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人間不信の冒険者達が世界を救うようです  作者: 富士伸太
三章 ミナミの聖人VS奇門遁甲
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マンハント 2




 時間は少し前に遡る。


 ニックは冒険者ギルドで仲間達と別れた後、身支度を調えて公園に向かった。

 貧困対策や犯罪撲滅を訴えるチャリティーコンサートに、吟遊詩人アイドルのアゲートが飛び入り参加するという噂が流れたからだ。ついでにキズナも付いてきた。噂に騙されてガッカリするニックを笑ってやろうという邪悪な悪戯心だったが、なんと噂は事実でありキズナは狂喜乱舞する吟遊詩人狂ドルオタに付き合う羽目に陥った。近頃ますます歌唱力や演出力を高めたアゲートの参加に、ニックを含めた吟遊詩人狂ドルオタ達は大いに盛り上がった。財布が潤っていたために気前良く募金もしてしまったしグッズも買った。陽も沈みきった夜中にようやく、ほくほくとした顔のニックと若干疲れたキズナは帰途につこうとしていた。


「いやー、楽しかったなぁ!」

「ニック、おぬし吟遊詩人アイドルのこととなると人が変わるのう」


 キズナが真顔でそんなことを呟いた。


「ん? そうか?」

「自覚なさそうじゃの。あとその半纏はなんなんじゃ」

吟遊詩人アイドルのイメージカラーの半纏を着るんだよ。ライブ会場でこれを着てたら誰がどのファンかわかりやすいだろ」

「現代人はわからぬのう……ま、理解ある仲間が居ることに感謝するんじゃぞ」

「良いんだよ、そのへんはお互い様だ」


 キズナが、ふうと溜め息をつく。


「それもそうじゃの。ところで腹が減ったぞ。何か食って帰りたいぞ」

「うーん……自炊するにしても材料がねえしな。この時間だと飲み屋くらいしかやってねえか」


 ニックはそこで、少しうらぶれた道を選んだ。散財しすぎたためにこれ以上大きな贅沢をする気もなく、安い店を選ぶつもりだった。ニックはカランほどではないにしても、料理屋にはそこそこ詳しい。素寒貧になった元仲間に連れられて顔を出した店が何軒かあったのを覚えている。


「……む?」


 そのとき、キズナが怪訝な顔をした。


「どうした?」

「まずいぞ、ゼムの心拍数が突然上昇した」

「ゼムが? つーかなんでそんなことわかるんだよ」

「半径3キロ以内の場所におるぞ。これは……恐らく戦闘状態にあるのう」

「……どっちの方角だ」

「ここから東の方向じゃな。迷宮都市の南東部の入り口あたりじゃ」


 迷宮都市の大雑把な知識として、東部は貧民街だ。そして冒険者が多い南部と接する南東部は、人間の粗暴さと貧しさが合体して恐ろしく治安が悪い。更に建設が放棄された建物が多く、そこに様々な浮浪者や冒険者くずれがたむろって独自の社会を形成している。そこで戦闘状態にあるということは、たとえ一端の冒険者であったとしても危うい。


「行くぞ!」

「まっ、待て! ちゃんと案内するから闇雲に走るな!」

「あーもう!」


 ニックはキズナを小脇に抱えて走り出した。

 キズナが指で指し示す方向を走り続ける。


「……居たぞ! あそこじゃ!」

「なんだありゃ!?」


 ニックの目に見えたのは、ゼムが何かから追い詰められている姿だった。

 「戦闘状態にある」という説明を聞いていなければ酔っ払っているのかと思っただろう。だが、近くには傷付いて倒れた人間も居て、ゼムの表情も真剣そのものだ。ニックは一目で異常な状況にあると気付いた。


