫌いも無かったんだが、こういうところにいると猛烈に食いたいって瞬間があるんだよ。わかるか?」

「わかりたくはねえな」

「だろうな。ああ、そうだ。来月か再来月あたりに俺の裁判がやるらしいぜ。正式な日取りはまだ調整中みたいだが」

「他人事みたいに言うなよ」

「そう思わねえとやってられねえんだよ。ったく、溜め込んだ魔導具は持ってかれるしな。オークションを開いて賠償金に充てるんだとよ」


 レオンが大仰に溜め息しながら椅子の背もたれにふんぞりかえる。


「溜め込んでた?」

「俺の専門は魔導具やアーティファクトだしな。詐欺は、ま、サイドビジネスだ」

「格好良く言ったところで捕まってるじゃねえか」

「お前が捕まえたんだよ……。んで、何の用だ」

「まず一つ。こないだ、話が途中で終わったじゃねえか。カリオスって男の話の続きだ」

「構わねえが……一つってことは、他にもあるんだな?」

「今、追いかけてる賞金首のことで相談したい」

「ふーん……。ま、構わねえがよ」

「カリオスの話は後で良イ。先に仕事の話をしよウ」


 そのカランの言葉に、ニックは驚いて振り向く。


「良いのか?」

「時間、限られてるんだロ。ワタシの用件は、急いでも仕方なイ」

「……わかった。それじゃあ」


 そこでニックは、ステッピングマンの件をかいつまんで話した。

 最初は興味なさげに聞いていたレオンだったが、「気配を隠したり、人相を覚えられなくする魔道具を使っている」というニックの説明を聞いて顔をしかめた。


「……ってわけでレオン。気配や人相を誤魔化す魔導具に心当たりはねえか?」


 レオンは顔をしかめたまま目を瞑っている。

 無言のままニックに答えもしない。


「オイ」


 痺れを切らしたカランが鋭い声を出す。

 レオンは焦りもせずに目を開けた。


「悪いな、考え事をしてた」

「お前なあ……」

「幻王宝珠だな。正確には、それを利用した魔導具だ」

「え?」


 突然具体的な言葉が出てニックは面食らい、間抜けな声が漏れた。


「古代、幻族っつー幽霊みたいに肉体を持たない種族が居たんだそうだ。詳しいことは俺もわからねえが、通信宝珠や念信宝珠みたいな情報のやりとりの中だけに存在した連中らしい」

「……なんだそりゃ?」

「だから俺もよくは知らねえって言ってんだろ。ともかく、そいつらは人間の認識に干渉する力が強かったらしい。そいつらの生み出した秘宝が幻王宝珠だ」

「それで気配や人相をごまかしてるってことか?」

「……推測になるが、制御する装置を組み込んで「特定の魔術を簡単に使えるようにする」って機能に絞ってるんだろう。幻王宝珠みたいな種族を象徴する魔導具ってのは大体「種族特性を増幅する」とか「他種族でもその種族の特技が使えるようになる」って特徴がある。応用の幅がやたら広いかわりに、自由自在にコントロールするのは難しいんだよ」

「弱点はないのか?」

「弱点、なぁ……」


 レオンが意味ありげに微笑んだ。


「知ってるって顔だな。何が欲しい」


 どうせ報酬を高くふっかけてくるつもりだろう、とニックは身構えた。

 だが、レオンの口から出た言葉は意外なものだった。


「幻王宝珠をブン取って来い」

「魔道具の差し入れはできねえし、できたとしてもするつもりはない。脱獄でもするつもりか?」

「そうじゃねえよ。進化の剣みたいにどっかに封印するなり、身元の確かなところに売るなり、キレイな始末をしろ。裏の商売人に流れるようなことはするな」


 やけに落ち着いた声だと、ニックは感じた。

 むしろ普段の振る舞いのほうが演技がかっているのかもしれない。


「それと、どういうルートでそれを手に入れたかも聞き出せ」

「構わねえが……どうしてだ?」

「幻王宝珠は、俺の兄貴が見つけた物だ」


 レオンはうつむきながらも、どこか遠くを見ていた。


「兄貴が死んで在り処がわからなくなったアーティファクトの一つだ。俺が探し始めたときにはもう手がかりが消えてた」

「……そうか」


 ニックは、レオンのプロフィールを大まかに把握していた。太陽騎士団の取り調べにレオンの被害者として証言していたため、その過程でレオンが兄や仲間を失ったこと、元はアーティファクトや遺跡の発掘を専門に行う冒険者であったことを知っている。複雑な思いがあるのだろう。ニックは同情めいた言葉も、嘲笑めいた言葉も言わず、ただ黙っていた。


