採集依頼 1
「ニックさん、まだ悩んでるんですか?」
「……色々と複雑でな」
冒険者ギルド「フィッシャーメン」の隅っこのテーブルに【サバイバー】の面々は陣取っていた。
ニックが溜め息をもらす姿を、ゼムが面白そうに眺めている。
「良いじゃありませんか。憧れのアイドルに自分を褒め称える歌を歌ってもらえるなんて吟遊詩人狂冥利に尽きるのでは?」
「そりゃそうなんだが、アレはオレだけどオレじゃないんだよ!」
と、ニックが冒険者ギルドのテーブルをだんと叩いた。
「ちょっとニック、周りに迷惑でしょ。それに聞こえるわよ」
「おっと、悪い」
ティアーナがやれやれと肩をすくめた。
「しかし何なのかしらね、麗しのパラディンって……。ニックは知らないの?」
「昔そういう人が居たって話しか聞いてねえんだよな……オレも迷宮都市が地元ってわけでもねえし。キズナは何か知らないか?」
ふむ、とキズナが顎に手を当てて考え込む。
「白い鎧とは、《合体》を使ったときにそなたらが装備しているもの……『思念鎧装』と同じものじゃろう。さらにオーラブレード型の魔剣を装備している美貌の騎士となると、そなたらと同じく聖剣使いの一人かもしれんの」
「思念鎧装?」
ニックがおうむ返しに尋ねた。
「人間の精神を元にして形作られた鎧じゃ。おぬしらが《合体》してるときに付けてるアレじゃよ」
「……なんか不安なフレーズが出てきたんだが。それじゃあ鎧が傷付いたら精神が傷付くんじゃないか?」
「そんな危ういものなら鎧なんぞにせんわい!」
キズナがぷんすかと怒った。
「いや安全なら良いんだ。安全なら」
「あくまで《合体》したときに自然と漏れ出す余剰エネルギーを使い回しているだけじゃ。安心するが良い」
「なるほどな」
「ともかく、聖剣を使う人間の装備は大体似通っておる。思念鎧装もその一つじゃ。まあ狂月の剣のような例外も居るがな」
「なるほどな……」
「恐らくは魔神と戦った勇者セツナか、あるいは他の聖剣使いが伝承やフォークロアとして残ったのじゃろう」
「ま、そんなところだろうな」
ニックがイスの背もたれに体重を預け、はぁと溜息をついた。
「どうしたのよ、妙にガッカリして」
「いや、ホンモノのパラディン様が他に居れば気が楽だったのになぁと」
「ええー、それこそイヤよ。もしパラディンとか言うのが現れたら成果を横取りされちゃうじゃない。人には言えないにしても私達がやったことなんだから」
「面倒事を押しつけられると思ったんだがなぁ。謎のパラディンの正体を突き詰めようとする奴、けっこう居るみたいだぞ?」
そのニックの言葉は事実だった。
ウワサ好きの物好きも居れば、ウワサを本業とするタブロイド紙のブン屋も居るらしい。
更には、太陽騎士団の中でさえ「正体を突き止めるべき」と言う人間が居るとか居ないとか。
「……そいつら、ヒマなの?」
ティアーナがあからさまに嫌そうな顔で呟いた。
「昔からそういうウワサ話が好きな連中が多いんだよな……。突拍子もねえ話を信じる冒険者とかけっこういるぜ」
「たとえば?」
「オレもそんなに詳しくないんだが……賞金首『ゴートマン』。魔神復活を企む異端教団の首領にして最強の魔人。正式な掲示は出されてねえが、もしそいつを倒したら国から賞金五千万ディナがもらえるって話だ」
「なんじゃと!? そんなものがおるのか!?」
ニックの言葉をキズナが即座に反応した。
「落ち着け落ち着け。誰も見たことねえよ。ずっと前にウワサになっただけで、実際にそんな賞金はかけられてねえよ。言うこと聞かねえ子供に『ゴートマンに食われるぞ』って脅かすための方便みたいなもんだ」
「なんじゃい、驚かせおって」
キズナが大仰に溜め息をつき、椅子に座り直した。
「他にも色々いるぞ。悪徳貴族だけを狙って宝物を狙う怪盗『白仮面』とか、空を飛ぶ謎のエルフ『ババア・アクロバティック』とか、誰も姿を見たことのない正体不明の魔物『ステッピングマン』とか。どいつも百万くらい懸賞金がかかってたな……」
「な、なんだソレ?」
「……それ、ちょっと面白そうじゃの」
カランが驚いた顔をしている。というか、ちょっとワクワクしていた。
キズナも平静を装いつつも興味ありげだった。
「本屋に行けば専門誌が売ってるぞ。おーい、誰か、『レムリア』持ってないかー?」
ニックが雑誌を読んで暇を潰してる冒険者達に声を掛ける。
すると、冒険者二人組のウィリーとマーカスがニック達に近付いてきた。
どうやらマーカスがたまたま最新号を買って読んでいたらしい。
