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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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迷宮捜査網 2




 ニックが名刺を読み上げると、オリヴィアがうさんくさい微笑みを浮かべる。


「ええ! ステッピングマンの記事も幾つか書いてましてね! 他には人面猫のウワサとか、迷宮都市の地下に迷宮があるというウワサの検証とか!」

「ウワサ話ばっかじゃねえか」

「まあ、そういう雑誌を発行してますので」

「ほ、本当にレムリアの記者なのか……!?」


 そのオリヴィアの言葉に反応したのはキズナだった。


「あら、ご存じでした? もしかしてファン?」

「愛読してるのじゃ!」

「お前、雑誌の存在知って何日も経ってないだろ」

「はぁ……。愛に時の長さを問うても意味が無いのじゃ。吟遊詩人狂ドルオタとあろう者が風情のないことよのう」

「ぐっ……!」


 キズナに言い負かされたニックが悔しそうな顔をする。

 そこを、オリヴィアがまあまあと宥めつつ会話に混ざった。


「ご興味があるのでしたら、どうでしょう? 私の会社に一度来てみませんか? ステッピングマンのことを調べるんでしたらお力になれるかと」

「……いきなりそんなこと言われてもな。別にオレ達はそういうゴシップを知るために来たわけじゃ……」


 オリヴィアはニックの言葉を遮り、ちっち、と舌を鳴らす。


「大丈夫ですよ。……あなた達が追っているのはこういう「伝説の」ステッピングマンじゃなくて、「今、街中でコソ泥や人さらいをする方の」ステッピングマン、ですよね?」

「……何か知ってるって顔だな」

「それはお互い様かと」


 ニックの険しい目つきなど気にせず、オリヴィアが微笑む。

 何かしら思惑があるのだろうとニックは訝しんだ。だが、


「ええじゃろええじゃろー。情報が無ければドブ板営業よろしく歩き回ることになるのじゃぞ、めちゃめちゃ疲れるぞ?」


 キズナの言う通り、手がかりなどほぼ無い状態だ。

 それにキズナが趣味の分野で楽しそうにしている。


「しゃーねえ、行ってみるか」







「さあさ、どうぞ。座って座って」


 迷宮都市の北東部。

 スラム街と健全な商業区画の境界線に、その建物はあった。

 出版社『ミステリアス・テラネ』という看板が貼り付けられた、三階建ての建物だ。

 その建物の中の二階の応接間に【サバイバー】の五人は通される。


「ほこりっぽいゾ」


 くしゅん、とカランは可愛らしいくしゃみを出した。


「いやあ、ここ最近スクープばかりで掃除が行き届いてなくて……。あ、ちょっとお待ちくださいね」


 あはは、ととぼけたようにオリヴィアが笑いながら奥へと消えた。かちゃかちゃと茶器がぶつかる音が響く。


 室内はオリヴィアの言葉通り、掃除が行き届いていなかった。具体的には、物で溢れかえっていた。机のそこかしこに紙束が積み重ねられ、本棚には本が並んでいるだけでなく、その上に何冊もの本が横に積み置かれている。少しでも触れれば雪崩を起こしそうなカオスが渦巻いていた。


「ふふん、これならあたしの部屋の方がマシね」

「それ、オレ達が邪魔する度に掃除してるからだぞ」


 ティアーナの勝ち誇った台詞に、ニックが一言付け加える。

 ぐぬぬと睨むティアーナから反論が来る前に、オリヴィアが戻ってきた。


「さあ粗茶ですがどうぞどうぞ。あ、雑誌の最新号は差し上げますね。粗品のペンもいかがですか?」

「ほほう、ステッピングマン特集もあるのう……! それに最新特集は……『迷宮都市における感染症や鼻炎の原因は魔神崇拝組織の陰謀』じゃと……楽しみじゃのう!」

「こら」


 キズナが嬉しそうに最新号のページをめくるのをニックが抑える。


「案内してくれたことは嬉しいが、まず本題を話そうぜ」

「あらあら、せっかちさんですね」

「そうだよ、せっかちなんだよ。仕事だからな」

「ま、冒険者ですもんねぇ」

「……オレ達は『ステッピングマン』を探してる。つっても、そいつは巷で言われるような『ステッピングマン』じゃあないかもしれない。つーか多分違う。けど夜な夜な姿を隠して身軽な動きをする人さらいがいるのは事実だ。そいつを捕らえてステッピングマンとしてギルドに突き出したい」


