マンハント 3
少女の名はレイナ。
母はエイダ。
父はもうこの世には居ない。
母のエイダは元々冒険者であり、C級ランクの実力者だったそうだ。男顔負けの腕力もあると同時にまるで獣のように勘が鋭く、前衛としても斥候としても十分な腕前だった。ただ素行も酒癖も悪く、ついでに言えば貞操観念もあまり無く、悪名轟くトラブルメーカーだった。若い頃から色んな意味で活躍していたが、あるとき妊娠した。妊娠させたのはたまたま同じパーティーに居た男で、エイダはその男から求婚された。
だが、断った。冒険者などその日暮らしの人間の荒くれ者ばかり。まともで無い人間どうしでまともな家庭を築けるとは思えず、また結婚したくらいで自分が良き妻になれるとも思えなかったのだそうだ。そこでエイダは、レイナを一人で育てると決意した。自分も母親一人に育てられたので父親が居るという状況がよくわからなかった……というのもあったらしい。
だがそれでもパーティーの男と別れるということはなかった。男はなんだかんだで父親のような役割を果たそうとした。男はエイダとレイナに頻繁に会い、養育費や生活費を援助した。裕福ではないがそんな小さな幸せに満ちた環境は、レイナをまっすぐに育てた。
だが数年前、男は冒険の最中で死んだ。夫だなどと思っていなかったはずの男の死にエイダは悲しみ、そこから酒をよく飲むようになった。ある日、酒の残ったまま銭を稼ぐために冒険をした結果、足を怪我して以前のように機敏な動きが出来なくなった。そして酔っ払いを辞めずに、冒険者を辞めた。今は酒場の用心棒として雇われたり、日雇いの仕事をしたりと、その日暮らしの生活をしている。
レイナはそんな母親を支えようと酒場で下働きをしていた。だが実際のところ、母親よりもレイナ自身の方が人気があった。料理も上手く気が利く。
「ママがお客さんを殴ったのは私を口説こうとした人ばっかりで……。ママも悪いんですけどね……。酔っ払うとやり過ぎちゃうし。まあ友達の親よりは全然良いんだけど」
はは、とレイナは力なく笑う。
「別に、誰かと比較することはないわよ」
レッドがレイナの頭を撫でる。
レイナは驚きつつも、その手を受け入れていた。
「ありがとうございます……。でも、本当に私なんかはまだ良い方で、親の居ない子が酒場の下働きをしたり、女の人の付き人みたいなことやったりしてるんです。だめな子もいたけど、良い子もいたんです。けど最近……」
そこで、レイナの言葉が詰まった。
「何かあったのか?」
「……突然、いなくなる子が居たんです。私の友達の中も、居なくなっちゃった子が居て。大人の人とか雇い主はどうせどっか逃げたんだろうとか言ってるけど、でもそういうのじゃないんです。まともに信じてくれたのはママだけで……」
「居なくなった?」
「ステッピングマンがさらっていったんです!」
その迫真の表情と、その口から出てきた言葉のギャップに全員が驚き、沈黙した。
「……ステッピングマンか」
ニックにはその名前に聞き覚えがあった。
が、それは与太話を扱う雑誌に出てきた魔物だか人間だかの名前だ。
真面目な話の中で出てくる名前ではない。
「ほ、本当です! 本当にステッピングマンは居るんです! あなた達も見ましたよね、透明になったり、ぴょんぴょん飛び跳ねたり!」
「あれはアーティファクトじゃな」
そこで、今まで沈黙していたキズナが口を開いた。
「周囲からの認識が阻害される結界を張っているだけ。不思議でも神秘でもなんでもないわ。飛び跳ねているのは風魔術か身体操作。もしかしたら重力魔術の可能性もある。あるいは魔術ではなくそれを魔導具化したものかもしれぬ。まあなんであれ、既存の魔術や技術でできるものばかりよ、少々難易度は高いだけで」
