竜戦士/冒険者詐欺被害者/孤独の美食家カラン 3
その後のカランは、フィフスの後を追いかけていった。
フィフスと同じ店に入り、同じように注文した。
羊肉の串焼き。
エビとキノコのオイル煮。
牛肉とビーツの煮込みスープ。
サバの唐揚げサンド、ビネガーソースかけ。
セロリと羊肉の炒飯。
カランにとってどれも驚きの美味さだった。
しかも、汚い身なりのカランを邪険に扱う者もいなかった。
それもそのはず、フィフスが選んだのは冒険者や余所者でも歓迎してくれる店ばかりだった。
フィフスは、カランがフィフスの後をつけて真似をしていることなど先刻承知だった。
本来ならば冒険者の後をつけるなど、叱責されても仕方がないことだ。
だが、カランは美味そうに料理を頬張っていた。
それだけでフィフスは叱る気など失せており、むしろカランが邪険にされないような店選びをした。
注文を頼むときも、カランに聞こえるようにハッキリとした声で頼んだ。
かといって、手取り足取り街の歩き方を教える気にもならなかった。
同じ冒険者パーティーでも無いのに無償で助けることなどありえない。
同業者はライバルであり敵だ。敵から施しをもらえるかもしれない……と思わせてしまうことは、必ずしも良いことではないとフィフスは思っていた。
だが、勝手に真似る分には何の問題もない。
カランはそんなフィフスの温情には気付かず、料理を楽しんだ。
フィフスが突然服屋に入り、すさまじいわざとらしさで、
「さーて、そろそろコートを新調するか!
綺麗な料理屋に汚い身なりで入るわけにもいかんしなぁ!」
と声を張り上げたことにも、自分が気付かれたなどと思いもよらなかった。
だがフィフスの思惑に乗せられて(なるほど! 自分の服装にも気をつけないと!)と思ってジャケットを買うこともした。古着で少し傷ついてはいるが、汚くは無い。むしろ傷が良い意味での風格を醸し出しており、カラン好みの服だ。今装備している武具と合わせればみすぼらしさは消える。
直接言葉をかわすことなく、フィフスはカランに一人飯を楽しむコツを教えた。
今まさに、カランはフィフスの弟子であった。
だが、そんな生活も長くは続かない。
フィフスが食べ歩きしていたのは休暇中だからであり、それが終わればまたダンジョン探索を始める。
そしてカランもまた、財布の金が尽きようとしていた。
◆
冒険者ギルド『ニュービーズ』に行くことは、カランがかろうじて覚えていた冒険者としてのノウハウだった。
だが、「新人やソロが一からパーティーを結成するにはここが良い」という話が何となく頭に残っていただけで、そこで何をどうするべきかはよくわかっていなかった。
カランは冒険者ギルドで仕事をもらったり、あるいは他の冒険者を誘ったり、という経験はゼロだ。すべて元仲間達に任せていた……というより、手伝おうとしても「そういう雑用は任せてどっしり構えてくれ」と言われて手を出せなかった。
今思い出せば、それは優しさではなかった。ノウハウを覚えられてパーティーから抜けることが無いように立ち回っていたのだと今のカランにはわかる。
だから、今のカランには猜疑心が渦巻いていた。
明るく優しそうな顔をして近付いてくる人間は、きっと自分を騙そうとしているのだ。
そういう思い込みがあった。
フィフスのような孤高の人間でなければ信じるに値しなかった。
「竜人のお嬢さん、俺と組まな……ヒッ!?」
甘ったるそうな男の声を掛けられた瞬間、凄まじい目で睨んでしまった。
竜人族はただでさえ威圧感がある。
歴戦の竜戦士であれば、その目と威圧感だけで下級のモンスターは尻尾を巻いて逃げていく。それはもはや威力をともなった攻撃である。
世間には悪人がいることを知ったカランの威圧感も、新人冒険者が耐えられるようなものではなかった。
だがここでカランがやるべきことは、仲間を募って再び冒険者として活動することだ。それができなければ金が尽きる。戦うこと以外に能の無いカランは、他の仕事などできない。選択の余地は無い。だがそれでも、自分に近付いてくる人間は、自分を食い物にしようとしているのだと警戒せずにはいられなかった。
結局カランは誰かの誘いを受けることもできず、自分から誰かに声を掛けることもできなかった。冒険者ギルド『ニュービーズ』の営業時間は終わりを迎え、外へと放り出される。
冒険者ギルドから締め出された人達は、皆、隣の酒場に向かって行った。
カランもこの酒場で一度だけ飲み食いしたことがある。
決して料理は美味くない。
ただ、『ニュービーズ』で新人冒険者がパーティーを組んだときは、ここで飲み食いするのが伝統なのだそうだ。
カランも結局、そこで夕飯を取ることにした。
ここはとにかく安い。
美食趣味は抑えなければいけない。
案の定、メシは不味かった。
ただ不味いだけなら我慢できる。
とにかく自分自身が恥ずかしくて恨めしかった。
それを一層際立たせているのが、周囲の浮かれている新人冒険者達だ。
隣のテーブルでは、お互いに初顔合わせの冒険者同士が楽しそうに飲み食いしていた。
「パーティー結成にかんぱーい!」
「俺は村一番の力持ちでな、ゴブリンやオークをガキの頃から倒してきたんだ。頼りにしてくれよ」
「おう、信じてるぜぇ相棒!」
新たな仲間、新たな冒険に期待を寄せている。
彼らの飲み食いする酒や麦粥はさぞ美味しいことだろう。
どんなに不味くとも心に希望があれば飯は美味いものだ。
思えばフィフスの真似をして一人飯をしていたときも、フィフスへのあこがれが飯の美味さを際立たせていたのだ。
こんな惨めな状況では何を食ったところでちっとも美味くない。
カランはその恨めしさを、思わず言葉に出してしまっていた。
「「「「 人間なんて信用できるか!!!! 」」」」