 ふむ、とオリヴィアは相槌を打つ。


「一つ質問、良いですか?」

「なんだ?」

「あなたのお話からすると、『伝説のステッピングマン』と、『最近現れる偽のステッピングマン』の二人がいるかも知れないと仰ってますよね」

「ああ」

「そうなると、現状の賞金百万ディナはもらえない可能性が高いと思いますよ。賞金額そのものも分割されるでしょう」

「だろうな」


 オリヴィアの言葉にニックが頷く。

 だが他の人間は、その会話の流れをよくわかっていなかった。


「どういうこと?」


 ティアーナがニックに尋ねた。


「賞金首って言っても、全員罪が確定してるってわけじゃない。中には嘘や冤罪が紛れてるかもしれないだろ。そういうとき、実際の賞金首の査定額が変わることがあるんだよ。ヘイルなら犯罪歴も確実だし賞金額もそこまで高くないから普通に全額払われると思う。だがステッピングマンくらい高額だと、保証されるのは七割か八割くらいだろうな」

「……む、それは大きいですね」

「ああ。そもそも賞金首を捕まえたときの賞金って、誰が出すと思う?」

「騎士団とかギルド……だけじゃないってことね」

「そうだ。たとえば親の敵とか、自分の金を奪った強盗とか、そういう憎い奴に自腹で金を出せば賞金額を釣り上げることができるんだよ。そうすりゃ腕の立つ賞金稼ぎも動いてくれるってわけだが……」

「ステッピングマンに賞金を掛けた人っていうのは大体がオカルトファンなんですよ」


 ニックの説明の続きをオリヴィアが始めた。


「オカルトファンが「これは自分が賞金をかけた犯人とは違う」と言えば通っちゃうでしょうね。そもそも今、私やあなた達が探している『ステッピングマン』が、賞金首としての『ステッピングマン』と同じと見なされない可能性は高いでしょう」

「……なるほどね」


 ティアーナが頷く。

 頷きつつも、ニックをじっとりとした目で見ていた。

 ちょっとそれ聞いてないんだけど? と無言で責めている。


「ま、まあ待て。別に骨折り損のくたびれ儲けとは限らねえ」

「なんで?」

「金を盗まれた商人が懸賞金をかけてただろ。あれは出る可能性があるんじゃないか?」

「それはそうかもしれないわね。でも」

「それに、あれだけ怪しげな行動をしてたんだ、隠れてる余罪もあるだろう。その上、高価な魔道具らしい物も持ってる。あくまで予想になるが、そのへんを加味するとけっこうな報酬になるはずだ」

