迷宮捜査網 4
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「……ステッピングマンを捕まえるんじゃなかったっけ? いやまあ、こういう普通の仕事してくれるのは大助かりなんだけどさ」
ニックが『マンハント』の受付で手続きを始めると、受付のピアス女がにやにやしながら不埒者の人相や身元を確かめ始めた。その内の数人は恐喝の常習犯だったらしく、少額ながら懸賞金が掛けられてた。
「身元確認終わりっと……全員合わせて8万ディナってところね」
「あら、これはこれで悪くないわね」
ティアーナがむふふとほくそ笑みつつ金貨を撫で、パーティー共用の財布にしまい込む。
「高額賞金首を狙うようなヤマ師は長続きしないものよ。あんたらに突っかかったスコットだってアホなだけで腕が悪いわけじゃないの。けっこう堅実に稼いでんのよ?」
ピアス女の視線の先には、扉を開けるスコットの姿があった。
以前見たときと同じように二本の剣を腰にぶら下げている。
こちらには気付いていないようで、仲間の居るテーブルにどかりと座って雑談を始めた。
ニックは、悟られないようにスコットをこっそりと観察する。
「まあ……弱くはなさそうだが」
「ほんとぉ?」
ティアーナが、いかにもうさんくさいですという気持ちを隠さずに言葉を返した。
「足取りを見りゃわかる。双剣なんてキワモノを使ってる割に体幹がしっかりしてるからな。あの手の奴はあんまり相手にしたくないな」
「そうなの? あんまり見ないからわかんないけど……」
「色物に見えるような高ランクの冒険者って何をやってくるかわからねえんだよな。それこそステッピングマンみたいな変態もいるし」
「なるほどねぇ……」
サバイバーの面々が、なんとはなしにティアーナの視線を追ってスコットの方を見る。相棒の冒険者と落ち合ったらしく、くだけた雰囲気で話を始めた。
「おうスコット、どうした?」
「ああ、ペートか。ちょっとな」
「うん? 汚れてるぞ……っつーか怪我してるのか?」
「ちょっとな」
スコットが右手を痛そうに撫でた。痣ができている。
「……アレ?」
「どうした、カラン」
「さっきステッピングマンと戦っててニックの蹴りが当たったよナ……腕に」
スコットの腕の痣は、靴底の形に似ていた。
思わずニックは黙り込み、スコット達の会話に耳を傾ける。
「油断すんなよスコット、賞金稼ぎは恨まれやすいんだからよ」
「そ、そういうのじゃねえよ」
「じゃあケンカか? ったく、こないだ痛い目にあったばっかじゃねえか」
「ともかく仕事の話をしようぜ」
どうも話を掘り下げたくないらしく、スコットは強引に仲間からの追求を打ち切った。
まるでやましいことがあるかのようだ。
「……怪しくない?」
「いやいや、怪しすぎて逆に怪しくない」
ティアーナの言葉に、ニックが大げさに手を横に振った。
「だってあなた、双剣使いは変態だの何だの言ってたじゃないの」
「話を圧縮するなよ」
「うーむ……《金剛盾》のような、華美なところのない実用一辺倒の魔術を使うようには見えませんけどねぇ」
「人は見かけによらないゾ」
「キズナはどう思う?」
「ちょっと特定は難しいのう」
と、ニック達の話が盛り上がってきたあたりで、スコット達にサバイバーの存在が気付かれた。
スコット達は気まずそうに移動し始める。因縁を付けたことを気にしているのか、あまり彼らはサバイバーの前に姿を現そうとしなかった。
「あ、消えたゾ」
「……うーん、気まずいな」
ニックがなんとも微妙な顔をして呟く。
「どうします、ニックさん?」
「まあ、あいつがステッピングマンだって可能性がゼロとは限らないが……。ひとまず断定せずに地道に情報を集めた方が良い」
ニックはそう言って、受付のピアス女の方に向き直った。
「っつーわけで、何か情報はないか?」
「あんた達が一番の情報源だよ」
「何も無いんだな」
