採集依頼 3
いつも誤字指摘ありがとうございます。
感想返信が追いついてないですが読んでます。ありがとうございます。
『木人闘武林』のボスは木人の上位種、木闘王である。
基本的には木人と同じく人間と同様の形状をしているが、そのシルエットはまるで違っていた。木の枝がしなやかに絡みあってまるで隆々とした筋肉を全身に身に纏っている、そんな凶悪な風貌だった。動きも木人のような硬さはなく、山猫のような緩やかさと速さを備えている。小鬼林で相対したオーガのような粗野な気配はない。まるで鍛錬に鍛錬を重ねた武人の如き、威厳のある佇まいだ。
事実、木闘王とは森の中の戦いを勝ち続けた木人が進化した姿だ。木人は好戦的で、木人同士で戦いあう。外敵には一致団結して立ち向かうが、平時はまるで競い合うように殴り合い、強さを高める。言うなれば木闘王とは木人のチャンピオンだった。当代の木闘王も、自分こそがもっとも強い木人であるという自負があった。
だが。
「ちぇりゃああああああッ!」
竜人の女の剣が容赦なく木闘王に襲いかかった。
火竜の加護を纏った巨大な剣の恐るべき一撃。
それが何度となく振るわれる。
木闘王が必死に避けた。
一度も直撃は喰らっていない。
愚直なまでにまっすぐな一振りだ。
そこらの木人ならばともかく木闘王であれば、剣筋は読める。
強敵だが、必ずしも勝機の無い相手ではない。
しかし彼らは、一人ではなかった。
避けた瞬間、「ここに敵が居たら絶対に困る」というスポットに必ず剣士と軽戦士が居た。
「隙ありじゃ!」
「そらよっ!」
木闘王の背後が剣で斬られ、そして軸足が鉄板入りの靴で蹴られた。
木闘王の防御力は高く、生半可な攻撃では表皮を貫くことはできない。
それは軽戦士もわかっているようだ。
目的はダメージを与えることではない。
足止めだ。
「《氷柱舞!》」
容赦なく鋭利な氷柱が襲いかかる。
一つ一つの威力は弱くとも、全身で受けてしまえば流石にダメージは蓄積する。
そしてそれ以上に、体から熱が奪われる。
「《全体治癒》、《堅牢》、《剛力》」
更に木闘王を絶望させるものが待っていた。
こちらが幾らダメージを与えようと、少しでも隙を見せた瞬間に帳消しにされてしまう。しかも強化魔術が行き渡り、ますます木闘王の勝ち目が薄くなる。
木闘王は戸惑っていた。
なんなんだこいつらは。
やたら戦意が高すぎると。
「……ウラララララァーーーー!」
木闘王は、自分を奮い立たせた。
思い出せ。
自分は誇り高き木闘王だ。
この森を支配する、暴力の化身だ。
複数の敵に狙われたことなど何度だってある。
どんな苦境にあっても自分は敵を撃退してきた。
だから、そんなときはまず
「シャア!」
弱い敵を狙い、連携を崩す。
恐らくは奥に居る神官だ。
そこを狙って、木闘王は跳躍した。
「読みやすいんだよ! カラン!」
「オウ!」
まるで、木闘王の動きを予見していたかのように敵達が有機的に動いた。
複数の頭を持つ一匹の魔物のようによどみなく。
神官が真横に避けると同時に、竜人の女が入れ替わり、待ち構える。
腰を低くし、巨大な剣を下に構える。
斬り上げて縦に真っ二つにする気だろう。
ならば、かかってこい。
木闘王がそう思った瞬間、
「《氷柱》」
背中側から胸に向かって、まるで剣のごとき鋭い氷が木闘王を貫いていた。
「グガッ!?」
貫かれただけではない。
氷が体に侵食し、動きが封じられていく。
「……火竜斬!」
そして気付いたときには、木闘王の体と首が離れていた。
◆
【サバイバー】が木人闘武林の攻略を終えて迷宮の外に出る頃には、すっかり日が暮れかけていた。
野鳥の鳴き声が響いてくる。
フクロウ特有の、くぐもった木管楽器のような声だ。
誰が言うとも無く全員で野営の準備を始めた。
「何食べル?」
「献立は、そうだな……今あるのは野草、タマネギ、鴨肉。あとは干しトマトだろ。迷宮チキンでも作るか」
「だからチキンじゃないじゃろそれ」
キズナがすかさず指摘するが、ニックは気にせず食材の用意を始めた。
「良いんだよ。トマトと肉がありゃなんでも迷宮チキンだ。鴨とか鳩でも十分じゃねえか」
「適当じゃのう」
「適当でも美味けりゃ全然良イ」
ニックのすぐそばではカランがうきうきとした様子で石を積み、拾った枝を放り込む。
そうしてできた簡易なかまどに、カランが自分の吐息で火を起こした。
「ねーニック、水はどれくらい?」
そして、水の準備はティアーナの役割だ。
「けっこういる」
「けっこう、じゃなくて」
「とりあえず壺に満タン入れておいてくれ。その都度使うから」
「了解っと」
ティアーナが魔術を唱えて水を生成した。
壺の中になみなみと水が注がれていく。
