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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
79/146

ファーストステップ

感想、誤字報告、評価など、いつも助かってます。

ありがとうございます。

(19/6/9/9:39 サブタイトルちょっと間違えてたので修正しました)




 次の日。


 雲一つ無い快晴だ。『海のアネモネ』の裏の路地にはロープが張られ、吊らされた洗濯物が風でたなびいている。その洗濯物の群れから少し離れたところで、ニックがならしの体操をしていた。


「うわっ、柔らかい」


 見物していたレイナが驚きの声を上げる。

 ニックは足をぴんと伸ばして立ったまま上半身を前に曲げ、両手を地面に押しつけていた。立位体前屈の姿勢だ。


「関節が柔らかいと怪我しにくくなるぞ」

「すごーい」


 自慢げなニックの言葉に、レイナが素直な称賛の目を向けた。


「そんなのうちの娘だって得意さ」

「でもニックさんほどじゃないよ?」

「ちょっとニック。子供相手なんだ、手加減するもんだよ」

「そこで勝ち負けは競ってねえよ!」


 エイダはレイナの頭をなでつつ、ニックに露骨に不機嫌そうな顔を向ける。冗談のつもりだろうが、エイダは中々に過保護だった。顔の造形は年齢を感じさせない不思議な美貌があるが、今の表情はまさに母親そのものだった。


「カランもけっこう体柔らかいよな」

「そうカ?」

「そりゃ一緒に冒険してりゃわかる。敏捷性とか柔軟性がなきゃできない動きをしてるだろ」


 そうニックが言うと、カランが恥ずかしげにそっぽを向く。


「あ、あんまりじろじろ見るナ」

「おっと、それもそうか」


 ニックが失礼だったな、と思って詫びる。

 が、カランはますます不機嫌さと恥ずかしさを帯びた顔でニックを睨む。


「……」

「お、オレ謝っただろ?」

「なんでもなイ」

「ほら、いちゃついてないでやるよ」


 そこにエイダがぱんぱんと手を叩いて口を挟んだ。

 そろそろ真面目な訓練の時間だ、ニックは顔を引き締める。


「わかってるだろうけど、あたしが使える魔術は四つ。《魔力感応》と《感覚強化》、《軽身》と《重身》だけだよ。そのうち《軽身》を集中的にトレーニングをする」

「ああ」

「つっても、あたしゃ足を怪我してるからね、あんまり実演はできない。ていうか見てもあんまり意味が無い。自分でやって自分で転んで覚えな。それが一番の早道だよ」

「転ぶ前提かよ」

「さあ、教えたとおりに呪文を唱えてみな」


 ニックは言われるがまま、呪文を小さく呟いた。


「……《軽身》」

「力を抜くんだ。自分が羽毛や紙切れと思い込みな」

「ああ」

「そう、魔力はそんなに練る必要はない。筋肉からも力を抜く。体の力も魔の力も、必要最低限で良い……まずは一歩踏み出す」


 ニックはゆっくりと足を前に出した。

 地面がふわふわと頼りない手応えしか返さない。

 まるで藁束の上を歩いているようだ。


「転びそうだな、こりゃ」

「転ばないだけ大したもんだ。流石は……」

「ん?」

「……いや。それじゃゆっくりじゃなくて普通に歩いてみな」

「ああ」


 自然な足運びでニックは歩く。


 その動きは、ニックの慣れ親しんだ歩法だ。古巣のリーダーから習った格闘術はただ単に殴ったり蹴ったりというノウハウに留まらない。呼吸の仕方や歩き方、立ち方など、行住坐臥のすべてに渡って一貫した教えと言うべきものがあった。体を動かすということを突き詰め、掘り下げ、叩き込まれ、今のニックには自分の五体で魔物さえも圧倒する術が備わっていた。


(懐かしいな……なってねえって言われてケツ蹴られたっけな)


「気を抜くんじゃないよ!」


 怒声が飛んできた瞬間に、ニックはバランスを崩していた。

 ニックは自分の体重や身長を十全に把握しており、そのために近接格闘の巧者だ。それゆえに自分の体重の変化にはすぐ気付き、自分の感覚を修正した。だが、気を抜くとすぐに違和感に支配される。