「なんだ、お前も興味あるのか。読者投稿のパズルは解くなよ」
そうマーカスが言いながらニックに雑誌を渡した。
「するわきゃねえだろ……」
「けっこういるんだよ。落書きしたり応募ハガキ破ったりクーポンちぎる奴……」
「安心してくれ。ちょっと仲間に見せたいだけだ」
ニックが借りたのは、『月刊レムリア』と書かれたなんとも怪しげな雑誌だった。
「なにこれ、書かれてる魔法陣も滅茶苦茶だし絵も意味不明だし……」
ティアーナがうろんげな目で表紙を眺める。
「そういう怪しい雑誌なんだよ……。お、あったあった」
ニックがとあるページを開く。
そこには「激論! 王室のルーツは異世界人か否か」、「世界の超常現象ベスト10」、「UMA特集 ステッピングマン目撃情報」、「文通相手募集コーナー」などなど、真面目なのかギャグなのか今ひとつわからない論調の記事が並んでいた。カランと、そして意外にもキズナが目を輝かせてページをめくる。
「ニック、小遣いを所望するぞ。ああ、もちろん帰りに本屋に寄るがよい」
「買うのかよ。まあ良いけどな……。んじゃとりあえず本は返すぞ」
ニックがマーカスに雑誌を返すと、それをキズナが切なげに眺めていた。
もっと読みたかったようだ。
マーカス達が去ったことを確認して、ニックは小声で皆に呟いた。
「……ってわけで、そういう面白おかしい噂話が好きな連中はたくさんいるんだよ。《合体》を使うときは慎重にやろう」
「あら、使っちゃ駄目ってわけじゃないの?」
ティアーナが不思議そうに尋ねると、ニックは首を横に振った。
「絆の迷宮やカジノのときみたいに使わなきゃ切り抜けられないタイミングもあるだろう。使わないに越したことは無いが、かといって出し惜しみして大怪我でもしたら元も子もねえ」
「ニックさんもよくよくトラブルに巻き込まれる体質ですしねえ」
「そりゃ全員だろ。みんなそれで良いか?」
ニックが確認すると、ゼムとティアーナが頷く。
「わかったわ」
「僕も構いませんよ。まあ僕はまだ経験していないのでなんとも言えませんが」
「カランは?」
ニックがカランの方を見ると、珍しくふんとそっぽを向いた。
「ズルいゾ、カジノに遊びに行くなんて。あと他にも美味しそうなもの食べてただロ」
「えっ、あ、す、すまん。カジノに行ったときはお前も寝てたみたいだったから……つーか、行きたかったのか?」
「あそこのカジノはバーテンダーの料理が美味いってレビュー本に書いてあっタ」
「おお、そういえば氷菓子が美味かったのう」
「氷菓子……アイスか?」
キズナの言葉に、カランが興味深そうに尋ねた。
「うむ、あれは素晴らしい味じゃった。また食べに行きたいものぞ」
「……修理中でしばらく閉店なんだよな」
ニックが気まずそうに呟く。
レオンが原因とは言え、《合体》したときの氷魔術によって駄目になったものも多いようだった。謝罪しにいくべきところだろうが、パラディンの正体が誰なのかという話題で盛り上がっている状態でのこのこと行くわけにも行かない。ニックは渋々しらばっくれることにしていた。
「だから、私達二人でアイス食べに行ったのよねー」
「ウン! キタの方まで行ってきタ」
ティアーナが自慢げに微笑み、カランが嬉しそうに頷いた。
「へえ、洒落てるな」
「でもニック達もどっか行ってたんじゃないのカ?」
「ぼくとニックさんで酒場に行きました」
「おかまばー」
カランがゼムの言葉を繰り返した。
理解が追いついていないという感じの、疑問符だらけの顔だった。
「迷宮チキン食べましたよ。美味しかったですよね?」
「あー……うん、まあ。確かに美味かったが」
ニックが歯切れが悪そうに頷く。
「迷宮チキン……?」
カランが興味深そうに呟く。
が、それを見たティアーナが渋い顔をした。
「ちょっと、カランが行きたそうな顔するからやめなさい」
「まあ、うん、カランにはちょっと早いな」
「子供扱いするナ!」
「なんで迷宮チキンって迷宮チキンという名前なんじゃろうな。迷宮の中で食ってるわけでもないし、そもそも肉がチキンじゃなかろう」
「はいはい! 雑談はそのくらいにして、そろそろ仕事の話に戻りましょ」
「おっと、そうだったな。真面目な話をするか」
ニックの言葉に、全員が頷いた。
「まず、オレ達は魔物を倒して、採集部位を窓口で換金する……って流れで稼いできた。だが、冒険者の金の稼ぎ方は他にもある。そこで……」
そこで、ニックが咳払いしながら全員の顔を眺めた。
「今回は魔物を倒すついでに、採集依頼をやってみようと思う」