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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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迷宮捜査網 6




 酒場オカマバー『海のアネモネ』は空いていた。


 もっと言えば、客が一人もいなかった。天気が悪いことに加えて最近は「人さらいが来る」という噂が出回り始め、夜遊びに精を出す人間が減っているのだそうだ。酔っ払った客と店員のあられもない姿があったらカランの目を塞いで逃げようと思っていたニックだったが、肩透かしに終わった。


 だがそんな状況は店としてはよろしくないようで、弁護士でありチーママのレッドはあからさまに不機嫌な顔をしている。


「さっさと解決して欲しいのよね、死活問題だし。いつまでもお茶挽いてらんないのよ」

「つっても、オレ達も冒険者で賞金稼ぎに過ぎねえしな」


 レッドのぼやきに、ニックは面倒くさそうに言い返した。


「賞金稼ぎなら悪党を捕まえるのがお仕事でしょ。多少無茶しても助けてあげるからがんばりなさいよ。ここだって打ち合わせの場所として貸してあげて、席料だって取ってないんだから」

「そりゃ助かる」


 【サバイバー】の面々は一番大きいテーブルに陣取っていた。

 仕事の話の空気を察したのか、他の店員達はちょっかいを出してくる気配も無かった。


「あ、もちろん何か飲み食いするなら別よ。何飲む?」


 レッドはカウンターに引っ込んで、酒や水を用意し始めた。

 人に尋ねておきながらお任せで適当に作るつもりのようだ。


「注文聞いてけよ……ともかく、エイダ。怪我の調子はどうだ?」

「ああ、ピンピンしてるよ」


 【サバイバー】達の向かい側のソファーには、エイダとその娘レイナが並んで座っていた。

 ステッピングマンの攻撃によって倒れたときが信じられないくらい、エイダは元気な様子だ。


「このくらいの怪我なんていつものことさ。戦うのだって全然……」

「ママ! だめでしょ!」


 エイダが調子良く右腕を振り上げると、娘のレイナがぴしゃりと叱責する。

 やれやれと肩をすくめつつ、エイダは話を続ける。


「……ってわけで、頼りになる娘もいるからね。問題ないさ。んで、あたしに聞きたいことがあるんだって?」

「ええ」


 それに頷いたのはゼムだった。


「以前、あなたはステッピングマンと戦っていましたね。怪我をした夜以外でもステッピングマンの存在に気付いて戦っていたようですが」

「おう、そうだよ。何度かやりあったさ。……つっても、この子が言うから昼間の暇なときに見回ってただけだけどね」


 改めてニック達はエイダに話を聞こうとしたが、エイダはあまり気乗りしない様子だった。手持ち無沙汰なのか、娘のレイナの頭を撫でている。


「だから知ってることなんざほとんどないよ。あたしだって正体を知りたいくらいさ」

「正体を尋ねたいわけじゃありません。知りたいのは、何故あなたが戦えたのか……ということです」

「ふうん?」

「奴は気配を完全に消し、更には猫のように身軽です。だがあなたには対抗手段があった。そうでなければおかしい」

「なるほど、それを知りたいのかい?」


 話が飲み込めたのか、にやっとエイダが微笑む。


「いや、大体の見当は付いています。強化魔術ですよね?」

「……なんだ、知ってるんじゃないか」


 エイダが、あーあとがっかりした様子でソファーの背もたれにどかりと体重を預けた。

 それを見たニックがいぶかしげに呟く。


「……魔術師には見えないんだが」

「当たり前だよ。魔術っていったって大したもんじゃない。あたしが使えるのは四つだけ。《魔力感応》、《感覚強化》、あとは体を軽くする《軽身けいしん》とか、逆に重くする《重身じゅうしん》あたりかな。そういう強化系の低級魔術さ」

「聞いたことがねえな……ゼムは使えるのか?」

「いえ、僕はできませんね」


 ゼムが首を横に振る。

 それをエイダが見て微笑んだ。


「神官サマに一つ勝ったみたいで嬉しいねえ。でもよく知っていたね。神官でも知ってる人は少ないってのに」

「ええ。ちょっと別の目的で調べていましたので」

「別の目的?」


 ニックが尋ねると、ゼムが、おや、という顔をした。


「忘れましたか? ニックさんが使える基礎的な強化魔術を教えると以前言ったじゃありませんか」

「あっ、ああ、その件か!」


 以前『木人闘武林』を探索したとき、ニックはひょんなことから魔力がその身に備わった。

 だが魔力量が少ないために実用的な魔術は使えない、という見立てがティアーナ達によってなされていた。そんなニックでも使えるような魔術をゼムは探してくれていた……というわけだ。