 しばらく、無言の時が続いたが、レオンが差し入れた菓子を口に入れた。上品な甘さのある菓子だというのに苦みばしった顔でかじっていた。


「……次来るときはタバコ持ってこい。ああ、紙で巻いた奴だ。ついでにマッチも十箱くらいくれ」

「ダメだ」

「はあ? なんでだよ」

「酒、煙草、麻の葉、ここの医者の許可が出ていない薬、一切持ち込み禁止だ。こればっかりは袖の下を渡しても無理だから諦めろ」

「ちっ、つまんねえな。ブローカーや調達人らしい奴もいないんだよな……」


 レオンの愚痴に、ニックは引っかかるところがあった。


「……魔導具ってのは、そういうブローカーは居るのか。盗品とか発掘品を買ったり売りさばいたりするような奴とか」

「居る」


 レオンが力強く頷いた。


「コレクターの貴族や金持ちとツテのあるような奴が、どこからか聞きつけてくる。だが一番厄介なのは裏稼業の人間だ。盗賊や賞金首、あるいは裏稼業をしてる貴族や騎士団員なんかと取引してるような連中は、確かに存在してる」

「知り合いとかはいないのか?」

「なんだお前、売っ払いたいもんでもあるのか。何か欲しいわけじゃねえだろ?」

「違う。取り返したいものがある」

「盗品か」


 その問いかけに答えたのは、ニックではなかった。


「……竜王宝珠」


 カランは、普段とは打って変わって冷ややかな声で呟いた。

 レオンはじろりとカランの顔を見る。

 だがすぐに目線をニックの方に戻した。


「竜王宝珠はそんなに珍しくはねえ。絶滅した種族の宝珠ならともかく、竜族は数は少なくともちゃんと生きてるからな。それに火竜系とか水竜系とか、幾つかの氏族に分かれているから宝珠を作れる人間も多い。だから竜王宝珠の価値を決めるのは希少価値じゃねえ。宝石の質とそこに秘められたパワーだ。そこはどうだ」

「族長が、イチゴくらいの大きさのルビーに何年か掛けて力を込めタ」

「……現代で作れるもので考えたら最高級品だな。百万や二百万じゃ買えねえぞ」


 レオンが呆れたように呟いた。


「どうすれば探せる?」

「そこまでの逸品となると、売る方も買う方も限られるな……。即金でいきなり売り買いはしねえだろう。オークションに出すと思う」

「オークション?」

「出所不問、盗品でもなんでもござれのオークションがあるんだとよ。場所は毎回変わるらしくて、いつどこでってのはわからねえが」

「参加したことは無いのか?」

「ない。出品側は運営に全部任せて金だけ受け取るってルールだった。客として参加するのはそれなりの身分と紹介状がねえと無理だ。そのうち貧乏貴族に金を積んで身分だけもらおうと思ってたが……」


 このザマだ、とレオンは部屋を見せびらかすように手を広げた。


「迷宮都市からの出品を仕切ってるのは北部の煙草屋だ。麒麟の煙管きせるを探してるって言えば盗品の密売所に通される。詳しいことはそこで聞くんだな」

「……もしかして、カリオスって男もそこのブローカーだったりしたのか?」


 ニックの問いかけに、レオンは首を横に振った。


「多分違うな。迷宮都市のケチなブローカーなんかじゃねえ。もっと大物がバックにいる」

「大物……?」

「【銀虎隊】がアーティファクトを発掘してたときに色んなブローカーが接触してたが、カリオスは妙な奴だった。偽名を使うような舐めた野郎だってのに、迷宮都市のブローカーどもは恐れてたからな。身分や立場がすげえから礼節を弁えたんじゃねえ。本気でビビってたんだ」

「じゃあ誰なんだ……?」

「わからねえ。ブローカー共もビビるとなると限られる。盗賊団の大物か、ヴィルジニ神殿の武闘派あたりか……。だが、闇のブローカーさえも怖がる偽名の男が居たら関わるなよ。オレみたいになりたくなけりゃな」

「関わらねえわけにもいかねえんだよな。そいつが竜王宝珠を奪ったんだ」

「そりゃ……また難儀なこったな」


 呆れ気味の言葉はカランに向けられたものだった。

 ニックは心配そうにカランを見る。

 だがカランは何か言おうともしなかった。

 腕を組み、レオンの言葉を咀嚼するように静かにしていた。


「ともかく、情報は助かる」

「ま、上手くやれよ」

「ああ」

「……ちっ、もうねえじゃねえか」


 レオンが饅頭の包み紙をくしゃくしゃと握り、ぽいと床に捨てた。


「行儀悪いゾ」

「良いじゃねえかよ。何も転がってねえ殺風景な部屋なんだ」


 カランの言葉にレオンがへらへらと笑う。


「からかうなよ」

「ああ。……っと、そういえば話が飛んじまったな。ええと、幻王宝珠の弱点の話がまだだったな」

「そうだな。最後にそれを聞かせてくれ」

「幻惑系の魔術を破るのはさほど難しくねえ」


 レオンはそう言って、指を二本立てた。


「一つは覚醒を促す薬草や治癒魔術を使うこと。だが特殊な治癒魔術を使える奴は限られるし、薬も短い期間に何度も使うと体に耐性ができちまう。あまり頼れるもんじゃねえ」

「……他にもあるのか?」

「一番手軽で確実なのは幻惑を看破することだな。認識を曲げられちまったならば、正しく戻せば良い。例えば、そうだな……」


 そして、レオンの口から具体的な対処法をニックは驚いて目を見開いた。


「……そんなことで良いのか」




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