「え、魔道具を奪うの?」

「賞金が不確かな場合、報酬を犯人の財産から取れたりするんだよ。こっちが強盗するとかじゃねえぞ」

「なるほど」


 そのあたりでようやく全員納得したようだった。

 だがティアーナのぶすったれた顔は変わっていない。


「あのねー、そこは前もってちゃんと説明しなさいよ」

「いや、説明しようと思ったんだが……なんか流れでこっちに来ることになっちまったし。キズナとカランは興味津々だし」


 キズナとカランがニックからさっと目をそらす。

 それをオリヴィアが満足げに眺めていた。


「いやあ読者に愛されるのは悪い気分じゃないですね!」

「あー、満足してもらえて嬉しいぜ。んで、そっちの目的はなんなんだ。なんで協力してくれる?」

「別に難しい話じゃありませんよ。最近のステッピングマンがただの誘拐犯であるならばさっさと捕まって欲しいんです。雑誌の人気や売上に関わりますからね」

「あー……わかりやすい」

「と、言うわけで!」


 オリヴィアはそう言って立ち上がり、書類棚からまとめきれていない紙束を持ってきた。


「さあ、これが我が社のまとめたステッピングマン資料です!」


 まるで辞書のごとき分厚さになっている紙束を見て、ニック達全員がげんなりした顔をする。


「……せめて、もうちょっと整理したものは無いのか? 最近の目撃情報だけに限ったものとか」

「書類の上の方は最近のやつですよ」

「……つまり、資料が出来上がったらとりあえず積み重ねてるってわけか」

「時系列順に並べるのは片付けのコツってやつでしてね」


 が、そのオリヴィアの言葉は空虚だ。

 部屋の惨状を見れば片付けのコツなど身につけていないことがすぐにわかる。


「な、なんですかその目は! 怒りますよ!?」

「いや、別に非難するつもりはねえんだ」

「まったく失敬な……。ともかく、最近のステッピングマンについては出現したとおぼしき場所はある程度纏まっています」

「へえ?」

「ま、聞き込みや推測に頼る部分も多いのですがね……。あ、ごめんなさい、ちょっと地図を壁に貼るの手伝ってもらえます?」

「構わんが、他に人居ないのか?」

「朝とか夕方とかいますよ。今の時間帯は全員出払ってますが……。ところで記者志望だったりしませんか? 時給九百ディナなんですが」

「やめとく」


 冒険者より安いな、という素直な感想は言わずに、ニックはオリヴィアの作業を手伝った。

 空いている壁に、オリヴィアの広げた地図を画鋲で留める。


「……南東部の地図か」


 うっすらと茶褐色になった安っぽい紙に、手書きで迷宮都市の地図が描かれている。

 地図は黒で描かれ、その上に赤い点や線が書き込まれていた。


「ええ」

「この赤い点は、出現した場所?」


 地図の上には三つの赤い点が書き込まれている。

 そのうちの一つをニックが指差した。


「そうです」

「……で、この点から伸びる線は、もしかして」

「あくまで予想ですが」


 と、オリヴィアは前置きして言葉を区切った。


「ステッピングマンの逃走経路です」

「ふーむ」


 その線は短い。

 逃走経路を完全に知ることができればステッピングマンの拠点を割り出すこともできるだろうが、現時点では情報量が少なすぎる。


「ペン貸してくれ」

「はい」


 ニックはここに、新たな赤い点と線を描く。

 既に書かれている赤い点とそう遠く無い場所だ。


「前回現れたステッピングマンは、ここに来た」

「ほほう!」


 オリヴィアが嬉しそうに声を上げた。


「襲われたのは女の子。その子の母親とオレ達が妨害して誘拐は失敗した。こっちの方角にジャンプして逃げていった」

「なるほど」

「お前が誘拐犯だとして、失敗したらどうする?」

「いやあ、情報が少ないので何とも……ただ」

「ただ?」

「普通なら、ほとぼりが冷めるまで待つでしょう。ですが、短い期間に何度も誘拐が起きていると考えると何か大事な目的があるのではないでしょうか。たとえば……客に売るとか」


 その物騒な言葉にカランが眉をひそめる。


「いやいや、想像ですよ。ただ、達成しなければいけない数量や納期があるのかもしれない……とは思いますね」

「それじゃあ、ステッピングマンは動く?」


 ニックの問いかけに、オリヴィアが頷く。


「ですね。日を置かずにまた誘拐を仕掛ける可能性は十分にあると思います。まあ、何が目的なのかは見えないので推測ですけれども……」


 オリヴィアがそう言いながらくるくるとペンを回しながらニックを見た。

 出すものは出したけど、そっちはどうします? と無言で問いかけてくる。


「奴の目的はオレだって知りたいところだが、手がかりも何も無いんだよな。だったらやることやるしかねえ」

「ですね」


 ニックの言葉にゼムが強く頷いた。


「大体出現する範囲や時間帯はある程度絞り込めた。張り込んで捕らえる」





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