「助かる、ゼム」

「気にしないでください。また酒場に付き合ってくれるなら」

「それは考えさせてくれ」


 ゼムが「フラれちゃいました」とおどける。

 全員から失笑が漏れた。


「ともかく、エイダさんの言った魔術はどれも難易度の低いものです。ニックさんでも問題無く使えると思います。ただ……効果を受け取るのが難しいんですよね」

「どういう意味だ?」

「いきなり犬や猫みたいに鼻が鋭敏になったとして、唐辛子が五十本くらい入った迷宮チキンが目の前にあったらどうなると思います?」

「……あー」


 ニックが納得したように頷く。

 が、そこにティアーナが疑問を呈した。


「でも、他の強化魔術ってそんなことないじゃない? 《剛力》とか《堅牢》とか、ゼムは普通に使ってるじゃない。私も何度か掛けてもらったけど、不便になったことはないわよ」

「それは問題になりそうなところを上手く調整して出来上がってる……つまるところ安全が保証された、完成形の魔術なんです。例えば《剛力》は筋力が強化されても怪我をしないように調整されてるんですよね。同時に皮膚や骨も強化されて体を保護したり、あるいは強化が行き過ぎないよう効力を限定的に抑えたりしています」


 へえ、という感嘆が全員の口から漏れた。

 全員、よく知らなかったことらしい。


「……ってことは」

「低級の強化魔術の場合、そういう細やかな調整は無いわけです。体の動かし方や魔力の細かい調整で何とかするしかありません。覚えるのは簡単ですが使うのは難しい、というところでしょうか」

「そうさ。魔術マジックではあってもこいつばかりは技術テクニックが重要なんだ。むしろ魔力を注ぎ込めば大怪我するから、魔力をけちるのがコツさ。ぶっちゃけた話、魔力に恵まれてない奴の方が上手く行くんだよ」

「それでステッピングマンにも気付いたってわけか」

「ああ。あたしは《感覚強化》を一番に、次に《軽身》を鍛えてる。聴覚と視覚を強くしてるから斥候には便利なんだよ。それにしても……気持ち悪かったねぇ。気配が全然ないのに屋根の方から足音がひたひた聞こえてくるんだから」

「それで気配に気付いた。あの身軽な動きにも一人で対応できた。そういうわけか」

「ま、ついてくので精一杯だったけどね……せめて足がもっと動けたらあの変態と同じくらいは動けたんだけど」


 エイダが悔しそうに吐き捨てる。

 だが、ニックとゼムは逆に感心したように身を乗り出した。


「同じくらい……つーことは、ステッピングマンも似たような魔術を使ってるってことなんじゃないのか?」

「僕もそれを確認したかったんですよね。どうですか?」


 エイダが二人の問いに頷く。


「そうだと思うよ。上級の冒険者で使ってそうな奴も何人か居たしね。魔術師が覚える一般的な魔術とはとても言えないけれど、門外不出ってほどでもないんだ。使える奴がいたっておかしくはないね」