「……なかなか難しいな」

「さ、もう一回やってみな」

「おうよ」


 トレーニングで叱られたことなど、久しぶりだ。

 ニックは、自分の修業時代を思い出していた。







 ニックの師匠は【武芸百般】のリーダー、アルガス。

 修行は決して楽ではなかった。

 だが優しい男だった。

 武術としての武芸百般を身につけた者は、魔力という才能に頼らず、そして竜人や獣人として生まれ天から与えられた頑健さも要らず、ただの人間の力で魔物を屠ることができる。金を積んで教えを請う者もいるというのに、身寄りの無い子供を拾って自分の技術を与えるなど、篤志家と言うに相応しい行動だ。


 そんなアルガスは、天涯孤独となった子供の頃のニックにこう尋ねた。


「お前は背が高くはならねえ。肉も付きにくい。お前の親がそうだった」


 両親が盗賊に殺されたが、お前はどうするのか……という話をされると思っていたニックは、話がよくわからないまま頷いた。


「はい」

「長剣には向かん」

「はい」

「だから槍を教えても良いんだが、槍は戦場働きする奴の武器だ。迷宮の中で使う機会は少ねえ。だが騎士団の下っ端や兵隊になるってんなら悪くない選択肢だろう。それなら満腹になるほど食えねえが、食いっぱぐれることもねえ」

「騎士団は、考えてません」

「なら、これが良い」


 そう言って渡してきたのが、短剣だった。


「自分の手足だと思えよ」


 そういえば父も、あまり大仰な武器は持たなかった。

 だが決して弱くはなかったとニックは思う。

 盗賊を倒したこともあった。

 きっと自分にもできるはずだ。

 いや、できるようにならなければいけない。


「わかりました」


 このとき受け取った短剣は何度となく使い込み、今はもう折れてしまった。

 折れてしまった短剣を、後生大事に取っておいてある。

 これは今の仲間達にさえも言っていない秘密だ。


「わかりました、じゃねえ」

「え?」

「わかった、だ。仁義はわきまえろ。だが俺の冒険者パーティーに来るならかしこまった礼儀はいらねえ」

「……なんで?」

「仲間だからだ。仲間ってのは、対等なもんだ。今のお前の立場じゃ対等じゃねえって思うかもしれねえが、だったら対等になれるよう頑張れ。良いな」


 そう言ってアルガスは、ニックの頭をわしわしと撫でた。


 そのときから三年ほど、ひたすら修行だった。

 走った。

 体を鍛えた。

 関節や体を柔らかくした。

 飯を食った。

 素手の組み手、短剣の組み手を何度も重ねた。

 【武芸百般】の雑用をこなした。

 体を鍛えた。

 組み手を重ねた。


「体を鍛えろ、だが戦うときは力を抜け」

「漫然と呼吸をするな」

「体を鍛え続けろ」

「鍛錬に終わりはねえ」

「体に叩き込め」

「力むな」

「鍛えろ」


 何度となく繰り返された言葉が今も脳裏に、体に刻まれている。

 今でこそ進む道は別れた。

 冒険者としてのアルガスと決別したことにもはや悔いは無い。

 だが、師匠としてのアルガスは今も尊敬している。







「……これは、びっくりしタ」

「すごーい!」


 カランが脱帽した目で、レイナが純粋な驚きの目で見上げた。

 ニックはしばらく無心になり鍛錬を続けた。

 修業時代のように、エイダの言葉を頭ではなく体に刻みつけた。

 その結果、


「半日やっただけで洗濯物を干すロープの上を歩けるくらいになるのは……流石にあたしも驚いたよ」


 エイダがやれやれと溜め息を吐く。

 ニックはその場から柔らかく跳ね、ふわりと着地した。

 まるで猫科動物のように静かな動きだった。


「いや……まだダメだな、集中してないと魔術が解ける。斬ったり斬られたりしながらこの魔術を維持するのは相当練習しないと難しいぞ」

「別にずっと使ってる必要は無いんだよ。むしろ使ったままだと体重が軽いから吹き飛ばされやすいからね」

「……つまり、細かく使ったり切ったりするのか。もっと難しいじゃねえか」

「そのまま訓練を続けりゃできるようになるさ。感覚の変化に慣れるんだ。そうすりゃ戦いながら自由自在に使えるようになる」

「あんたもそうしたわけか」

「そうだよ。この魔術は日常生活のどこだって修行できる。それこそ、何気なく歩いてるときでさえ格好の修行のタイミングだ。あたしもそうやって覚えた」

「訓練あるのみってか……わかりやすくて助かるぜ」

「でもステッピングマンみたいになるのはけっこうな時間がかかるだろうね。ま、あんたには何か考えがあるんだろうけどさ。……さて、今日はここまでだ。あたしも疲れたよ」

「悪いな、病み上がりで」


 まったくだよ、とぼやきながらエイダが『海のアネモネ』の裏口から店の中に入った。まだ怪我は完治していないが用心棒のつもりのようだ。店番の男に変な客は来ていないか尋ねている。