「おお、キズナ。すげえな、もうそこまで見破ったのか」
ニックが珍しくキズナを褒め称える。
が、キズナはつまらなさそうに溜め息を吐く。
「なーにがステッピングマンじゃ。もっと夢のあるものを想像してたのに……。こんな人さらいの犯罪者など雑誌投稿できぬではないか」
「そこかよ。いやまあ、人さらいって時点で割と深刻だけどよ」
「そ、そうです! あんな悪党がいるなんて!」
レイナの顔は今にも泣きそうな恐怖に彩られていた。
無理もない、とニックは思う。
顔見知りがさらわれ、自分もまたさらわれようとしていたのだから。
「それに……ママも怪我して。ママは、私を守ろうと無茶したんです」
「見えない相手に戦えるんだから、腕が立つんだろうな。ともかく、騎士団に言って手配を……って言いたいところだが……」
「難しいでしょうね」
ニックが言いよどんだあたりで、ゼムが言葉を付け加えた。
ゼムはレイナからは若干距離は取っているものの、十分に話ができる距離に居た。
「おいゼム、大丈夫か?」
「このくらいの距離でしたら。すみませんね、レイナさん」
「え、ええと、よくわからないんですが……」
「僕はあなたくらいの女の子に近付かれると気を失うか吐瀉するかするんです。理由は聞かないで下さい」
「わ、わかりました……配慮します」
「ともかく、このあたりの騎士団はとにかく頼りにならない。袖の下を渡したところでさほど意味はないでしょうね」
「そうなんだよなぁ……」
ここは迷宮都市の南東部であり、迷宮都市の都市機能の力が及んでいない。ここの太陽騎士団も素行が悪く、実力もさほど期待できない。だが徒党を組むチームワークと権力だけはあるという厄介者だ。仕事をしようとするだけマシで、弱者を守るどころかチンピラ紛いの恐喝をする者さえ居る。人さらいから子供を守ってくれ、と陳情したところで相手にされない。
「そう、ですよね……」
レイナが悲しそうに声を絞り出す。
そこに、ゼムが悩ましげに呟いた。
「ニックさん」
「なんだ?」
「次の冒険、僕は休んでも構いませんか? せめてエイダさんが回復するまで僕が用心棒の代わりを務めたいのです」
「つっても、一人じゃマズいだろう」
「金を出せばそこそこ信用できる知り合いもできました」
「自腹になるだろ、完全に損じゃねえか」
「ま、それでも僕は僕で助けてもらいましたからね……。僕は昼間、エイダさんの怪我を治療していました。レイナさんはお金を出そうとしていましたが断って、エイダさんのツケということにしました。ついでに、こんな風に言ったんですよ」
「なんて?」
「あなたの借金だ。良いですね、あなたがいずれ僕に返すのです」
ニックが、なるほどと頷く。
「それじゃあゼムが助けられたのは、ゼムの借金というわけだ」
「というわけです」
「じゃ、返さないとな」
「そうなんですよ」
ニック、ゼム、レッドは、面白そうにくすくすと笑った。
レイナだけが、それをぽかんと眺めていた。
「仕方ねえな、仲間が借金返済に苦しむならちょっとくらい手伝ってやるよ」
「いやいや、金になる仕事ではありません。完全に僕の我が儘です」
「なるぞ」
「へ?」
「金になる」
「そうね、多分大丈夫よ」
ニックとゼムの会話にレッドが混ざり、意味深なことを呟いた。
そしてニックが頷く。
「何か手段があるんですか?」
「手段って言うほどの手段じゃねえんだが……。まあ、良い機会かもしれねえな。冒険者が金を稼ぐ三つ目、説明しそこねてたところだったし」
「聞かせて下さい」
ゼムが興味深そうに尋ねると、ニックが頷きながら言葉を返した。
「賞金首や犯罪者を捕まえることだよ」