「あれは……認識阻害系の術式じゃ! 見えない敵に追い詰められていると思え!」

「影狼みたいなもんか!?」

「もっと狡猾じゃ。周囲に自分自身を意識できぬような暗示を振りまいておる……が我ならば認識できる。突っ込むぞ!」

「ばか、この距離じゃ遠すぎて間に合わねえよ! ……あ」


 ニックが必死に走りながら、何かを思いついたように呟いた。


「どうしたのじゃ」

「キズナ、お前いったん剣に戻れ」

「何か思いついたのか?」

「ああ、任せろ」


 ニックの言う通りに、キズナは『絆の剣』の姿へと戻った。


「よし、細かい方向は自分で調整してくれよ。空を飛んでる間にまた人間体に戻れ」


 そしてニックは左手をまっすぐ伸ばし、そして『絆の剣』を握った右手を後方に伸ばした。それはまるで、石や投げ矢を投擲するかのような姿勢だ。


「お、おいニック。調整っておぬし、もしや……」

「オレは賭けダーツから出禁くらうくらいには投擲が得意でな……いっけー!」


 ニックは『絆の剣』を思い切り投げた。

 投擲は短剣術の中で学ぶ基本技能の一つだ。十分に磨き抜かれてる。剣をまっすぐ飛ばすなどニックにとって至極簡単なものだ。


「ぬわわわわー!!!???」


 そしてまっすぐ飛んでいった『絆の剣』は中空で人間の姿へと戻り、どういうわけか保ったままの運動量に流されるままに謎の敵へと突っ込んでいった。







「っつーわけだ」

「おぬし、もうちょっと丁寧に扱わぬか!」

「悪い悪い、だがおかげでゼムが助かっただろ?」


 ニックが駆けつけた経緯をかいつまんで説明すると、ゼムが恐縮して頭を下げた。


「いや、本当に助かりました。ありがとうございます……ところで」


 ゼムがちらりと横を見る。そこには、怪我をした女性……つまり酔っ払いのエイダと、泣きべそかいてすがる娘のレイナの姿があった。


「今、応急処置だけ済ませました。ですがここに野ざらしというわけにも行きません」

「だな」


 ニックが頷く。

 だがニックもゼムも難しい顔をしていた。

 だがこの時間に怪我人を運べるところなどそうそうない。


「どうする? どっか安宿に飛び込むか?」

「やってますかね?」

「この時間でチェックインは厳しいかもしれねえ、っていうか厄介事持ち込まれると思って断られるな」

「ですね……それに怪我の手当をもう少ししっかりできる場所が良いです。となると……」


 この時間に怪我人を担ぎ込んでも受け入れてくれる場所。

 ニックには思いつかない。

 が、ゼムは違うようだった。


「一つ心当たりがあります」







「あのねぇゼムちゃん、ニックちゃん。ウチは悪党の片棒担いだりってのはしてないけど、だからって慈善事業じゃないのよ?」


 レッドが溜め息を吐きながら、酒場オカマバー「海のアネモネ」に転がり込んできたニック達を眺めた。


「いやあ、他の店にしようかと思ってるんですが、この時間だとどこもぐでんぐでんの酔っ払いばっかりで」

「どうせウチは客が少ないわよ! 今日だって商売あがったりだったし! 喧嘩する馬鹿もいるから包帯も薬もあるわよ!」


 レッドがぷりぷりと怒りながらも、濡れタオルや包帯を投げつけてきた。

 ニックが取りこぼさないように器用にキャッチする。


「ほらあなたも、女の子なんだから顔は綺麗にしておくものよ」

「あっ、ありがとう、ございます……」


 レッドがレイナに濡れタオルを渡す。

 レイナが恐縮しつつも丁寧に頭を下げた。

 だが、どこかうつろな顔をしている。

 より心配する事が、この少女にはあるのだ。


「その、それで……」

「大丈夫ですよ。血を失ってはいますが、命に別状はありません」

「あっ、ありがとうございます!」


 少女が立ち上がり、ゼムの元に駆け寄ろうとする……が、そこをニックとレッドが抑えた。


「配慮しなさい」

「配慮してくれ」

「え、え?」


 レイナはまったく理解していない表情だったが、ニックは気にしないで少女を座らせた。


「まずお嬢ちゃん、あんた名前は?」

「あ、すみません名乗りもしないで……。レイナ、って言います」

「レイナか。んで、そこで怪我してる女の娘さんだな?」

「は、はい……」

「一体、誰に襲われてたんだ?」


 ニックが尋ねると、レイナはうつむいた。


「ちょっとニックちゃん。そんな風に詰問しちゃダメよ。怖がってるじゃない」


 レッドが肩をすくめながら言うと、ニックは焦って反論した。


「お、オレは怖がらせてねえよ!?」

「そうじゃなくても萎縮するわよ。怖い目にあったばかりなんだもの」

「怖い目……」


 確かに言われてみればその通りだ。

 どんな原因があったかはわからないにしても、自分の親が襲われたばかりなのだ、冷静に話をすることさえ難しいだろう。

 これは冒険者に共通する悪い癖だ。何かしらの技能や天性の腕っ節や機敏さがあれば例え子供であっても大人として、同じ冒険者として扱う。あまり子供を子供と見なさない。そこをレッドに言われてニックは初めて自覚した。


「……いや、悪いな。まず何か食って休めよ。奢るぜ」


 レッドが後ろでそうそうと頷いている。

 だが、レイナは意を決したように顔を上げた。


「ま、ママは……あいつと戦っていたんです。夜に紛れて人を攫うあいつを……」

「あいつってのは……あの、姿を消す変な奴か」


 レイナはニックの問いかけに、こくんと頷く。


「あいつは……ステッピングマンなんです……!」




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