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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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マンハント 9

感想や誤字報告ありがとうございます。

返信間に合ってないですが凄く嬉しいです。


 顔もおぼろげにしか覚えていない親父は、酔っ払いだった。


 しらふのときは真面目一徹という顔をした職人のくせに、一滴でも酒が入ると途端に母と祖父を殴るクソ野郎だ。そんなクソ野郎の癖に、俺の盗癖を咎めた。自分こそつまらない悪党の大人のくせに、つまらない人間になるなとご高説ぶったことを言う。革靴をこしらえることと自分を棚に上げることについては天下一品の、この世で一番唾棄すべき男だった。いつかブン殴ってお前が悪いのだ、俺は悪くないと言いたかった。そうなる前に故郷を捨てた。今ではどうしているかもわからない。目の前の神官を見てふと、ヘイルはそんなことを思い出した。


「お……俺は……」

「俺は? なんですか?」

「俺は……俺ぁ悪くねえ!」


 だから、ヘイルは弁護した。

 自分を。そして自分のように生きる人間を。


「確かに俺は女を娼館や貴族に売っ払ったさ! 両手で数えられねえほどな! でもそいつらは、元々どうしようもなかったんだ!」

「どうしようもなかった?」

「ああ……ろくでなしばっかりだ! 自分の食い扶持だって満足に稼げねえ! 誰かに逆らえるほど強くも賢くもねえ! 従順なふりして逃げるしたたかさもねえ! 若さに甘えてもっと綺麗になろうともしねえ! なのに一丁前に自分の取り分だけは厚かましく欲しがる! 俺が獲物にしたのはそういう奴だけだ! 刃向かってこれる奴や、俺の嘘に気付く奴には無理強いはしなかった! そういう強さがありゃ、俺なんかには騙されたりしねえ! どうせあいつらは一人じゃ生きていけなかったんだ! だから甘い言葉を囁いてやった! 夢を見させてやった! 最後にはご主人様を紹介してやった! 俺は、面倒を見たんだ! はねた分の上前だって必要経費だ! 感謝して欲しいくらいだぜこっちはよぉ!」

「つまり……あなたは、善を為したと」

「おう、そうだ! 俺がやらなきゃ、俺よりもひでえ俺みてえな奴が、俺よりもひでえことをやったに決まってんだ! 大体世の中そういうもんだろう、自分で自分の身を守れなきゃ誰かに食われるってぇのが相場だ! 誰だって誰かの食いもんにされてんだ! 違うか!」


 ヘイルの目は血走っていた。

 だが神官は、つまらなさそうに落胆の息をはいた。


「その相場とやらに味方する時点で、あなたは反骨者でもなければ反逆者でもなんでもない。きみは無法者を気取るだけの、犬だ」

「な……なんだと!?」

「ああ、すまない。侮辱したわけではないんですよ。言い換えましょう。忠義者だ。弱肉強食の摂理を信じて、そういう世の中であれと望む。きっとあなたのような人は、より強い人にとって実に都合が良いのでしょう。あなたの言葉と行動がもっと大きな理不尽を支えてくれるのですから」

「て、手前らだって同じじゃねえか! 賞金稼ぎこそ犬ッコロだ!」

「そうかもしれませんね。ですが僕はあなたよりはあなたに虐げられた方に味方しますよ」

「けっ、格好つけたいだけじゃねえか」

「ほう」


 神官の口が三日月のように歪み、笑った。

 答えを間違えたのだろうか。

 父親に叱責されるときには、必ずその前に正解と間違いが用意された問いかけがあった。間違えたときは殴られた。正解したときは、頭を撫でられた。逆に親父が頭を下げることもあった。酒を飲んでないときだけは、不思議と公平な男だった。


「いや……うん。しっくり来ますね。そうですよ、格好付けたいんです。情けない敗北者であることも、世の中の残酷さに気付かない阿呆であることも、強い人間の仕組みにタダ乗りして阿呆を貪る悪党であることも、全部嫌なんですよね。だったら多少ズレてようがなんだろうが、格好つけた道化者でありたい」

「な、なんだよそりゃ……! 格好付けて、何がどうなるってんだ」

「一つ、僕がやりたいことをやれば僕自身が救われる。二つ、格好悪い人間よりも格好良い人間の方がモテる。こんなところですかね。嘘をついたり自分を棚に上げたりしてモテるよりも、本当のことを言ってモテる方が楽しいですよ。君も色町では名を馳せた男なのでしょう」


 その言葉に、ヘイルは雷に打たれたように感じた。

 そうだ。

 本当の言葉を、自分を棚に上げない言葉を、俺は探し求めていた。

 家の中でも、家を出てからも、ついぞ出会うことがなかった。

 自分は嘘つきに育てられ、嘘を使って生きてきたのだ。


「ありがとうヘイルくん。ひとつ答えを得ました。ここから見逃しはしませんが、もし娑婆に出ることができたらいずれお礼の一つでもしましょう」


 神官は、ヘイルの頭を優しくなでた。

 手はそのまま輪郭をなぞって下に行き、頬と顎をなぞる。

 ヘイルはわけもわからず、ひっと言う声を上げた。


「僕が格好をつけたというなら君は虚勢を張った。自分で自分の言葉が虚言であるとわかっていた。あなたはあなたのしたことの重さを知るときが来るでしょう。その重さを知ってなお償う意思が生まれるように、言い訳ではない本当の善行ができるように祈っていますよ」