「おお!」

「やはり」


 ニックとゼムが嬉しそうに目を見合わせた。

 少しずつステッピングマンの特徴が解明されていく。

 正体不明の怪人などではないという実感は、小さいが確かな一歩だ。


 だがそこに、カランが異を呈した。


「でも、能力がわかったからってどうするんダ? この人に手伝ってもらうのは……」


 ちらりとカランは、レイナの方を見る。

 エイダには足の怪我がある。

 そして守るべき娘がいる。


「まさか。本調子ではない怪我人に出張ってもらうつもりはありませんよ」

「あたしゃ構わないけどね。何かご不満かい?」


 エイダがそう言ってからかうように笑った。


「だめだってば、ママ!」

「あなたはレイナさんを守ってください。彼女を人質にされたらどうするんですか」


 エイダは二人から同時に叱られたせいか、不機嫌そうに口を尖らせる。


「んじゃ、何させるつもりなんだい?」

「さきほど魔術よりも技術が大事と仰いましたね。ですので、それを教えて欲しいのですよ」

「教えるって言ったって……誰にだい? けっこう難しいよ?」

「それは……」


 ゼムがそう言いながらニックを見た。

 他の面々の視線もニックに集まる。


「オレかよ」

「そうですね」

「ていうかあなた以外にいないでしょ。せっかく覚えられそうな魔術が増えるんだから覚えておきなさいよ」


 ティアーナがさも当然のように言う。


「いやまあ、そうだけどよ。教えてもらえるって前提で話するのはどうなんだ。こういうことは簡単に教えてもらえるわけが……」

「いや、構わないよ?」

「あれ?」


 エイダはなんでもない口調で告げると、ニックが間抜けな声を漏らした。


「専売特許ってわけでもないしねぇ。あたしが独力で得たもんじゃない、教えられたノウハウさ」

「教えられたってことは、師匠とか居るんじゃないのか」

「居たよ。あたしが駆け出しの頃の冒険者の先輩で、今はどこで何やってるかは知らない。でも門外不出とは言われてないし、むしろ適性がある奴は少ないから見つけたら教えてやれとも言われてるし」

「そりゃ……ずいぶん奇特な奴がいたもんだな」


 エイダの言葉は、ニックの常識とは少しかけ離れていた。

 冒険者は剣術や武術、魔術、何であれ自分の持つスキルに誇りを持っている。ギルドでの仕事の取り方や迷宮での歩き方といった冒険者としてのノウハウは積極的に味方に教えるが、戦うためのテクニックについてはそう簡単に他人に教えるということはまず無い。むしろ秘密主義にしている人間の方が多いだろう。


「それより、付け焼き刃でなんとかなるか心配した方が良いんじゃないのかい? 覚えるだけなら一日で済むだろうけど、使いこなすとなったら話は別さ」

「……いや」


 エイダの疑問に、ニックが首を横に振る。


「……付け焼き刃で構わねえ。一度か二度、ステッピングマンと同じ高さのところに跳んで移動できるならなんとかなる」

「それで大丈夫なのかい」

「別に、軽業勝負で勝ちたいわけじゃないしな。大事なのは捕まえることだ」


 その意味ありげなニックの言葉に、ティアーナがにやっと笑った。


「あなた、まーたえげつないやり方考えてるんでしょ」

「人聞き悪いな!?」

「だって……ねえ?」


 ティアーナがゼム、カラン、キズナを順繰りに眺めると三人ともうんうんと頷く。


「全員そう思ってんのかよ!」

「まあまあ、頼りにしてるという話ですよ」

「そうだゾ。別にけなしてるとかじゃなイ」

「なんか釈然としねえな」


 しかめっ面のニックの肩をエイダがぽんと叩く。


「なに、冒険者ならそういう奴は一人くらい必要なもんさ」

「こういうときの慰めってのは否定してくれることだと思うんだが」

「あたしゃ知らないよ。それよりも大事なのは、あなたが魔術を覚えることだ。今からあたしのことを先生と呼びな。きっちり揉んでやるよ」

「ったく、オレばっかり忙しいな……レオンのところにも行かなきゃいけねえのに」


 ニックが溜め息を吐くと、ゼムが手を上げた。


「それならば二手に別れませんか?」

「ん? どうしたんだ? ていうか挙手はいらないが」

「僕はもう一度、建設放棄区域に行ってみようと思います」

「まあ……調べなきゃいけないよな」


 潜伏先が建設放棄区域にあるかもしれない。

 何もしないまま静観する、という手はない。


「気をつけろよ」

「でも秩序が無いようでありますよ。ナルガーヴァさんのような人もいますし……色々と興味深いですね」

「お、おう」


 ゼムの妖しい笑みにニックは後ずさりそうになる。

 ゼムと少しばかり言葉を交わしただけで強がりを捨てた男達の姿がニックの脳裏をかすめた。

 ゼムの魔性の魅力は本物だ。


「よし、大体まとまってきたわね」


 ティアーナがそう言って、指を三本立てた。


「『ニックが魔術の練習をする』、『レオンの面会に行って手がかりを探す』、『建設放棄区域をもう一度調べる』の三つってわけね」

「そうなるな。まあ練習と面会はオレがメインでやるとして……カラン」

「ウン?」

「面会には一緒に来てくれ」

「わかっタ」


 カランが何も問わずに即座に頷いた。


「あとはゼム、ティアーナ、キズナの三人で組む。これでどうだ?」

「わかりました」「わかったわ」「うむ、良かろー」


 三人も続いて頷く。

 それを見たレッドが、ぱんぱんと手を叩いた。


「がんばりなさいよ。でも明日からでしょ? 晩ご飯食べて夜はしっかり休みなさいよ」


 その後、全員で晩餐となった。

 レッドの料理は以前ニックが来たときと同じ、ひどく辛い迷宮チキンだった。

 それは疲労した【サバイバー】達の体に染み渡った。





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