「ニック」


 呼ばれた方から濡れたタオルが飛んできた。

 避けもせず、ばさりとそのまま頭でかぶるように受け取る。

 火照った体がほどよく冷える心地良さがニックの皮膚に伝わる。


「おう、サンキュ」

「すごいナ。ステッピングマンみたいだ」

「いや、まだまだだ。戦ってる最中に自由自在に使えるのはけっこうやべーな。ありゃ手練れだ」

「でも、無敵じゃなイ」

「そうだな」


 どんなに強みがあろうとも負けるときは負ける。

 それは自分だけが陥る罠ではない。

 敵もまた同じ可能性を抱いている。

 人間が非力であるということは必ずしも絶望の言葉ではなかった。


「カランも覚えてみるか?」

「うーん……普人じゃないと覚えにくいって言ってタ。ワタシはワタシの技を鍛えル」


 ニックが訓練している間、カランはレイナと一緒に過ごしていた。レイナを肩車してロープの上を歩くニックに手を振らせたり、レイナと共に店で使う料理の下ごしらえを手伝ったり、意外なほどに面倒見の良い姿を見せていた。


「けっこう子供好きなんだな」

「……変カ?」

「いや、変って言ってるわけじゃねえよ。良いじゃねえか」


 照れるカランを笑いながら眺め、タオルで汗を拭う。

 久しぶりに良い汗をかいたとニックは感じる。

 無心になっての鍛錬は、決して嫌いではなかった。


「素直な子だナ」

「そうだな」

「……このあたりの子供は、ズレてル。ちょっと怖イ」

「抜け目ねえんだよなぁ」


 この近辺は働く子供が多い。

 酒場や商店に奉公する子供が居れば、冒険者の荷物持ちや人足になる子供も居る。だが子供であるがゆえに稼ぎは少ない。それ故か、手癖の悪い子供は少なくない。


 だが、何かを盗むという行為は実践でしか技量を磨くことはできない。少ない実践だけで上達する才能に恵まれた者と、才能に恵まれない者に分かれる。才能に恵まれつつも心が受け入れない者もいるし、才能が無いにも拘らず盗むという行為に魅了された子もいる。そんな環境の繁華街において、レイナは悪童達の集団に入ることもなく純朴な性格のままだ。母の素行の悪さに頭を悩ませつつも、愛と庇護を疑うことはない。


「ゼムも難儀だな。こういう子供でも体が固まっちまうんだから」

「それは、うん……仕方なイ」

「そうだな」


 いつか治ると良い……とニックは思いつつも、ゼムは少女や幼女にも恐らく相当モテる。恐らく今後も余計なトラブルがゼムの人生に舞い込むだろう。今のゼムのトラウマはゼムの身を守っているのかも知れない。恐らくカランも似たようなことを考えているのか、ニックと似たような苦笑を浮かべていた。


「ま、なるようにしかならねえか。そういえばあいつらは遅いな」

「建設放棄区域だし、中を歩くのも時間かかると思ウ。聞いてみたら?」

「あ、それもそうだな」


 ニックは絆の剣の所有者として認められ、魂が結びついている状態らしい。そのためキズナとは遠く離れていても会話することができる。キズナの声が突然脳内に響くのは驚くために普段は控えさせているが、緊急事態となれば話は別だ。遠慮無くガンガンうるさく響いてくる。今回はこっちが掛ける番だな、とニックは思いながらキズナの顔を頭に思い浮かべる。


「……キズナ、聞こえるか?」

『あー、今取り込み中じゃ。一日がかりじゃから飯はいらぬぞ』

「なんだ、ずいぶん時間かかってそうだな」

『うむ。緊急時はこちらから連絡する』


 キズナがそう言うと、通信が切れた。


「あっちはまだみたいだな」

「じゃあ、どうすル?」

「そうだな。まずは昼飯を食って……行ってみるか」


 どこに、とはカランは尋ねなかった。

 ニックが行くべきところは決まっている。


「また面会か……そういや土産もってこいとか言ってたっけな」





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