「あ、え……?」


 ふたたびヘイルは、ゼムの目を見た。

 地獄の悪魔のような目は、まるで天使か菩薩のように優しく吸い込まれそうな輝きを放っていた。


 そうか、これが魅了されるということか。


 これ以上、この男に怒られたくないという畏怖を感じた。蹴りも殴りも、刺してもこない種類の男だ。だというのにこの男に叱られるということを想像するだけで天地がひっくり返るような恐ろしい何かを感じた。


 ヘイルは、女たらしだ。顔と弁舌と態度だけで世の中を渡ってきた。誰かをたらしこみ、その旨味を吸うということに長けている。だから今まで気付かなかった。自分の女たらしを超えた「人たらし」というものが存在することに。そして、たらしこまれた側だけが知る、引力のように吸い込まれるような感覚に。


「わ、わかった……。と、ともかく牢獄じゃ、大人しくする」


 冷や汗をかきながら言葉を絞り出すヘイルを見て、ゼムは優しげに微笑んだ。






 うなだれるヘイルを見たニックが、


「あー、えーと、話戻して良いか?」


 と、何とも居心地悪そうに話に割り込んできた。

 ゼムとヘイルは至極真面目な会話をしていたはずなのに、何故か淫靡な雰囲気を醸し出している。

 ティアーナもカランもキズナも、空気に当てられて顔を赤らめている。

 困惑していないのはナルガーヴァくらいのものだった。


「……儂の方は特に話すこともない。ヘイルを連れて行くならさっさとしろ」

「その前に、一つ良いか?」


 ナルガーヴァの言葉に割り込んだのは、キズナだった。


「ここのところ、巷で誘拐が頻発しておるそうなのじゃ。子供の被害者が多いらしい」

「誘拐じゃと? ヘイル、貴様……」


 ナルガーヴァに睨まれたヘイルは、慌てて首を横に振る。


「いやいや! 俺ぁ誘拐はしてねえ! そ、そりゃまあ、他人に女を売ったことはあるが、無理矢理手込めにしたりはしてねえ。そういう力づくのやり方はそもそも俺にゃ無理だ」

「では、何か知っておらぬか?」


 キズナの問いかけに、ヘイルは首をひねる。


「さてなぁ……人が消えるのも建設放棄区画では日常茶飯事だろうし。大体、ガキの身売りなんて……あれ?」

「何か知っておるのか」

「そういえばこのあたりのガキも姿が見えなくなったって聞いたな……。もしかしたらこのあたりに出入りする人間かもしれねえ」

「犯人に心当たりは?」

「どうだろうな……ガキが好きな変態はいる。けど別に、そんなの金で釣りゃ良いんだ。北側のお坊ちゃんお嬢ちゃんならともかく、親のいねえ腹を空かせたガキをわざわざ誘拐する意味がわかんねえ」

「ふむ」


 キズナは、それだけを聞いて満足したようだ。

 感謝するとだけ言って、後ろに下がった。


「して、他に用は? 体調が悪いなら診ても構わないが」

「いや、良い」

「ならばさっさと連れて行ってくれ。賞金のかかった人間をいちいち助ける奴もおらんが、かといって賞金稼ぎを好き好む奴もおらん。それに……そろそろ忙しくなりそうだ」

「忙しく?」

「ああ。ここはどうしても荒事が多い。怪我人も……」


 ナルガーヴァがそう言いかけたあたりで再び、ばん! と扉が開いた。

 どやどやと数人の男が駆け込んでくる。

 ニックは警戒してヘイルが逃げないように腕を掴んだが、男達はニックをちらりと見た後、すぐに興味を捨てた。そしてここに来る賞金稼ぎは、賞金首か襲いかかってくる強盗でも無い限り相手にしないのがルールである。賢明なことに、トラブルを避けるためにニック達を無視するという選択を選んだようだった。なにより、目的は賞金稼ぎなどではなくナルガーヴァらしい。


「ナルガーヴァ先生、こんなところに居たのかよ! 怪我人だ。火魔術をもろに喰らっちまってな」

「馬鹿者! 診療室の方に運ばんか! 水と布も持ってこい!」

「おおい先生、薬は無いか。最近青錆病が流行っちまってな」

「すぐには悪化しないだろうが、少し待ってろ」

「歯が痛えんだよ、歯が!」

「じゃから歯は専門外と言っておろうが! 給水塔に歯医者がおるわ!」

「あっちの先生は女しか診ねえんだよ!」

「だったら外の医者に行け! 今は痛み止めでも飲んでろ!」


 【サバイバー】の全員がぽかんとした目で慌ただしい状況を呆気にとられて見ていた。

 まるで野戦病院のごとき有様だ。

 ということは、部外者がこれ以上居座っても邪魔にしかならない。


「……帰るか」

「ウン」


 ニックのどこか疲れた声に、カランが真面目な顔で頷いた。




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