その横で、ニックはかまどに鍋を降ろして油を注いだ。
そこに、鴨の腿肉をナイフで切って直接鍋に放り込んでいく。
じゅうじゅうと弾ける音が響いた。
「ニックさん、キノコ拾ってきましたよ」
「おう、助かる……って、なんだそれ?」
ゼムが持ってきたキノコは、少々見た目が悪かった。
まるで人間の手のように、石突きから五本の突起が生えている。
「『栄光のキノコ』ですね。森林型の迷宮の近くに生えるそうですが、食べると魔力が回復します。さっき拾いました」
「え、本当カ!?」
「『栄光のキノコ』ですって!?」
カランとティアーナが身を乗り出してまじまじとキノコを見つめる。
「二人は知ってるのか、この不気味なキノコ」
「ウン、高級品だゾ。これだけ大きいと三万ディナはすると思ウ」
「宮中晩餐会で出るようなものだからね。魔力回復するってのも本当だし……」
「そ、そうなのか……? 見た目なんかグロいんだが」
ニックが若干引きながらキノコを眺める。
「でも美味しいゾ」
「細かく刻めば良いじゃない。流石にそのまま囓ったりはしないわよ」
「そ、そこまで言うなら食うか……普通に切れば良いんだな?」
「ウン」
ニックがキノコの石突きを取り、一口サイズにカットしながら鍋に投げ入れる。
香しいキノコの香気が漂い、ついでとばかりに野草や干しトマトを炒めていく。
十分に炒まったあたりで、ティアーナが作った水を鍋に入れた。
ぶくぶくと音を立て、具材が煮込まれていく。
ニックが味見をしつつ、塩や香辛料を加える。
「火、大丈夫カ?」
「ああ、問題無い。……つーかカラン、料理にブレス使うとか気にしないんだな」
「ン? 気にする奴いるのカ?」
「魔術は料理なんかに使うもんじゃないって言う奴はけっこう居るぞ。鼻っ柱が高いのがいるんだよな」
「便利なのにナ、ブレスも魔術も」
そうこう雑談する内に料理はできあがったらしく、ニックは各々の器に料理を盛った。
「それじゃ食うか。酒はないから乾杯は無しだぞ」
そうニックが言うと、各々が各々の食事の挨拶を唱えた。
宴会などでは酒を飲む前に杯を打ち合わせるという様式が身分や出身を問わず定着しているが、平時の食事の挨拶は出身によって微妙に異なっている。
「いただきまス」
カランは両手を合わせてぺこりと一礼をした。竜人族特有の仕草らしく、迷宮都市周辺で信仰されるどの神の礼儀作法とも違う。だが何故か、「頭を下げる」という動作は謝罪や礼を意味するものとして実にわかりやすく、竜人族の真似をする者も割と多い。
「天と地の恵みに感謝を捧げます」
ゼムは人差し指と中指を立てて、ぐるりと円を描くように手を動かす。天啓神メドラーの、「世界は循環しており、自分が世界の一部であることを自覚すべし」という教えによるものらしい。
「調和と喜びに満ちた食卓を」
ティアーナは、王侯貴族の礼儀作法にある挨拶を唱えた。宮中晩餐会などでは様々な宗派や部族が集まることもあるために、「調和」が尊ばれるらしい。そこで生まれた言葉が、今ティアーナが唱えた言葉だった。
「聖王歴四三九年、雨月十二日。木人闘武林付近にて野営中の晩餐。迷宮チキンとパンを食す、と……」
キズナは挨拶はしないものの、何故か自分に内蔵する情報宝珠に料理の画像と日付、一言コメントを記録するという癖がある。ニックがその理由を尋ねると、「昔からそういうものじゃ」と言われて話が終わった。
ニックも特にそうした仕草を持たない。
持たないが、なんとなくカランの真似をして両手を合わせていた。
一番しっくりくる気がしたからだ。
「あら!? 今日はいつもより美味しいじゃない」
「キノコからもダシが出てるな……高級品って本当だったんだな」
「そうだゾ。なかなか市場に出回らなイ」
「しかし一仕事した後の食事はまた格別ですね」
五人とも、美味そうに料理を頬張る。
キズナも満足げにもしゃもしゃと食べている。
「そなたも妙に器用じゃのう。料理の上手い男は婚期が遅れるぞ」
「知らねえよ。それなら酒場やレストランで働く男はどうなるんだよ」
「……そういえばそうじゃのう」
「適当じゃねえか」
「ところでニックさん、先ほどの話、覚えてますか? 木剣や杖での戦い方を教えるって件ですが」
「ああ、そういえば言ったな。飯が終わったら運動がてらやってみるか」
「ええ。僕も教えられることがあれば教えますので」
「助かる」
「あなた達、元気ねぇ……。私眠くなってきたわ」
「魔力切れだろ、ティアーナは休んでろ」
「見物したらね」
「するのかよ」
「ワタシも見るゾ!」
「いや別に良いけどよ……」
そんな、和気藹々とした会話は夜空に吸い込まれていく。
星空と森の梟だけが、彼らを見守っていた。