「夜中に足音だけが聞こえるとか、子供がさらわれそうになったあんた達が助けたとか、そういう情報は入ってくるからステッピングマンらしき変態がいるってのがようやくわかってきただけさ。だからあんた達から話を聞きたくてウズウズしてる奴の方が多いんだよ」
ピアス女が意味深にニック達の背後に視線を送る。
そこには、嬉しそうな小走りで駆け寄ってくる眼鏡の女がいた。
「やあやあ皆さん! 調子はいかがですかぁ!?」
「ステッピングマンに逃げられて、お前には捕まった」
「やだなぁ、人を人さらいみたいに言わないでくださいよ。ところで、そこのそれは違うので?」
オリヴィアが捕らえられた男共を眺める。
「それ」扱いされた男は不機嫌そうに舌打ちをしているが、オリヴィアは気にも留めない。
「なんかこう、流れで」
「すっかりあなた達も賞金稼ぎですねぇ。……ともあれ、遭遇したのですから手がかりは増えたのでしょう?」
「ああ」
ニックが頷き、出現した場所と逃げた方向をオリヴィアに伝える。
「そういえばどんな感じに逃げたんだ?」
「ム……」
カランがばつの悪そうな顔をする。
恐らくカランは、最後にファイアブレスを当てられなかったことを気にしている。
「お前のせいじゃないだろ」
「それはそうだけド……」
「普通に捕まえられるならステッピングマンなんて言われちゃいない。それに誘拐そのものは防げたじゃねえか。てか腹減ったよ、なんか食おうぜ」
ニックがわしゃわしゃとカランの頭を撫でた。
「髪が乱れるだロ、もー!」
ぺしっとカランがニックの手を払いのけた。
カランが、まるで顔を隠すようにニックからそっぽを向いた。
「悪い悪い」
「こーら、いちゃついてないで相談するわよ」
ティアーナの声に促され、ニック達は空いてるテーブルに陣取った。
オリヴィアが地図を広げると、キズナがペンを懐から取り出す。
「今回現れた場所は、ここ。で、逃走経路が……こっちじゃ」
「ほほーう!」
オリヴィアが感嘆の声を上げた。
キズナは感覚が優れている。
どういった経路で逃げていったのか、これまでよりも詳細に記載している。
「素晴らしいですね……!」
「まあ、ここから更に曲がったり戻ったり、追跡を誤魔化すような動きをしてる可能性もあるが……じゃが、そうでないとすれば」
キズナのペン先は、建設放棄地区を示していた。
「やるじゃない、キズナ!」
「これ痛いぞ。手加減せぬか!」
ティアーナがキズナの背中をばしばし叩く。
「まだ懸念はあるんじゃぞ。一つ聞くが、奴の顔や体格、声などを覚えておるか?」
「いや、顔はよく見えなかったんだよな」
「ではそれ以外は?」
「それは……あれ?」
ニックはそう言われて、はたと気付いた。
今ひとつ印象がぼやけている。なんとなく男だろう……という印象だけが残っているが、その声が高かったか低かったか、太っているか痩せているか、特徴が妙にぼやけている。まるで記憶に霞がかかったようだ。
「……よく覚えてねえな」
「じゃろうな。幻惑破りは完全には効かなかったというところじゃろう。あるいは相貌失認のような状態にさせることが本来の効果なのかもしれん」
「そーぼーしつにん」
カランが、はてな、といった顔でキズナの言葉を繰り返した。
「つまり、人間の顔を見ても、それが誰なのかよくわからなくなる……という状態のことじゃ。ステッピングマンの風体を思い出せぬから、仮に街ですれ違ったとしてもわからぬじゃろう」
「……面倒くせえ」
「おそらくは魔導具じゃろうなぁ。ここまで高度な魔術を使っているのであれば、他にももっとえげつない魔術を使ってくるじゃろし」
「魔導具ねぇ……。何か弱点でもありゃ良いんだろうが、詳しくねえんだよな。詳しい知り合いでもいれば良いんだが」
「魔導具に詳しい人? いるじゃない」
ニックが愚痴ると、ティアーナがだしぬけに答えた。
「へ? 誰だ?」
「ほら、あいつよあいつ。こないだも面会に行ったじゃない」
面会、という言葉でニックにもようやく心当たりが思い浮かんだ。
「……レオンか」